女装王子 1話 魔王の封印
僕は小国ウィークエンドの第二王子に生まれ、母親は人間に不死の命を与える女神だった。
異母兄・サッカロマイスと異母妹・ノアルの母親は公爵令嬢で父の正式な妻。
しかし母親は女神であるが故に、僕は王位を継承することになった。
――だが今は牢獄にいる。罪状は大魔王の封印を解いたということだ。
大魔王の封印は5つあり、ウィークエンドの隣にはプロテキタという国があって二つの封印が立て続けに壊された。
封印が壊されると大魔王の力を分けられた魔王が復活する。
先に破壊されたプロテキタでは魔王が暴れた。ウィークエンドではまだ魔王の話しは聞いていない。
「すまないアオ。親父にもかけあってみたがとりあってもらえなかった」
友人バーミクライトはサッカロマイスの従者だ。
「すまなかった。あのとき私が行っていれば……」
サッカロマイスが申し訳なさそうに言った。僕が疑われた決定的な要因は父から封印を見てくるように言われた事だ。
彼は本来であれば王位を継ぐ筈だった男で、もしかすると父も凡庸な僕より優秀なサッカロマイスを王にしたいのだろう。
「これで王になるのは兄上ですね。よかったんじゃないですか?」
僕はきっと兄が王位を目当てに僕を消そうとしたんだと考えている。
「お前は今回の件を王位を目当てに私がやったと疑っているようだな」
そんなわかりきったことを聞くな。どちらにせよ僕は一週間後にギロチンを拝むんだ。
「こんなところにいたのねバーミクライト!」
「げっ……姉貴」
女騎士パイロネキシアはバーミクライトの姉だ。
二人は古くからある騎士一族ハイロダルタンダ家だ。
「姉貴の機嫌がますます悪い……」
彼女には隣国プロテキタの騎士との政略的な婚約がきまっているので、今回のことで破談になるのか気になっているのだろう。
「あーもー!密告者誰だよふざけんなよマジで!せめて姉貴が嫁にいってからにしてくれれば……」
パイロネキシアはじゃじゃ馬で、男まさりであり護衛にしたら超安心、嫁になるのは超絶お断り物件だ。
「それどういう意……うわああ!サッカロマイス殿下までいらしたんですか!?」
さすがに王子の手前、弟を詰問するのはやめたようだ。
「ほら、バレたら怒られるわよ。そろそろいきましょ」
「ああ」
三人は散々騒ぐだけ騒いで嵐のように去った。――あと一週間したら、僕は死ぬのか。
「はあ……」
「ため息をつくと幸せが逃げるぞ」
中性的な容姿とノイズ混じりの声で黒い服を着た男とも女ともわからないやつ。
「幸せが逃げようと関係ないね。あと一週間したら死ぬんだからさ」
「ほう?」
あいつは興味がなさそうにしている。
「アンタ、まぬけな第二王子が反逆罪で処刑されるって巷で聞いてない?僕がそのまぬけな王子だよ」
「オマエは賢い。まぬけは自分でまぬけとは言わんものさ」
なんだよそのアテにならない極論。というかこいつは城の牢獄に現れて何者なんだ。
「オマエ生きたいか?」
「それはアンタが処刑を止めてるという意味か?」
常人にできるわけがない。できるとすればこの国より偉い他国の王、僕が知っているのはジュグの大王やプルテノの皇帝くらいだ。
それに他国の王がわざわざ王子を救うことはないだろう。
「オマエは悔しくないか、自分をハメた奴が今ものうのうと処刑を楽しみにしているんだぞ?」
「……アンタ何者だ」
表情も変えなかったローブの奴はニヤリと口の端をあげた。
「封印を解かれた魔王エヴィルサン」
――皮肉にも魔王に救われ、各エリアを一日ずつフラフラして一週間が経った。首の皮は無事に繋がっている。
エヴィアサンは僕を知り合いのいるというエリア・ワコクへ飛んだ。
一瞬で着いたのでウィークエンドのあるエリア・ヨウコクとはどのくらい離れているのかわからない。
地図によればミーゲンヴェルドは真ん中にジュグ大国があり、ヨウコク、インダ、チャイカ、アラビン、トロカピアン、ワコクが花のように連なっている。
「おい、これを着てみろ」
「なんだよこれは……」
渡された衣服はまさかのゴスロリだ。命と引き換えに男心は捨てることになった。
「いいな、良く似合うぞプリンセス」
こいつの場合は似合う・似合わない以前に王子を辱しめるという倒錯的な快楽に浸っているだろう。
「初心者にゃ、まずメイドエプロンじゃないかえ?」
エヴィアサンの友人でこの館の提供者で楼主の女・芙朽。
200年などザラに生きる魔王と友人というくらいだから年は変わらないだろう。
「お客さん困るって!」
なにごとかと眺めにいくと酔っぱらいがビンを振り回して暴れていた。
「なあ太夫ちゃん呼んでくれよー」
「次は倍出すからさあ~」
「なにいうてはりますの。三度通いが基本でありんしょ」
「えーなんでだよー」
「かえろーぜー。ツケで頼むわー」
「お客さんこの前もツケだったやないの!」
下等愚民が調子にのっている。
ああいう俗は見ていて腹が立つが、こんな姿で出ていっても話がややこしくなるだろう。
「あー?んだコラァ~お客様は神様だろーがブス!」
「次払うっつてんだよ浮かれ女共め!!」
「お客はーん」
芙朽が客の額に軽くデコピンをすると、男は骨抜きになる。
「ぐえっ」
もう一人の男は金髪少女にビンタをくらった。
「なにしやがる!!」
逆上した男は少女に殴りかかる。しかし数秒で男は店の外へ飛んだ。
「ふう……」
カツ、と靴が地面に着く音がする。早すぎて見えなかったがエヴィアサンが蹴り飛ばしたのだろう。
「……さすがは魔王エヴィアサンだ」
「エヴィでいい。そういえば、お前の名を聞いていなかったな」
「僕はアルヴィオだ」
「では中をくりぬいてアオと呼ぼう」
「あ、ありがとうございました!!」
少女はエヴィを魔王だと知らないのでヒーローを見る目で感謝した。
魔王なのに人助けなんて奇特な奴だ。
「なんで僕は女装させられてるんだよ?」
「王子からプリンセスになれば追っ手に見つかる確率が下がるからだ」
――なるほど、ただの嫌がらせじゃなかったのか!!
「って納得できない。というかしたらいけない」
「よし、今からでも謝って許してもらいにいくか」
「わかった善処する」
今日はもう余計な事を言わないようだまっておこう。
こいつからしたら僕を助けたのは気まぐれで 見捨てようと思えば今すぐできるのだから機嫌をとらねばならない。
「ちょっと散歩してくる。お前は芙朽のところへいろ」
「ああ、わかった」
ローブなしで堂々と行くあたり、エヴィの顔は割れていないのだろう。
「あの、マダム芙朽」
「とんでもない。あたしゃミスだよ」
よく考えたらエヴィの友人がまともな結婚してるわけがなかったな。
「こっこれはもうしわけない」
「なんかあたしに用かい王子サマ」
ヒールのせいか、エヴィより背の高い女だ。
「魔王エヴィとは友人らしいが、長らく封印されていたのに友人とはどういうことなんだ?」
「ヨウコクにいるだろ。夢魔(インクヴス/サクヴス)っていうのが」
「あれは男の前では女になり、女の前では男になるのさ」
――――つまりこいつは人ではなく夢魔であるが故に長生きだと言いたいのか?
「きゃああああ!!」
悲鳴が聞こえ外へ飛び出す。行ってみると無惨な死体があった。
「だっだれがこんなことを!!」
だれが見ても明らかに助からないというのに、金髪の少女は遺体を助け起こした。
「ミス芙朽、この店ではあんな幼い少女も働いているのか?」
「そうだよ。まあ童女がやるのは娼女達の世話係さね」
エヴィが散歩に行くと言ったきり一時間くらいは経った。
まさかあんな事件が起きるとは、犯人は近くにいるに違いない。
「ねえ最近、赤い髪した童女がうろついてるけど名前なんだった?」
「あたししらなーい。あ、その青いのなによ?」
女は緑を見て青と言う。ワコクでは緑が青なのか?
「どの姐さんについてるかもわかんないんだよね。チエコ入り薄荷アイスクリーン。ヨウコクの奴等が歯を磨く粉入れて作ってるらしいんだ」
「それ幽霊なんじゃね?すきあり!」
「あーあたしのチエコ薄荷アイスクリーン!!」
「なにこれ、歯を磨く粉味じゃん!」
民衆はこんなくだらない話で楽しめるのかと関心する。
「なんの騒ぎだ?」
「ちょいと事件がおきちまってね」
散歩から帰ってきたばかりのエヴィは死体を見て、なるほどとうなずく。
こいつは魔王なんだから散歩の途中で下々を気まぐれで殺すとかありえるな。
「なんだ疑ってるのか?」
僕が見ていたことに、犯人として見ていると思ったようだ。
「たとえそうでも驚いたりしないさ、お前は魔王だからな」
「今日はまだなにも殺ってないんだが」
――こいつが殺人を隠す意味もないので嘘ではないのだろう。
「……というかこの女人、客とモメていたやつじゃないか?」
おぼろげだがツケについて言及していたやつだ。
「犯人きまりだね」
「では客は現場に帰ってくるだろう」
エヴィは犯人を捕まえるつもりのようだ。
僕はあいつが移動しない限り、他へ行く手段がないので確保まで見届けることになるのだろう。
「こなかったな」
「きゃあああああ!」
女達の悲鳴があがって僕達は向かった。
ついに犯人が来たのか、はたまた誰か殺されているのかと思いながら。
「……なんだって?」
どういうわけか二人の男がお互いに殺しあっていた。
「こいつら店で暴れてたカスじゃないか、どうりで店にこないわけだ」
「金も払わずに逝くなんてとんだろくでなしだよ!!」
女達がダメ元でポケットを漁ると金が入っていた。
「いいのかこれ?」
「ここは店の敷地だからねぇ」
しかし厄介なことにこいつらは犯人ではない可能性がでた。
「てっきり死体を見てわめくかと思ったぞプリンセス」
「プリンスだ。これでも次代王だから結構みてきたんだ」
ウィークエンドは建国された日から王から労働階級まで休みがない。
それで自害や過労死体が散々そこらに散らばっている。
それは城の窓から嫌でも目にできた。
「ウィークエンド=休みの終わり。ということか、ブラックすぎるな」
黒い服を着た魔王には言われたくない。
「王まで休みなしなんて誰も得しないじゃないか」
たしかになんの為に生きているのかわからない。だが処刑されそうになったときはまだ死にたくなかった。
幸か不幸か魔王に救われて僕はいま生きてる。
「なにか犯人の手がかりはないものか」
――そういえば、ついさっき店の女達が謎の少女について話をていた。
「さっき休憩店の女人達が誰の世話係かわからない赤い髪の少女がいると話していた」
「赤髪の少女なんていないが?」
エヴィがあたりを見て、ここらにはいなかったので女達に聞きにいくことになる。
「赤い髪した娘ってのは?」
「楼主様も噂ききはりましたん?」
髪が血で赤くなったとも考えられるが、ここらの女は黒髪が多いな。
「あー!」
もう一人の女が金髪の少女を指差している。あれはエヴィが助けた少女だ。
「赤じゃなく金髪だよな」
少女を確保したので聴取が始まった。
「ワコク人は茶髪も赤っていうからねぇ」
なにはともあれ、この少女は怪しい。
「わたしがなにか?」
「女を殺した犯人はお前だ!」
「違います!」
少女はきっぱり否定した。
「遺体にかけよっていたが、あれは被害者の血を浴びたのを隠蔽するためなんじゃないか?」
「え?」
さすがに幼いのでその発想はまだなかったようだ。
「というかアンタ、商売仇に雇われたモグリだろ」
「ああ、鎖女とかいうやつがやってる本格的なワコクの楼閣か」
ここらは時代物で観るような赤い檻がなく楼閣というよりはホステスに近い。
「……そうだよ。わたしはあの店に雇われた密偵。男達は邪魔だったから殺したの」
少女はそれだけ話し、煙幕をまいて姿を消した。
「……あの少女は男を殺したと言っていたが」
男達は喧嘩で相打ちになったわけではなかったらしい。
「なら彼女を殺したのは誰なんだ?」
正体を知られた少女がそいつを殺した可能性はいくらでもある。
「単純にあの男等が逆恨みで殺したところをあの娘に報復されたとしか……」
――この謎の事件は迷宮入りとなった。
「さて、そろそろ根城へいくか」
「なぜ根城とやらに直行せずここに来たんだ?」
とくになにもしなかったし、事件が起きて解決せずで意味がなかった。
「これだ」
「……服各種?」
まさか服を目当てに寄っただけだったとは、こいつ本当に魔王か?