2話
どんよりと曇った空の下,灰がかった青色の海の上に一隻の船があった.甲板の上にはチョッキを着て小銃の付いたバンドを肩に掛けた人が4人居る.船室の中にも数人居る.「ぐわっ」
海中から巨大な海月の触手がゆっくりと伸び,甲板上の1人の兵士の足に巻きつき,毒を注入する.その兵士は体が痺れて動けなくなった.
「待ってろ!今取ってやる!」
兵士の1人がベルトについている鞘のリングスナップボタンを右手中指で外し,日田指し指でナイフを引き抜き,右手で柄を掴み,穴から人差し指を抜く.そのまま振り下ろして触手を刺すが,触手はナイフを弾き,滑ったナイフは地面に突き刺さり,兵士の首に別の触手が接触し,麻痺した.
「何なの…これは…」
対岸の2人は,銃を構えて近づこうとするが,背後から現れた触手に捕らえられ,麻痺させられ後ろに投げられた.
そこへ小さな船が近づき,中から出てきた人々が乗り上げる.
「ご苦労さん,アマヅキ.戻ってお休み」
その中の若い女性がバッジを手のひらに乗せ,海月はその中に戻っていった.
船室から人が出てきた.1人はその集団へ向かって,残りは倒れた人の救出に向かって.
「いやあ,助かりました.あなたたちがあの化け物を止めてくれたんですね」
「いやいや,感謝される資格なんてありませんよ」
「え…」
集団の1人がバッジから青い炎に包まれた鳥を出し,その鳥は目の前の男を掴んで海へ投げ込んだ.
「さあCGの役立たずども,死にたくなければ…,ああ,あとあの人を助けたければ全員すぐに船から下りろ」
「安心なさい,私達の船をあげるから,涙を海水で誤魔化す必要はない」
「生きて帰って報告するといい.大げさに頼むよ,そうすれば君らも仕方ないで済まされるかもね」
兵士の1人が小銃で侵略者たちを撃つが,効果がない.
「βの力の前には兵器は無力だと習わなかったのか?」
「水上で動けなくなったら困るよねえ」
炎の鳥を使役する男はそう言いながら,放り投げられた男を見た.
「くそっ」
兵士たちは横に付いた船に乗ってオールを漕ぎ,救出をした.乗って来た船は侵略者たちに取られ,無人島へ向かっていった.
「フォチャード,敵影はあるか?」
船室の中で,リーダー格の男が優男に尋ねる.
「いや,今のところはない.フェニーも何も反応していない」
「なら速度を上げても良さそうだ.アキュリス,調査の道具を袋から出して,用意しておいてくれ」
「うん」
女性は周りを見渡して,手の空いている人を探した.
「フレイル,このカメラを取り付けるの手伝って」
「ん,俺?分かった」
「おや,カトラスとパタはいないのか?」
リーダーは操縦しながら,一瞬後ろを振り向いて訊く.
「カトラスはきっと船の中をうろうろしているよ.パタは化粧室じゃない?」
「そうか,ならいいや」
リーダーの返事を聞いて,2人は袋を持って外に出た.
アキュリスとフレイルは船室の後ろに出ると,最もいい場所を選ぶと,カメラと通信機,固定させる台を出し,設置を始めた.
設置が終わり,通信機の電源を入れた.
「じゃあ,私はパソコンの方を見てくる」
アキュリスは船室に戻っていった.
「(この先の島の谷の洞窟にαの力が….あの強力な渦は強力なエンジンでなければ対岸へ渡れない.しかしなぜ今になってαの力を求める連中が活動を始めたのだ…,御伽噺を探求する余裕ができたからか…,それとも誰かが引き金となって….とすれば誰だ?CGを組織した人か,吹き込んだ人がいるのか….そいつはそもそも地球人なのか….まさかマーサが!)」
フレイルは遠くの島を見てグルグルと周囲を回りながら考えこんだ.
「危ない!」
カトラスは海に落ちそうなフレイルの手を引き船に押し戻す.2人は尻餅をついた.
「すまないカトラス,助かった」
「いくら頑丈な体でも下手すると死ぬから気をつけてくださいよ」
「…気をつけるよ」
「ああ,そうだカトラス,頼みたいことが…」
フレイルが振り返るとカトラスはもう居なかった.
「そろそろ昼食にしない?」
カトラスは船室に入って尋ねる.
「そうだな…」
フォチャードは時計を見る.11時と半分を回っている.
「そうしよう,今朝は早かったし.ファルシオン,操縦を続けるか?」
「そうだな,今手を離せないし私は後にしよう.先に食べていてくれ」
「分かった.よし,厨房に行こう」
フォチャードとカトラスは厨房に向かった.
そして調理が終わった.シチューができた.
「できた!」
「何も見ずにつくったけど,分量覚えてたの?」
「最近クリスと作ったから覚えてただけだよ.さて,呼ぶとするか」
フォチャードは手を荒い,タオルで拭くと壁の呼び出しボタンを押した.
「向こうのテーブルに運んでくれ」
「りょーかい」
一同はテーブルに着き,昼食に入った.
「今攻め込まれたら厄介だな」
「フェニーが見張っている,見つけたら知らせに来るから分かる.それに海の中から近づく奴がいたらあの装置が教えてくれる.壊れてなければ」
「この見晴らしのいい居場所で攻めてくれば気づく」
船が何かに衝突し揺れる.
「ん?」
フレイルが扉を開けて外を見る.海中から槍を持った人魚が飛び出し,部屋に向かって宙を泳ぐ.
「あれはガーディアンズの…,出て来い,アンバー」
フレイルはバッジから幅広の剣を取り出した.鍔と柄の間に金色の獣の目のような模様がある.フレイルは右手で剣の柄の先を持ち,左手の甲で刃を下から支えながらホーリーの槍を剣に乗せた後,右回転してホーリーを右に飛ばし,よろめいたところを左手で右手の上の柄を掴み,左足を前に出して前傾姿勢で剣を斜めに振り下ろした.ホーリーの上半身に剣筋が直撃する.
船の下からガーディアンズの5人が船に飛び乗る.
「あれはSCのフレイル!…ジュード,この船にいるのはCGじゃない」
「私達の獲物を横取りするとは…」
「撤退したほうがいい.労力を掛けて奪うほどのものでもない」
「CGがSCに変わっただけじゃない」
「あっ,待てエルサ!」
「ホーリー,あの柱を壊せ」
エルサはフレイルの後ろにある煙突を指差した.
背後の気配に気づき,シェイドは冷気を呼び出した.凍った透明な触手が現出した.
「えっ…」
その隙に上から青い炎の鳥がヴィヴィとジェシカを連れ去った.ワシに似た姿をしており,頭の上に炎の王冠をつけている.
ホーリーは槍から雷を飛ばし,煙突を狙うが,白い羽に阻まれた.幾つもの羽を巻いた卵型の使い魔が船室の上に浮いている.羽は4枚だけ開き,残りは本体を巻いている.
「まだ居るのか…」
「ガイデ,シェイドを狙え」
3枚の羽からレーザーを出し,空中で1点に集め,シェイドに向けて飛ばす.シェイドは前に跳ぶが,レーザーの方向を下に下げて命中し,バッジに帰還した.
煙の中フレイルはアンバーを投げ,ホーリーに命中し,ホーリーはバッジに帰還した.
ガイデが5枚目の羽を勢いよく開き,煙は吹き飛ばされた.
「マイ,撤退だ.潜水艦を死守しろ」
ジュードはバッジからコバルトを出し,フェニーの元へ飛ばしたが,追跡中に太陽の光に目が眩み,ガイデの羽に叩き落とされた.
「2人はまた後で助け出す.体勢を立て直す,エルサ,マイ,一時退却だ」
「……」
「おい,返事しろ」
エルサとマイは触手に捕まり体が麻痺している.ジュードの足元にも触手が忍び寄る.ジュードはマイの使い魔を出そうとバッジに手を伸ばすが届かずに麻痺した.
船の倉庫の中で,ガーディアンズはバッジを取り上げられ,手足に錠をつけられていた.
「まったく,食事の邪魔しやがって」
フォチャードは不服そうに,ジュードたちの前の椅子に座る.
「私達は何も言うつもりはない」
「そんな声を出すもんじゃない,君には鬼嫁より地母神の方が似合う.ほらパンあげるから」
フォチャードはエルサの前でパンを見せびらかす.
「要らない」
「ジュード,君も大変だな」
「は?」
「態度悪いな君たち.せっかく話の通じる相手を前にしているのに,それじゃ損するよ」
「悪い冗談だ」
「聞き出す方法は拷問…,いや,できない理由があると言ったらどうする?」
「理由を聞きたいものだな」
「探ってみなよ.何かを得るためには何かを失わなければならない.まあ,嘘かもしれないがね」
「優しく接すれば,気を緩めると思っているようだけど,そうはいかない」
「エルサ,君は自分が苦しむのを耐えられても,仲間が苦しむのは耐えられない.そんな感じだ」
「……」
「ククク…,楽しみはある条件を満たしてからにしよう」
ある条件?
「それはともかく,さっきからぼーっとしている君」
「えっ…」
「起きてる?はい,コーヒー.目を覚ましなさいよ」
フォチャードはヴィヴィにコーヒーカップを渡す.ヴィヴィはそれを飲もうとするが,ジェシカに止められる.
「飲んじゃダメ!」
「あっ…,ごめんなさい」
ヴィヴィはカップをフォチャードに返す.
「囚われのお姫様は何を御所望かな?」
「(私のこと…?)ここから出たい…」
「ごめん,それはできない」
「そう…(仕方ないよね)」
「代わりにいいものをあげるから基地の場所と知っているパーツのありかを教えてくれないかな」
それらは知らないのか.いや,知っているがカモフラージュの可能性もあるが.
「えっ…」
「で,そのいいものってのが鉛の弾だったらお笑いね」
「物体じゃない」
「まさか!知っているのか?」
「ジュード,実にわざとらしい誘導だ.それとも俺はその程度見抜けるということを示したい,という顕示欲を利用するつもりかい?」
「利用されているようじゃないか」
「ふふ,どうかな.話を戻そう.ヴィヴィ,思い出させてあげよう,君の求めているあの記憶を…」
「どうして,あなたが…」
「待って,どうしてヴィヴィが記憶喪失だと知っているの?」
待てエルサ,その台詞は不味い.
「エルサ,君は兄から借りたものを返さなくとも平気か?俺は借りたものは返さない人は嫌だなあ」
「(そういえば漫画まだ返していない…)」
「どうしてあなたが記憶を持っていると?」
「答えたくない.さ,ガーディアンズと魔銃の情報教えてくれないか?」
「だめ….仲間を裏切る気はない」
「そうか」
なぜ露骨に優しいんだ.本当にヴィヴィの記憶に関係があるのか…?もしそうなら何か引け目を感じているのかもしれない.いや,誘導でバレたことにあわせて喋っているだけか.確かめてみよう.
「5年前,ヴィヴィと一緒に海に行ったとき,俺は…」
「死体を見つけ,それを見たショックで膝をついた.そして動けなかった」
知っているのか!本当に…,冷静になれ,その話は1月ほど前にも海上でCGの船を襲う前の船の中でした.そこで聞いていたのかもしれない.もっと限定的な….
「6年前の大雪の日,夕方の停電の校舎の中で…」
「おっと恥ずかしい話はそこまでだ.αの銃は持っているか?ガーディアンと名乗りながら放置して置いてきたわけじゃあるまい」
遮った…のか,それとも本当に知っているのか.
「ここにはないわ.探すだけ無駄」
マイがすばやく反応した.
「脱がして探してもいい訳だが…」
「あなた実物を見たことある?」
「それが何だって言うんだ」
「あの大きさじゃ隠しようがないってこと」
「へえ,そうなんだ.サイズを教えてくれるかな?」
「84 56 85」
「有益な情報どうも」
適当言ってるぅ.
「まあ,どうせ君らは触れたことはないんだろう.そのお転婆に持たせたら世界が滅ぶ」
「……」
エルサは言い返したいが,言い返すと墓穴を掘りかねないので歯をかみ締めて耐えている.
「フォチャード,いる?」
パタが倉庫に入ってきた.
「どうした?」
パタはフォチャードの耳元で何かを囁く.それを聞いてフォチャードは首を縦に振った.
「あ,ちょっと待った」
フォチャードはパタの耳元で何かを囁き,コーヒーを飲んで皿を持って部屋から出て行った.
「(余計なことを喋らないか不安だが…)」
パタはフォチャードの座っていた椅子に座りガーディアンズを見張る.
「ねえ,さっきから見張りは一人だけど,どうしたの?忙しいの?」
「あんたらには関係のないことだ」
黙って耐えるつもりか,この手のタイプは暴力の危険があるが,おちょくって情報を引き出そう.
「フォチャードと一緒に見張ってたら楽しそうじゃない?あの人かっこいいから.植物柄のシャツもオシャレ」
いいぞ,ジェシカ.
「気に入ったんなら,仲間に入る?まあ,彼にはクリスっている恋人がいるけど」
「そのクリスってのもあなたたちの仲間?」
「仲間には違いない」
「え?」
「彼女はもうこの戦いから退いている」
「あら,組織を抜け出せるの?意外ね.口封じに抹殺するのかと」
「その必要はない.彼女は仲間だから.それに,あなたたちは抹殺するの?」
「さあ,どうだろうな」
「裏切っても私達が助けてあげるからいつでも来なさい」
「だってね,マイ」
「なぜ私が?」
「やだなあ,ジョークよジョーク」
「それにクリスは裏切っていない」
ん?何か変だ.それは喋ってもいいことなのか.囮であるクリスの話に誘導しようとしているのか?
「どういうこと?」
「怪我をしてもう戦いから退いただけだ.元気に走り回る人だったのに,今では車椅子生活.それでも不安にさせまいと笑顔を振りまく」
やはり妙だな.動揺したかのように喋り始める.いや,それとも俺にこの動揺を考えさせて,そっちに頭を使わせるつもりか?そこまで考えているかは分からないが….
そのとき,衝突音がして船が大きく揺れ,パタは倒れて打ち所が悪かったのか気絶した.
「一体何だ?」
「何かにぶつかったようだけど…」
「CGか?この状態で捕まったらまずい,この錠を破壊するものはないか?」
「あれ…」
ヴィヴィが指差した先にパタのバッジがあった.
「あれを使えば外せるかもしれない」
「私に任せて」
エルサは転がってバッジに近づき,体をよじってバッジを掴んだ.
「出てきて,クラゲちゃん」
エルサの呼びかけに応じて使い魔が飛び出した.
「使い魔の強さ,動作の精密さは使用者の質に応じて決まる.エルサで大丈夫かしら?」
「大丈夫よマイ.クラゲちゃん,この手錠と足錠を外してくれない?」
使い魔は,触手の先を錠につけ,鍵部分を溶かした.解けて出来た塩が床に垂れる.
エルサは手足の錠を外し,左手の右手で軽く握り伸びをした.
「どう?」
「いや,恐れ入った」
ジュードたちは全員錠を外した.エルサは使い魔をバッジに戻した.
「マイ,怒ってる?」
「どうかしら?」
「ごめんね,マイを囮にして相手が食いついてくると思って…マイは器用だから振りをして何か聞きだせると思って…」
マイはエルサを見て,それが本当だと分かると肩の力を抜いた.
「…そうだったの.期待に応えられなくてごめん」
「ううん,私こそ傷つけるようなこと言ってごめんね」
「よし,ここから出よう.ついでだ,その壁に掛かってる拳銃はいただくとしよう.少しは役立つだろう」
5人は部屋から出て,外を見た.船は航行をやめ,幽霊船がすぐ横に止まっている.
「奴ら,逃げ出したぞ!」
カトラスの声で,目の前の大船に目を奪われていたジュードたちは我に帰る.
「まずい!一度,バラバラになって逃げよう.追ってきたところを合流した仲間と倒すんだ.だが,絶対にあの船に入ってはいけない」
4人は無言で頷くと散開した.
エルサの後をアキュリスがつける.
「待て!」
エルサとアキュリスの間をジェシカが横切る.
「アキュリス,このチビは俺が引き受ける.そっちを頼む」
カトラスが走りながら言う.
「ええ,まかせて」
エルサは左手で壁横のパイプを掴み,パイプを中心に弧を描き,壁にぶつかる前に壁を走って屋根に転がり込んだ.
「チッ,ガイデ,出て来い」
アキュリスはバッジから使い魔を出し,上に乗って屋根の上へ移った.エルサはぶら下がり,向こう側から降りようとしている.
「(止むを得ない,動けなくしてやる)ガイデ,死なない程度に巻き上げろ」
ガイデの羽が6枚開き,勢いよく引き,小型の竜巻がエルサ目掛けて進んだ.エルサはそれから逃れるように幽霊船へ飛び込んだ.エルサは幽霊船の部屋に入り,上から見えなくなった.
「くっ…」
アキュリスはガイデに掴まって幽霊船に降り立った.アキュリスが回りを見渡すと,朽ち果て,不気味な妖気が漂う中,動く者がいた.
「いた!」
エルサは扉を閉め,廊下を走りだし,曲がり角手前の扉を開く.
「ひとまずここに…」
中に入ると自動でドアが閉まり,鍵がかかった.
「あっ…」
ドアが開かず,窓も無いので,エルサは壁を殴っていた.
「くう…(脆そうな見た目の割りに硬い壁ね…)」
突然,部屋の天井に穴が空き,人が落ちてきた.
「おやアキュリス,どうしたの?もしかして閉じ込められた?」
アキュリスは服の埃を払いつつ,辺りを見渡す.
「…へえ,あなたはそうなのね」
「あっ,そのバッジは私の!返しなさい!」
「やだね」
「あっ,そうだ.これと交換でどう?」
エルサはパタのバッジを見せた.
「逃げたからにはそんなことだろうと思った」
アキュリスは表情を崩さず,しかし瞳の奥からは失望の色が見えた.
「ほら早くしなさい.破壊しちゃうよ?」
アキュリスは舌打ちして,ホーリーのバッジをエルサの前に投げた.
エルサがそれを取ろうと屈み,アキュリスはエルサの左肩を蹴って後ろに倒した.
「パタのバッジを返しなさい」
「分かったよ…」
エルサは立ち上がり,アキュリスの前に投げる.アキュリスはそれを拾いあげるために屈むと,エルサの右足が前に伸びた,が,出現した羽によって弾かれ,バランスを崩して倒れた.
「ははっ」
「この…」
「あなたジュード無しでは生きて行けそうにないわ」
「?」
「言いすぎね.長生きできそうにない,くらいに訂正しとく」
「むかつく奴ね.まあとにかく,運よく私のバッジも戻ったことだし,争うのは一先ずここから出てから」
「天井から帰ればいい.上はただの廊下だから」
上を見上げると,天井の穴が消えていた.
「えー,どうなってるのこれ?」
「所詮腐った建物のようなものだ.壊して出るまで」
エルサはホーリーを呼び出し,壁を破壊させた.しかし,ホーリーの槍の突きでも壊せない.アキュリスはガイデの羽の中で衝撃から身を守る.
「なら,もっと威力を上げて…」
「待て,この規模の部屋の中だと跳ね返って私に当たる危険がある」
「私たちでしょう.じゃあどうするの?」
「私にいい考えがある.あなたは黙って従いなさい」
「説明してよ」
「それはダメ.口にすると意味が無くなる」
「…?」
「そんなこと言ってあなただけ助かろうなんて気はないでしょうね?」
「助けてあげるわ.あなたたちが弱るとCGに魔銃が渡りかねない」
「?」
エルサは何か違和感を感じたが,下手に口答えすると見捨てられる可能性もあるのでやめた.
「それでどうするの?」
「まずは,お話しましょう.援軍が来るのを待つの.黙ってても退屈でしょう?」
「それがいい考え?」
「口にすれば意味がなくなることもあるでしょう?」
「……」
アキュリスは椅子に座った.
「私には痛めつけたい人がいる」
「え?」
「私が小さい頃,受けた苦しみをあの人にも与える.最近は忘れかけていたけれど,まさか機会が巡ってくるなんて…こんな嬉しいことはない」
「それは私じゃないでしょうね」
「あなたに最初に会ったのは大体1年前.ありえない」
「それならよかった」
「あなたも何か喋りなさい.目の前でなく,遠くのことを」
「何の意味が?」
「作戦のため」
アキュリスは扉をちらりと見,エルサは目線を追って扉を見た.
「私には2人の兄がいた.下の兄は私達と一緒に行動している.上の兄はもういない」
「……」
「CGは滅ぼすべきなんだよ.特にあの卑劣な屑野郎はこの世から抹消してしかるべき.奴はCGをやめたとはいえ,まだ繋がっている」
「……」
「生きている方の兄は博士ともヴィヴィのお兄さんとも仲がいいし,ジュードとも仲がいい.なんだか難しいことをジュードと話しているのを見たこともある.博士に秘密だとか言っていたような…」
「どんな内容?」
「難しくて忘れた.ただ,博士が知ったら我が物にしようとして身を滅ぼしかねないと言ってた」
「へえ,そう」
外から声が聞こえる.
「もういい頃ね」
アキュリスはガイデに指示して扉を破壊させた.扉は壊れ,廊下側に倒れた.
「どうして…」
「四十六時中固いわけではない.私達が攻撃しなければ防御を解くはず.思ったとおりでよかった」
2人は外に出た.
「エルサ,無事だった?」
ジェシカが駆け寄る.アキュリスはガイデに捕まって仲間達の下へ飛んでいった.
「私は大丈夫.皆バッジは取り戻したの?」
エルサはジェシカの使い魔ウィンを傍目に見ながら尋ねる.
「まあ,色々あって….早く帰ろう」
「(CGの船を奪ってパーツを貰おうとしたけど,あの人たち相手じゃ労力の割に合わない…)」
「どうやって帰る気かな?我々相手に逃げられると?レッド,やれ」
ファルシオンは使い魔に顎で合図をした.その使い魔には,風に揺れる真っ赤なマントの上に丸い球体が浮かび,その球体の上には長いつばのついた三角帽子を乗せ,つばの先には赤紫色の半透明の薄い布がついている.球体の表面は右回転,左回転の色の違う流れが何層にもあり,ところどころの境目に渦が生じている.マントの内側には真っ暗闇だ.
使い魔はマントの下から両腕を出し,音波を出した.ホーリーとウィンは体が石化していく.
「ホーリー,打ち消せ」
ホーリーは歌い,2体の石化を解いた.
「タイムギア,あの馬を隣の人魚に叩きつけろ」
物陰からカトラスが使い魔に指示を出す.使い魔は歯車を縦横無尽に組み合わせた姿をしており,中心角にオレンジ色の球体があり,宙を浮いている.
ウィンは横からひっぱられるように吹っ飛び,ホーリーにぶつかって2体とも海に落ちた.
「やったぜ」
直後にタイムギアが凍りつく.
「遠距離攻撃は意識が遠くに向くのが難点だな」
ジュードがカトラスより後ろでつぶやく.シェイドが杖をタイムギアに向けていた.
「それはお前も同じこと」
シェイドの足元から火柱が立ち,シェイドは軽く浮き,風を起こして振り払って着地した直後に,上から飛び降りたフレイルの剣で斬られ倒れた.
「(反らされたか…)」
フレイルは剣を右手で持ち,地面に突き立て,地面を蹴って逆立ちする.横を雷撃が通り抜けた.ホーリーは攻撃後の隙にレッドの放った氷の槍に突き刺されてバッジに戻った.
「ウィン,ガイデの攻撃を止めて」
ウィンは構えているガイデに向かって飛び,軌道をそらした.ナイトはジェシカたちを守るために盾となり,攻撃を受けバッジに帰還した.
「ナイン,ウィンの援護に回って」
「フェニー,その狐を閉じ込めろ」
ヴィヴィは使い魔に命じたが,フォチャードの使い魔の起こした竜巻に閉じ込められた.
「ナイン,毒攻撃」
瘴気が竜巻により拡散され,フェニーが落下し,ヴィヴィは倒れ,皆後退した.
竜巻が解けた後,ナインがヴィヴィの下に魔法陣を呼び出し毒を抜いていった.
「なんて無茶を…フェニー,戻れ」
青い炎の鳥はフォチャードの左手に戻っていった.フォチャードは右手の使い魔の宿った指輪を見る.中指に銀と金の細工の施された指輪がついている.直後に周囲を覆う大きな影に気づいて上を見上げた.
上空には正五角形の船が浮いていた.下の出入り口が開き,両端を鉄柱で吊り上げられた階段が姿を表す.階段の上には柱に捕まっている1人の男がいた.空いている方の手に拡声器をもった博士が声を出す.
「全員そこから離れるんだ.βの力が集まりすぎて,その船は爆発寸前だぞ」
「何だと?」
「霊的な何かで動いている船だぞ.爆発するものか」
「ガーディアンズ,早くこっちへ!」
シェイドが杖を振り,ガーディアンズの体を浮かべ,入り口に飛んでいった.
船の後ろで爆発が起きた.ファルシオンは偽の可能性も感じながら,本来の目的の達成のために撤退の命令を出した.
博士達を乗せた船は収容を終えるとすぐに飛び去り,ファルシオンたちも自分達の船(元CGの船)に乗って幽霊船から離れた.幽霊船はすぐに爆発し,ガイデは羽を広げて船を守った.
「ずいぶんと道草を食ってしまった」
アキュリスは左手を広げて使い魔を手に戻しつつ,リーダーに話しかける.
「しかも取り逃してしまうとは…,何か得られたか?」
「エルサについてはマンゴーシュの報告にあったことばかり.本当に喋り方が敵相手と味方,一時的でもね,と違うのね.多分,味方同士での会話が本性で,敵相手にしたときの喋り方は気を張っているだけ.あと何故かクリスのことを知ってたけど,誰か喋った?」
「ごめんなさい.フォチャードの恋人で,今は戦いに関ってないことを喋ってしまって…」
「そうか…引退したみたいなことじゃなくて控えている,って言っておけば後々役立ったかもな」
「ごめんなさい…」
「まあ,致命的な情報でもないし何とかなるさ.でももう誘導に掛からないでくれよ」
「はい…」
「ヴィヴィについては引っかかる点がある.何かおかしいと思わないか?」
「ぼーっとしていてガーディアンズらしくないってことか?」
「あんな危険な所にいて平気なのが不思議だとは思うけど…」
「どうにも記憶喪失というのは本当みたいだ.だが,それだけではないと思う」
「え?」
「何かが彼女の意識の中に住んでいる.性格が薄まっているというか,とにかく薄いんだ.記憶を失ったのはそいつが意識の多くを支配しているからなんじゃないだろうか」
「だとすれば誰が?彼女の使い魔?」
「分からない.ただ,その可能性が生じたということを伝えたかった」
「記憶がないなら自信が無くて引っ込みがちなだけじゃない?」
「それはあるかもしれない.しかし,実際に話してみてどうにもそれだけじゃないと思ったんだ」
「もう少し調べてみよう.だが今はあの遺跡を優先だ」
フォチャードはそう言って前方を指差した.船は入り江の奥,暗い洞窟に入っていった.