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18話

 吸血鬼に占拠された首都は混乱の真っ只中にあり,国家としての多くの機能が麻痺していた.道路はゾンビが歩き回り,各地にバリケードが作られ,人々は応戦していた.

 中央の駅は吸血鬼の頭領によって支配され,城砦のようになっていた.1人の青年が手錠をかけられて頭領と共に窓から外を見ている.

「見えるかジュード,お前達の仲間が死んでいく様子が」

「俺の視力では見えない.俺を殺さずにこんなことをして何が目的だ?」

「遊びだよ.人間はせっかちでいけない.お前を生かしたままなのは,どうするか決めかねているだけさ.召喚術を使う人間なんて面白いじゃないか,そう結論を急かすな」

「……」


 町の中をエルサ,ヴィヴィ,ジェシカが走っている.

「危ない!」

 エルサはヴィヴィとジェシカの手を引いて引き寄せる.爆風で飛んだ道路の破片が3人の前に突き刺さる.粉塵が巻き上がり,周囲が見えなくなる.

「大丈夫?手,捻ってない?」

 エルサは2人の顔を見ながら尋ねる.ジェシカは恐怖の表情を顔に浮かべる.エルサは左胸にこぼれる血を見てでこを右手でそっと触る.目の前に下ろして指先を見ると手が血塗られている.

「え…?何,これ…?」

 エルサは何が起きたのか分からない混乱と見えないことへの恐怖で顔が引きつったまま,貧血で前に崩れた.

「2人とも…,私はいいから,逃げて…早く」

「くっ…ごめん,エルサ」

「ごめんなさい…」

 ジェシカとヴィヴィは走って逃げ出した.


 小高い丘の上でファルシオンとフォチャードとアキュリスが双眼鏡で町の様子を見ている.

「どうやら吸血鬼騒ぎのようですね」

「豪華な服着ているのが駅の南口の上の階にいます.ジュードもいる.カフェテリアのところですね」

「よし」

 ファルシオンは銃を構えて前に撃つ.ビームが放たれて周囲は光に包まる.光が消えた後は町は騒ぎの前の状態に戻った.いや,正確には,何事も無かった状態で今に至る状態になっていた.

「さすがは魔銃.とんでもない代物だ」

「パーツが抜けてない?本当に大丈夫?」

「残りはもう一丁のものだ.これで完成.間違いない」

「吸血鬼倒しちゃったけど本当に良かったのか?何か存在理由があって復活したんじゃないのか?」

「病気は存在理由があるから,治療せずに自然にまかせよう,とはしないだろう.治療によってある病気で死ななくなった分,我々は新たに出現したリスクに対応しなければならない.それと同じことだ」

「しかしこれほど多くの人の運命を変える力というのは恐ろしい.この思いは会社の社長や政治家とは比べ物にならないだろうよ」

「慎重に使う必要があるな.一先ずは保管して使えないようにしよう.気が動転して居る今だと大きな過ちをしかねない」

「そうしよう」


 ジュードたち4人はカフェテリアで紅茶を飲みながらタブレットの地図作成処理が終わるのを待っている.この前ヴィヴィとジェシカが得た情報を元に異空間の地図を作っている.異空間への出入口に実際に訪れて出入口に隠してある機械から情報を引っこ抜いて,地図を作る.この町には多くある.

「ヴィヴィ,このタブレットだと時間が掛かり過ぎないか?」

「予想以上に複雑で組みなおすに時間が掛かる.本部の方がいいかも」

「よし,本部に戻ろう.そうだ,もう1つ平行して進めたいことがある」

「何?」

「SC絡みのことだろ.だったら,あの人に聞くんだ」

「ああ,なるほど.でもどうする?本部に戻ってから?」

「いや,エルサとヴィヴィは先に戻ってくれ.俺とジェシカで行こう.後で来てくれ」

「了解」

 4人は2班に分かれて行動を開始した.


 クリスは家の鍵が開く音がしてドアを見る.知っている男がそこにいた.

「オーギュスト…,何の用?」

「さすが探偵,家を突き止めるのはお手の物.手を組んで良かった」

「何の用だと聞いている」

 クリスは机の引き出しから拳銃を引き抜いて相手に気付かれないように持つ.

「お前をいたぶりに来た.SCの連中に安全などという気持ちが起きないようにな」

 オーギュストは鍵をかけ,クリスに歩み寄る.

「俺のことを知っているか,女?」

「忘れるわけがない.私の祖国を滅茶苦茶にした,お前を…」

「心外だな.俺はただ力を与えただけ.滅茶苦茶にしたのはお前達だ.…というか,どこの話だ?あいつらが滅茶苦茶にした似たような出来事が多くてどこの話か分からない」

 クリスは外国語で地域名を口にする.

「ああ,あいつらか.自分達が上手くやれなかったからといって俺に責任転嫁は感心しないな.例えば,釣竿が欲しいと言っていた奴らに釣竿を渡して,魚を取るための決まりができずに争いが起きただとか,獲り過ぎて絶滅させたとか,不法投棄で汚れたとかだなんて俺の責任ではない」

「人の命が関っていながら,それを重く捉えずにどうなるか後のことを考えもしない,などありえない,あってはならない」

「君はどこの国の人だ?」

「なんだと?」

「彼等はもっと人命を軽視していたようだが…,君のその言葉は命の危機の少ない先進国のそれだ」

「お前は勘違いしている.お前の想像する軽視の意味は違う.私達の群の存続のための犠牲を払うことに抵抗が少なかったのは確かだ.何も考えていないわけではない」

「へー,じゃあ外から見たら違いに気付かない程度のものだったんだ.無能な王子様だったからな」

 クリスは銃を突き出して右下から左上にかけて発砲する.オーギュストに当たる前に弾は潰れて地面に落ちる.オーギュストはクリスに歩み寄って銃を持つ右手を掴んで引っ張り,車椅子から引き摺り下ろし,右腕を踏んで銃を離させる.

「……」

「さすが,痛がらないし顔色も変えない.まあ,声を出したところで俺の使い魔に音が外に漏れないようにさせているのだから意味はないがな」

「お前は武器が売れれば私達が死のうがどうでもいいんだ.平和なところに暮らして,武器を売りつけて戦わせて稼ぐ.自国民すら死のうがお構いなし.お前達のような特権階級の住む地域には流れ弾は降ってこないのだから…」

「俺は違うよ.仕事仲間はそうだけど.まあ,君にとってはどうでもいいことだ」

「お前は私達の心を踏みにじった.私達は国を持たないが故に,常に危険に晒されている.お前には分からないだろう」

「君らがなぜそこまで欲するのか,理解できたと俺が口にしても,君たちの言う意味とは違うのかもね」

「大戦後の国外に住んでいた敗戦国民がどのような目にあったか.追放された彼らがどんな目にあったか.それに対して国は何ができたか,知っているでしょう?…何もできなかった.国に彼等を守る力はもう残ってなかった.国がないというのはそれに近い.だから私達は自らを守るために国を作ろうとした,勝てば国を作れると思って戦った.しかしそれも全てお前達の手の平の上で踊っていたに過ぎなかった」

「都合よく考えすぎだな.俺たちは戦える力を渡したが,お前達が使いこなせなかっただけだ」

「敵にも売っていたくせに.戦いが終結しそうになると,工作してかき乱した」

「敵に売っていないさ,あれは別の会社」

「偽装しているが同じグループだ.事故に見せかけて重要人物を殺したり…」

「証拠は?」

「工作なんだから簡単に出るわけがない」

「ははっ,なあんだ.つまりお前の妄想に過ぎない,と.ああ,自らの非を認められず,他人のせいにしなければ耐えられない辛い現実だったわけか.かわいそうに」

「よくもそんな減らず口を…」

「まあいい.(憎しみは煽ることができた.憎しみに増幅されるとっておきの屈辱を与えてやる)」

「……」

「ところでお前,どうしてここにいる?戦いは終わったわけじゃないだろう」

「…終わったんだ.私の戦いは…」

「同族の仲間を守るとか先祖から引き継いだものを守るとか,どうでもよくなったのかな?君自身が幸せを感じることができれば十分で,仲間の無念などお構いなしか」

「好きに言ってろ」

「おや,誰かな?」

 オーギュストは玄関の方を向く.クリスは腕を使って這いながら離れようとするが,体に倒れた車椅子を地面と挟むように落とされ,動けなくなる.

「大人しくしてろよ」

 オーギュストはドアを開ける.

「お前は…確かオーギュスト,ここで何をしている?」

「君らこそ何の用だ,ガーディアンズ?」

 ジュードとジェシカは使い魔の気配を感じて周りを見渡す.

「出て来い,シェイド」

「邪魔立てさせるか,1人ずつ葬ってやる,ついてこいカゴサミ」

 オーギュストはカードを出した.カードにジュードとオーギュスト,シェイドとカゴサミが吸い込まれる.

「ジェシカ,クリスを…」

「うん」


「ここから出るにはこの空間の使い魔が一体以下にならなければならない」

「決着が着くまで出られないのか」

「(自ら引っ込めても出られるんだけどね)」

 カゴサミは宙に浮く黒い箱の中に引っ込む.金色の毛の尻尾だけが外に出る.

 シェイドは距離を取って杖から炎を出して箱の穴に向けて放射する.カゴサミにはビクともせず,シェイドは炎の放出を止める.

「(落ち着け.相手は攻撃が効かないと思わせて大技を使わせ,その隙を突く気だ.そうでなくとも,遠い視線の先に集中するあまり,足元が疎かになるということも考えられる)」

「……」

 シェイドは炎の柱を複数作ってカゴサミを囲むように走らせる.カゴサミは尻尾をピンと張り,箱ごと空中を水平移動する.尻尾を曲げた方向と逆向きになるように進み,炎の柱の半分を避ける.右側が炎を受けて赤く染まる.シェイドは杖の先に氷の刃を作り出し,飛び上がってカゴサミの右側へ振り上げる.箱が瞬時に凍りつき,ピシピシと音を立てて崩れる.シェイドは後ろに跳ねて左足を前にしてしっかりと着地する.壊れた箱の中から金色の獣は姿を現し,双頭の犬は片方の顔がシェイドの方を向いており,口から炎を吐く.シェイドは右膝を低くしつつ杖を後ろに引き,右足で前に向かってけりつつ,それにあわせて右腕を伸ばして前方上空に強く突き出す.杖の先から冷気が噴出してカゴサミの放つ炎と相殺する.シェイドは右足を後ろにつき,左に転がりつつ,その場を離れる.カゴサミは右腕を伸ばして爪でシェイドに切りかかるが,当たらず,横に薙ぐ.シェイドは前に跳ねてかわし,杖の先から電撃を出して顔に浴びせる.カゴサミはもう1つの顔の口から冷気を放って自分の腕ごとシェイドを凍らせる.カゴサミは箱ごとシェイドの上に落下する.シェイドは氷を砕いて外に出て,カゴサミの腕を浅く切りつつ,後ろに下がってかわす.

「チッ,SCの奴らも来たか.戻れカゴサミ」

 オーギュストはバッジに使い魔を戻す.2人と1体はカードの外に出る.オーギュストはすぐに逃げ出した.ファルシオンとフォチャードが部屋にいた.

「ジュード,無事?」

「ああ,大丈夫だ」

「あなたたちには助けられました,ありがとうございます」

「どういたしまして」

「でも,出て行ってくださる?」

「えっ?」

「お礼に今なら追撃はしない」

 ジュードはファルシオンとフォチャードを見る.

「…分かった.帰ろうジェシカ」

 2人は部屋から出て帰路についた.


 2人を追い出した後,フォチャードは部屋を片付ける.引っ張られてまがったテーブルクロスを戻し,傾いたり地面に落ちている置物たちを元の場所へ戻す.クリスは隣の部屋で大人しくしている.

「手伝おうか?」

「いや,いい.それより敵が来て2人とも手が開いてないのは不味い」

「そうだな,ではここで座っているよ.クリスに出発前に話に来ただけのつもりだったがこんなことに…」

 ファルシオンは椅子に座る. 

「全くだ.そういえば,話したっけ?俺とクリスの共通点」

「無かったと思う.聞かせてくれ」

「俺とクリスには共通点がある.生まれながらにして持たざる者であったということだ.クリスの故郷は環境保護のために,国が買い上げて立ち入り禁止になった.そこで住んでいるものは,水や食糧,木材や毛皮などを生態系サービスとして,公共財として恩恵を享受していた.しかし,国の私有財産となってクリスたちは生活が困難になった.ここまでは俺の境遇に少し似ている.その後,あの武器商人の手先が煽りに来て,戦いに突入する」

 フォチャードは抜け掛かったコンセントを刺し直し指先についた埃をふっと吹いて飛ばす.

「似ているというのは,俺の故郷は沿岸部のある都市での出来事だ.俺たちは,海で魚を取って暮らしていた.海産物は公共財で,俺たちの生活を支えていた.しかし,沿岸部に養殖池ができてから変わる.沿岸部に土地を持っていた連中が土地を売り,技術を持ってきた奴らがエビやサケのような先進国に売れる養殖物を育てて売る.拡張の際に俺たちは立ち退かされ,生活の支えであった海から遠のいて生活が苦しくなる.他の土地でも上手くやれないのは勉強が足りない,その備えをしなかった奴の自己責任だと言われるかもしれない.いや,買い取る側はそういうだろう.話が反れたな.まあとにかく,そういうわけで,俺たちは生まれたときに土地を持っていなかったがゆえに不利益を被った.そういう点で共通している」

「……」

 フォチャードは淡々と喋り,感情の起伏が見られない.

「まあ,でも,それで世界を恨んでいるとか革命を起こそうとかそういうわけじゃない.もういいんだ.ただ,共感できる部分が多くて仲良くなれたというきっかけに過ぎない.変えようとしたって俺にはそれに変わる理想的なヴィジョンが見えない.俺には荷が重い.…思想の一部が過去の経験から来るものがあるかもしれないが,世界を呪っているわけじゃないから安心してくれ」


 ジュードとジェシカは本部に戻る.

「…というわけで追い出された.困ったな,どうしよう」

「何で食い下がらなかったの?」

「手負い状態であの2人相手じゃ勝てない」

「そうだろうけど,ううん,仕方ないね」

「地図はどうだ?」

「大体できたけど,海の上のどこかに繋がっている部分が不明」

「海…,そういえばCGの船と思ったらSCが乗っていたことがあったな.あいつらはどこかへ向かおうとしていたんじゃないのか?」

「ああ,そういえば!何で気付かなかったんだろう?」

「マイがその話題になると話を反らしてたから」

「おや,ますます怪しいぞ.そこへ向かおう」

「CG,懐かしい名前….さすがにそこでCGと会うことはないよね?」


 ヴィンセントはCGの残党と話す.

「ガーディアンズは後回し.SCを何とかしなければ」

「と言いつつ先生,SCとの和解策を探しているのでは?」

「全てが丸く収まるのならそれに越したことはない,あくまで可能ならの話」

「見極め時を誤るようなら勝手にやらせてもらいますよ」

「とにかく奴らの居場所が分からないと…」

「目星はついた」

 ヴィンセントは地図を出す.

「この島で奴らを待つ.必ず来る」


 βの力の使い手たちの視線は,ある島へと向けられた.

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