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4話

 落ち葉のクレーム対策と強風対策として,街路樹は緑の茂ったときに小さく切られ,緑陰のないアスファルトの道路は焦げ付いていた.雑な選定を繰り返した結果,短い枝が幹から不気味に伸びる風通しの悪く,よどんでいる.虫は風で葉が揺れて落下することもなく,隠れる葉がないので鳥も近づかないので,木は農薬でコーティングしてある.雑草は除草剤で消滅し,影の無い土は日光でカラカラに乾き,風で砂埃が舞い上がっている.

 ワクワク事務所は休業中の看板を掲げていた.部屋の中でヴィンセントとダリアが書類を見ながら話している.2人とも回る椅子に座り,右手にペンを持ち机の上の紙に時々書いている.

 学校帰りの幼い女の子が挨拶をしに部屋へ入ったので,2人は一旦話をやめる.

「ただいま.今日は休業にするの?」

「お帰り.ちょっと長くなりそうな仕事が入ったからね」

 ヴィンセントはペンを回しながら答える.

「コーヒー淹れようか?」

「ありがとう.ああ,いや,今日は依頼待ちはないから時間がある.自分でやろう」

「あっ,じゃあボコボコってやつ見たい」

「うーん,分かった.一緒にやろう.鞄を部屋に置いて来て.あと,手を石鹸で洗うんだよ」

「はーい」

 女の子は上機嫌に自分の部屋へ入っていった.事務所の2階は居住スペースである.

「ダリアもどうだ?」

「2人で仲良くやってて.私はちょっと考え事するから」

「そうか,遠慮は要らないからな」

 ヴィンセントは廊下に出て応接室横の小型キッチンに向かった.


「ナタリア,豆を挽いてくれ」

 ヴィンセントはサイフォンの準備を始める.女の子は電動ミルに豆を入れる.

「これくらい?」

「どう思う?」

「ちょっと足りないかな?」

「どうして?」

「だってスカスカだよ」

「でも多く使うと余っちゃうよ.かといって少なくても困る」

 ナタリアはミルの容器に書かれた線を見る.

「それは何杯分?」

「大体5杯分」

「じゃあ,ここまでだね」

 ナタリア線に沿って豆を入れる.最初は少しずつ入れたが,面倒になり,どさっと入れる.

「あ,ちょっと多かった」

 袋に戻すナタリアを準備を終えたヴィンセントが見守る.

 ナタリアは豆の袋の端を巻いて輪ゴムで袋全体を縛り,ミルに蓋をして電源を入れた.粉になったコーヒー豆が下の容器に出てくる.その間にヴィンセントがガスバーナーに火をつけてフラスコの水を加熱する.ナタリアがロートにコーヒー粉を入れる.沸騰後,ヴィンセントは一旦火を消し,ロートを差込み,再び着火する.フラスコの湯が昇する.ヘラで軽く混ぜ,少し待つ.その後火を消してコーヒーが下降するのを待つ.この際に少し混ぜる.カスを残してほぼ下にコーヒーが降りてきたのでロートを外して洗面台へ運んだ.その後,冷蔵庫から牛乳を取り出す.

「はい,出来上がり.火傷しないようにね」

「前したからもうしないもん」

「はは,頼もしいことだ」

 カップに牛乳を注いで上からコーヒーを注ぐ.

 ヴィンセントはカップを軽く上に上げ元の高さに戻してから飲んだ.

「うん,いいね」

 2人は話しながら飲み,飲み終えた後ナタリアは友達のところへ遊びに行くと言って準備を済ませ裏口から外へ出て行った.

 ヴィンセントは見送ると部屋に戻った.


 ヴィンセントは部屋に戻った後,ダリアのまとめた図に目を通し少し考え込む.

「ここまでの情報から考えられることを一通りまとめよう」

 ヴィンセントは椅子に座り,ペンを2回転させてから置く.

「今回のαの銃争奪戦に参加している組織はCG,ガーディアンズ,SCソードクロスSRソードロック,それと我々の5つの組織.参加こそしていないがβの力を持つ組織としては他にオーギュストたち一派,名前が無いから葉月とでもつけておこう.α銃の基幹となる部分はガーディアンズが保有していると思われる.SCはSRに指示を出す組織.それぞれのβの力を持つ者は,確定ではないが…,CGにギルベルト,ヴァラン,ジロラモ,ペギー,グンナー,ジュール,ベルトランの7人.ガーディアンズにはジュード,エルサ,マイ,ヴィヴィ,ジェシカの5人.SCはファルシオン,アキュリス,フォチャード,カトラス,ダガー,フレイル,マンゴーシュの7人,SRはクレイモア,パタ,バリスタ,パルチザンの4人.葉月は詳しく分からないが,オーギュスト1人だけと考えられる」

「居るように思わせているだけで実在しないこともありうるんでしょ?」

「存在が確定しているのは,CGとガーディアンズ全員.SCのフレイルとフォチャード,SRのバリスタ,葉月のオーギュストくらいだ.さっき挙げた中では会話の中から特徴などは分かっているが,姿が確認できていない」

「別の組織に名前を変えて潜入している可能性もあるし,もう少し減るかもしれない…,マイとマンゴーシュなんて似てない?Mai,Main gauche」

「そんな安直な.いや,ダガーがペギーだったりしてな.伸ばすところが似ている.まあ,冗談はさておき,SCとSRは武器の名前をコードネームにしており,性別やら上下関係やらが分からない.おまけに使い魔の名前か人名か分からず混乱しそうだ.とはいえ,ファルシオンがリーダーで,アキュリスかフォチャード,またはその両方がサブリーダーのように考えられる.SCとSRはまだ見たことないけど」

「会話のデータから察するにそれが妥当ね.実在しない可能性もあるけど」

「さっきからやたらとそれを気にするな.人数が多すぎると思っているのか?」

「ええ,SCとSRあわせて11人.バランスがおかしい,これならすぐにα銃を取れそうな気もするけどね」

「多いとは俺も思っていた.しかし取れない理由は本当はもっと少ないからという訳ではないと思うんだ」

「というと?言うこと聞かない人たちばかりの集まりとか?」

「SRはともかく,SCはそんな印象は受けないな.そこまで考えて盗聴対策していれば話は別だが.俺が思うに,SCは別の何かに取り組んでいて,こっちに戦力を回せないんじゃないかな」

「そんな素振りはないけど…」

「俺達の集めたデータはCG関連がほとんどだ.彼らの見えないところでやっているのなら7人もいるSCのほとんどが不明なのも納得がいく」

「じゃあその辺を調べておいたほうが良さそうね.これからどうする?」

「ダリアは今まで通りCG周辺を探ってくれ.俺はSCから掛かろう.彼らの訪れた遺跡に何かあるかもしれない」

「どこかと手を組む気はない?私達はたったの2人.数で大きく劣る」

「組むったってどこと?CGに居ては動きが不自由になる.肝心なときに情報不足になりかねない.ガーディアンズはどうにもきな臭くて嫌だ.寝首をかかれる可能性もある.SCはほとんど分かっていないし,SRはその手下なのだからあまり意味が無い.葉月は論外だ」

「そう,まあ下手に動くわけには行かないものね」

「じゃあ早速行ってくる」

 ヴィンセントは部屋から出て行った.

「……」


 ガーディアンズの研究所

 休憩室の本棚の横でエルサとジェシカが本を横に置いて話している.

十坐トーザの1番はトルロンかな?」

「トルロン・ネヘモス…,いや違うと思う.最強なら俺が最強だーって連呼しない.1位だとしてそんな自己暗示しないんじゃない?1番はロイスじゃない?ロイス・バルクタット」

「えー.まあ強そうだけど…研究者というか探求者?っぽいから,9番あたりかと」

「能力は1番に近づくほど戦闘力が,10番に近づくほど汎用性が上がるようだから9番じゃ変じゃない?興味がある者を逃がすなんておかしい.10番が催眠術なんだからそれに近い何かができるはず」

「トルロンとロイス以外の他のメンバーでは1番はしっくり来ない.うーん,続きが出ないと分からない…」

「楽しみにとっておきましょう」

 ジュードがふらふらと休憩室に入り,右手を軽く挙げてヨッと声をかけ,エルサとジェシカはジュードの方を向いて首を軽く曲げて手の先を動かす.ジュードは冷蔵庫から紅茶を出してコップに注ぎ,テーブルに置いた後,網目の椅子にもたれて座り,窓から湖仲を眺める.

 エルサとジェシカは会話に戻る.

「今週もソフィかわいい.欲しい」

「いいよね.蔵に閉じ込めたい」

「待て,何をしようとしている?」

 ジュードは右肘を椅子の手すりに乗せて,左腕は反対側の手すりに突っ張り,上半身を2人の方へ傾ける.

「小説の話」

 エルサは本を指差す.

「ああ,そうなのか.ならいいや」

 ジュードは左肘を折って椅子にもたれる.

「ソフィは八三パゾに属する魔術師.本名はもっと長いらしいけど,登録上の名前はソヴェリア・クィレンティール.魔法族の里から来た2人組の1人で水使い.もう一人は風使い」

「へえー.何だかすごそう」

「ジュードも読んだら?」

「また今度ね.今はぼーっとしてたい」

「ソフィの相方の出番があった最後いつだっけ?」

「エコーの方が呼びやすい.エコール・レットシルト.食事の愚痴を話していたのが最後.早く出すと残りが消化試合になっちゃうから温存してるんだよきっと」

「食事の愚痴…,ああ,確か…味付けが濃い.塩が多い,そのままでは食べられないので砂糖を大量にぶち込む.デザートかこれは?いや,残念,肉料理だ.甘くて気持ち悪い.多分保存技術がない時代の名残であろう.調べてないから分からないけど.素材への冒涜であるから,何とかフェア限定でその味付けの料理にして欲しい.みたいなこと言ってたね.まあ,これは会話の導入で後で状況説明と策の比喩に利用してた」

「そろそろエコーの出番があると思うね」

「(当分シルクス中心の話だと思う…)」

「あ,そうだ.ガーディアンズのマーク欲しいな.十坐の10個の塔や八三の時計草と三角形みたいな」

 ジェシカは本を裏に向ける.裏表紙にマークがある.

「実はある」

 ジュードが会話に入る.

「えっ…?」

「あれ?そうだったの?」

「長方形に,下に正方形ができるように黒で横線を書く.その上に紫で2本をやや下寄りに書く.四隅に黒い点を縦に2つずつ書く.お終い」

「ああ,言われて見れば見たことあるかも」

「ガーディアンズのものだと分からないように普通は書かない.しかしあまりに使わなさ過ぎて,使ったところでガーディアンズと分からない」

「シンボルと言っていいのかな…」

「確かに今はそうだ.しかし,こそこそ隠れずに済む時になったら,堂々と見せる.それまでのモチベーションとすればいい」

「ま,今は我慢ね.CGなんて滅ぼしていいと思うんだけど」

「待てエルサ.あれはじきに滅びる.そのときまで待て.今はその時じゃない」

「(あなたはそういうけどね…私は……).いつまでそう言うつもり?」

「エルサ…すまないが辛抱してくれ」

 ジェシカは余計なことを言ったせいで優しいエルサの唯一で最大の憎悪を呼び起こしてしまい,ジュードの自身の思惑とエルサの意思との板ばさみに苦しませてしまった,と感じとった.

「ジェシカ,気にしないでいい.俺が逃げて逃げて先延ばしにし続けたツケが回ってきただけのことだ」

「ごめんねジュード」

「?」

「こんなこと言ってもジュードを困らせるだけだよね.CGは許せないけど,今はジュードを苦したくないということの方が重要」

「ごめん,気を遣わせてしまって.今はまだできないんだ.きっとエルサが納得できる理由じゃ…」

「言ったでしょう?あなたを苦しめたくないの,あなたが苦しむのは私にとって今一番嫌なことなの,ジュード.もう急かさないから」

「うん…」

「踏ん切りがついてないようね.私の胸に耳を当てて,嘘じゃないって分かるから.怒っているか穏やかか分かるでしょう?」

「…いや,遠慮しておく」

 ジュードはジェシカをちらりと見てから断った.

「本気ということが分かった.頭の奥へ封印しておくよ」

「じゃ,和解の証」

 ジュードはジェシカをちらりと見る.

「あ…握手で」

「だったらハイタッチがいい」

「じゃあそれで」

「イエーイ」

「ッエーイ」

 パチンと言う音で手の平同士を当てた.

「じゃあ俺はそろそろ戻る.じゃね」

「じゃ」

 ジュードは部屋を出て保管庫に向かう.掃除とチェックで1日が潰れる.


 CG本部基地では,崩れた瓦礫を片付け,新しく作り直していた.ギルベルトたちは手にバインダーを持ち,歩き回りチェック項目を点検している.


 オーギュストは壁にもたれかけて死に掛けていた.彼は空腹である.というのもある仕事先で腹を壊し,食事をしないで寝ていたら,空腹で動けなくなった.


 ヴィンセントはSCとSRの会話からSCが何かしているであろう遺跡に来た.石造りの門の跡,その奥の地面には正方形の窪みがあり,側面に石壁と彫刻がある,他には風化した大きな岩が並んでいるだけの遺跡.特にスピリチュアルな雰囲気もなく価値の分からないでかい石ころの並んだ遺跡だ.

「ここだ!」

 木が茂る門に勢いよくくぐるが何も起きない.

「まあ,そうだよな」

 ゆっくりと歩き始める.

「(SCやSRが)誰も居ませんように」

 ヴィンセントが目を閉じると背後に人の気配を感じ,右踵を上げ,腰を使い振り向いた.

「あっ…」

 女性はヴィンセントの顔の高さに上げた左手をおろす.緩やかなウェーブの掛かった長い黒髪に白い肌,小さな桃色の口と大きなオリーブ色の目の女性は見開いた目の力を抜き,深い堀と二重で押されやや垂れ気味の目に戻る.

「(SCだとしたら,この特徴は…アキュリス)」

「ヴィンス,久しぶり.覚えてる?」

 ヴィンセントの面食らった様子に,女性は小首を傾げる.

「ごめん,分からない.君は誰だ?」

「ヴィンスの口から私の名前を聞きたい」

 女性はヴィンセントの周囲を弧を描くように歩いて岩の横で止まる.

「まあ6,7年ぶりくらい?からだものね」

「詐欺じゃあるまいね?」

「酷いことを言うのね.あっ,私があなたから名前を聞きだしてからその人を演じるっていうの?」

「……」

「私しか知らないヒントを出せば納得してくれえる?ヒント1,私はあなたが遠く離れてから一風変わったあなたの愛を受けてました」

「…?」

「ちょっと抽象的すぎたかな?昔は髪色はもう少し明るくて茶色っぽかったよ.まあ子供の頃だからね.あと,あなたは世界征服の手順として,まず干渉国を潰して占領.その後は近いほうから順に攻略せずに,長距離攻撃で奥の拠点を破壊,そこを中心に降下していく2次元でない,3次元的攻撃が有効になるとか言ってたね.頭の固い年寄りじゃ無理で,頭の柔軟な若い指揮者となって赤いローブを纏った人のサポートがあれば簡単に攻略できて…,それで地図を出して…」

「ぐうっ…」

 ヴィンセントは赤面し,胃がキリキリしだした.

「待て,やめろ.嫌な記憶の扉が開く」

「うーん,他には探偵に憧れて…,事件解決すれば懸賞金がどうとか…」

「やめてくれ.それはそうと俺は探偵になった」

「えっ,そうなの?」

「プロになるというのは憧れや夢を捨てることだと分かった」

 ヴィンセントは,嫌だという思いもありながらなぜか言わなくていいことを口にせずには居られなかった.ただ,ヒントと反応の応酬を繰り返して時間を過ごしたいとさえ,かんじていた.

「満足はできてないようね,あとは…」

 女性は何かに気づき,喋るのを止め,意識を張り巡らせる.ヴィンセントはそれを見て気配を探った.

「こっちへ」

 女性はヴィンセントの腕を掴み走る.木の生い茂る門の前で胸のポケットから何かを出して振りかざすように門を通ると,2人は全く違う世界に飛び込んだ.

 さっきまで岩だったところが柱になっており,大きな円状の橋が架かっている.正方形の窪みのあった場所には上と下へ行く2つの階段がある.

「ここは…」

「言うなれば遺跡の裏側.こっちは風化していない.でも,まだこれ以上は喋るつもりはない」

「(敵意は無いのか…?助かった)」

 ヴィンセントは女性にひっぱられて下の階段に進んだ.階段の縁は薄暗く光っているが,周囲は薄暗く,黒い髪が闇に溶け,白い手が浮かび上がって見える.

 階段が終わると女性は腕を引き,足払いでヴィンセントを倒した.倒れた直後に犬歯のように尖った複数の骨がヴィンセントを左右から挟み込む.

「な,何を!」

 ヴィンセントは蹴られ,転がり岩にぶつかって止まった.目の前に不気味な池がある.近くには笠を被った電灯が下を照らす.

 ポケットから転がり出たコインが池に入ると煙を出して溶けた.

「これは硫酸の池.使い方は想像できるでしょう?」

「…(止むを得ない)ディヴィ,出て来い」

 ヴィンセントは腕時計の模様から使い魔を呼び出す.

「こいつを外すんだ」

「ガイデ,相手をしてあげて」

 アキュリスの左手の平の十字の血管に見せかけた紋章が消え,使い魔が飛び出す.

「君がアキュリスか…」

「本当の名前は思い出せないのに,そっちは知っているのね…」

 ガイデは回転し体当たりをするが,ディヴィにかわされる.

「あなたはこっち」

 アキュリスはヴィンセントを引きずって池のすぐ横に動かす.池の半分くらいはガラスのカバーがしてあり,その方向へ連れてきた.

「何が目的なんだ」

「あなたの命は私次第.機嫌を損ねるようなことを言わないことね」

 アキュリスはヴィンセントの反応を見て嬉しそうに笑う.

「ディヴィ,助けてくれ…」

 アキュリスは舌打ちし,立ち上がる.

「ガイデ,そいつを叩きのめせ」

 ディヴィはガイデの4枚の翼を打つ攻撃をかわし,接近と後退を繰り返す.

「ガイデ,攻撃を増やして」

 ガイデは新たに2枚の羽を開き,その先端で雷の弾を作る.ディヴィは近づこうとするが4枚の翼に弾かれ,進めない.ディヴィは一旦下がり,オーラを纏い,腰を低くした後強く踏み込んだ.右手で貫手の形を取り,左2枚の翼を貫き,本体らしき部分に刺す.抜けずにもがいているところを雷攻撃と包み込みでダメージを負い,時計に戻った.

「スピードタイプじゃディフェンスタイプには不利.残念ね」

 ガイデが穴の開いた翼をがさがさ動かすと元に戻った.羽は縦方向にのみ繋がっており,穴が開いたというよりは押しのけて隙間ができた程度だった.

「これであなたの命は私次第」

「俺が何か悪いことをしたのか?言ってくれれば謝るし,罪を償う」

「どうしてそんなことを…?ヴィンスは何も悪いことはしてないけど…?思い出せないのは悲しいけど,悪いことだとは思ってないよ」

 アキュリスはガラスの柄杓で硫酸をすくい,ヴィンセントの上にそっと置く.

「大人しくしていてね」

 アキュリスはヴィンセントの頬にキスをして,部屋の奥へ行った.

「(アキュリスは俺をどうするつもりなんだ?命を奪う気も必要以上に痛めつける気もないような….痛めつけるのも何かの手段のような….いや,それよりも脱出が優先だ.交渉の類は後回しだ)」

 ヴィンセントは体が大きく動かないように辺りを見渡す.

 地熱発電らしきシートとさっきの照明,入ってきた階段と何か入れる大きな木星の箱.地面は水の流れるような音が聞こえる.蝙蝠や鼠などの気配はない.

 アキュリスはナイフとりんご,皿を持って戻ってきた.ヴィンセントの横に座り,りんごの皮をむく.

「すぐには帰さないよ.ところで,りんご好きだったよね,ヴィンス?」

「こんなところで道草を食っていていいのか,仕事で来たんじゃないのか?」

 単独行動らしき雰囲気を感じ取っていた.

「そうだ!連絡しないと!」

 ナイフとりんごを丁寧に皿に置いて,また部屋の奥へ行ってしまった.

 アキュリスはしばらくしてまた戻ってきた.アキュリスがしゃがんで骨に指先を当てると,骨は一部ずつが縄のようにやわらかくなり動いて拘束を強める.

 アキュリスは柄杓をどけ,目の前の男を岩にもたれさせる.カードを弄り,包む骨の幹のうち,ヴィンセントの腰の辺りの接合を外し,幹の中のゴムが顕現した.これで曲げることができた.

「はい,あーん」

 爪楊枝に刺したりんごを差し出す.

「ん?」

 口を閉じて怯えているヴィンセントの様子を見て,アキュリスは皿を下に置くと頬にビンタした.その後,ぶった部分を指先で優しく撫でる.口の中に何か仕込んでいないかのチェックともとれる.

「ふふ,食べたくなったらすぐに声をかけてね.あなたは一人じゃ食べられない」

「……」

「でもあんまり時間が経つとおいしくなくなっちゃうからね」

 アキュリスは電話を受け,通信機を取り出す.

「はい,あ,ちょっと待って」

 彼女は再び部屋の奥へ行ってしまった.

「(冷静になれ…,会話内容を聞かれないために離れているようだ.何かの作業中に呼び出されれば,途中で向こうへ行く可能性がある.その隙を利用すれば…)」

 

 部屋の奥の3方に囲まれた場所でアキュリスは通話をしている.

「…そう,今日は帰らないから.カトラスに勉強教えてあげる約束破ってごめんと伝えておいて.……,ええ,それは分かっているけど,何のための5人?1人休みでも回るでしょう?……第一1人減らしたあなたに言える道理じゃ…ふふ….分かってくれたようね,そうそう,クリスの腱…あなたの行動,その気持ち,少し分かった気がするわ.…….なんだか長くなりそうね,……ええ,こっちはこれで以上」

 通信を切り,男の前へ戻ってきた.

「一体誰と…」

「まあ,嫉妬?職場仲間よ.腐ったレモンのような奴.それでも彼の弱点を皆でカバーすれば,後は基本的に優秀だからいい仲間よ」

 その後,痛めつけられたり,りんごを食べさせられたり,恐怖を味わったり,りんごを味わったりしたヴィンセント.

 拘束の骨を緩めて硫酸池前のシーソーをしようとしている最中にアキュリスは呼び出して,再び部屋の奥へ行った.

「(今しかない!しかし今は体力がほとんどない,集中力と精密さが必要なことはやめたほうがいい)」

 ヴィンセントは体を捻ってナイフに近づく.掴もうとするが,死角になり手探りで掴もうとするが,誤って池に落としてしまう.

「(せめて起き上がることができれば….頭と足先だけなら動く.一度こけたらバランス取れない上に,この尖った骨に突き刺さる….あそこは斜めになっているな…,あの角度なら起き上がれるかも知れない)」

 ヴィンセントは転がり,そこまで行き,,何とか立ち上がった.

「(力を分散させたり力を入れられない絡ませ方をしているから外せないだけで,そこまで硬いわけではないだろう.外部の力を加えれば壊せるはずだ)」

 近くの手すりの端を引っ掛け骨をへし折る.中からゴムが出てぶら下がる.右側を順にへし折り,全て取りはずした.

「ヴィンス,あなたはまた私を置いて遠くへ行ってしまうのね…」

「何のことか分からないが,こんな拘束をすれば逃げようとするのは当たり前だろう?」

「そんな,私はただ…」

「……」

「……はあ.ガイデ,階段を破壊して」

 ガイデは3枚の羽の先に光を集めてビームを出す,階段が抉れ大きな溝ができる.

「あなたの使い魔はまだ回復していない.もう逃げられない」

 アキュリスは手を差し伸べながら近づき,ガイデは反対側に回る.ヴィンセントは目だけを動かし周囲を見渡すと溝に飛び降りた.

「ガイデ,彼を助けて!」

 アキュリスの悲痛な叫びに応じ,ガイデはヴィンセントの下に回り込み,落下を防ぐ.男はガイデを踏み台にして階段を渡った.

「だめ!下手に扉をくぐると帰れなくなる!」


 逃げ出したヴィンセントは光る門に飛び込み,外に出た.

「ここは…」

 街を見渡す山の上に立っていた.後ろに大樹がある.日が沈み,街灯と家の光がぽつぽつと着いている.

「あれは俺の家…ここを降りれば帰れる」


 残されたアキュリスはヴィンセントが隠れていないが探していた.甘い掛け声が無人の部屋にこだまする.見つからないことを悟った後,階段が崩れていることを示す看板を作り,地面に突き刺す.通信機を取りだし連絡をした.

「逃げてしまったからもう戻るわ」

「βの力を持つ者ならまた会える機会があるさ」

「そうね.あわよくば仲間に…」

「冷静な君がミスをするとは…,気分が高揚して詰めが甘かったか?」

「そのようね.でも仕方ないね,ヴィンスだから」


 アキュリスは外に出て仲間と合流し,屋敷に戻った.

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