#1 ホタる
吉田名言集
「俺の親父はたまごっちを30万で買った男やぞ!」
「ホタル、見に行こーぜ!」
吉田の部屋で、吉田が言った。
「なあ宮崎君、ホタル見に行こーぜ! な?」
グイグイ来るなー、暑苦しいなー。
俺は立ち上がり、吉田の部屋にある吉田の冷蔵庫から、吉田が買い置きしている発泡酒を勝手にプシュッゴクッとしてから訊いた。
「なんで?」
「強いて言うなら今宮崎君が勝手に俺の酒飲んだ罰じゃろ」
「えーー……。俺たちの間にそんな水臭い遠慮なんていらねーだろ?ボリボリ」
「その上更に勝手にポテチ食ってからに! いいじゃん! ホタルをLOOKしようぜ! 野郎二人でホタルックしよぉーぜぁぁー!!」
「うっわ、うぜぇ。いつもうぜぇけどもう一回言うね。うぜぇ。吉田うぜー。吉田をうざいと思う俺の感情をエネルギーに変換できるなら十万ボルト並にうぜえ」
「ピッカァ!」
「うるせえ。俺はこの吉田の部屋でまだダラダラしてーんだよ」
「仕方ねーな」
「やっと分かってくれたか」
吉田に会話が通じた。
これ、なかなかレアじゃないの? 明日は何かいいことありそう。
「じゃー宮崎君の四肢を逆折りしてでも無理矢理連れていくしか無ぇ…!」
「極端!!」
「じゃあ、一緒にホタル見に行こ……?」
かわいらしく言いやがったが、むさ苦しい吉田が言ってもかわいくとも何ともないです。悪酔いしたらどうしてくれる。
「わかったわかった。行く。行くから! だから指ポキポキ鳴らすのヤメろ恐い恐い」
「いやー、嬉しいなー。宮崎君なら分かってくれるって信じとったわ」
「車はお前が出せよ。俺はこの通り酒入ってっから」
「誰の酒じゃと思ーとんじゃコイツ…。ま、そんなら早速行くけーな」
「待て待て準備くらいさせろ。まず蚊とか嫌だから防虫スプレーだろ。カメラ……は、スマホでいいか? 虫網に虫カゴとかある? いやでも勝手に取ったりしたら駄目なんだっけか?
おっそうだ! 車の窓全開にしてホタル入ってきたら窓閉めてさ、こう、偶然ホタル入ってきました〜的な風を装ってホタルとドライブすんの! すごいロマンティック! ホタルって何食ってんのかなー……水? 先にコンビニでミネラルウォーターでも買っとく? それから……」
「めちゃくちゃ楽しみにしてんじゃん……」
「ううううるせえ! ほら! さっさと駐車場いくよ!」
駐車場にて、
軽バンの車止めを外している吉田に「でもお前明日仕事は?」と訊く。
俺は、まあ、大学生なんてサボってナンボだからね。明日の午前は講義入れてないから、運が良ければ午後から行く気になる可能性も無いとは言えないことも無いような気がしないでも無いかも知れないような雰囲気があるような予感があればいいような気がする!
「仕事? ああ、昨日辞めた!」
「またか!?」
これで一体何度目だと思ってんだオイ!?
「全く吉田、お前本当に最高だな!」
最高に馬鹿だ。
がっはっはっと二人して笑いながらバタンとドアを閉めて車に乗り込む。
「ちゃんとシートベルトはしとけーよ」
「応よ待ってろホタルちゃん! シートベルトかちぃー!」
「よし」っと呟く吉田の顔は、なんだか良からぬ事を考えてそうな顔つきで、ふと気になった事を口に出してしまった。
「ところで、さっき車輪止め外してたけど……いつもしてたっけ?」
「ああ。実はこの車サイドブレーキ壊れとんじゃよ」
「よし降りよ「ドアロック!」
ガチャリ! ああああああああ!!?
「発進!」
ブイィァィィイン!!!
「降ろせえええええーーっっ!!!」
俺の叫びが夜の住宅街に木霊した。