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15話

 朝の喧騒に満ちた時間帯は終わり,町には静けさが戻る.工事の音や車の走り抜ける音も1時間ほど前の騒がしさに比べたら微々たるもので,寧ろ孤独感すら漂う.

 この通りのコーヒーショップに入り,カフェオレと甘いドーナツを注文する.俺はコーヒーはカフェオレで飲むのが基本だ.ブラックは食後に少し飲むが,ただ食事の締めとしての強烈な味で終わりを告げるために過ぎない.甘いドーナツがあるのだからコーヒーに砂糖は不要.このメリハリがないと味気ない.

 椅子に座り,庭を眺めながらコーヒーを飲む.口に近づけるといい香りが鼻を抜け,離すと庭の緑の香りがうっすらとする.おや,誰かがこちらへ向かってくる.一体誰だろう,この優雅な時間を邪魔しようと言う者は.

「エリオ,ここで何をしている?」

「なんだシャルか.息抜き」

 シャルとはシャルルの通称だ.シャルルは対面の椅子に座る.

「注文は何になさいます?」

 ウェイターがシャルルに近づいてきて尋ねる.

「ああ,後で決まったら呼ぶよ」

 ウェイターはその場を離れてどこかへ行った.

「息抜きだと?息抜きっていうのは合間にするものだろうが,最初から休むのは息抜きとは言わない」

「シャルだって朝起きたらゲームしてるだろう.どうこう言われる筋合いはない」

「あれは目を覚ましているんだよ.ブルーライトを受け,頭と指を動かして準備運動.その後は食事や洗濯をしてから仕事を始めている」

「じゃあ俺のこれも準備運動」

「今何時だと思っている?10時だぞ」

「いつ始めてもシャルには関係ないだろ.全員でやる奴は午後からなんだから」

「いいやあるね.お前の受け持っている実験が終わらないと次に行けないんだよ.あの変な機械早くどけろや」

「ああ,シャルの実験は明後日の9時と12時計測だったか.まだ時間あるじゃないか」

「お前はそれでいいかもしれないが,ギリギリだともしもの時困るだろ.大体,この3日間何してたんだよ」

「CGとの戦いも終わって休んでいた」

「1日目は分かる,俺も休んだから.だが3日間もそうなる理由は何だ」

「まとまった時間が取れないとね,中断するとズレそうじゃない?」

「もしや,9時に起きて10時から休息,12時に近いから昼食,眠くなってきて寝る,博士や俺との実験が2時位からあって,夜は疲れたからやらない,というサイクルなんじゃないか?今からもそうするつもりじゃないだろうな?」

「明日は早起きするよ」

「今からやれ.3分以内に食べ終えて帰るぞ.いつまでだらけているつもりだ」

「もっと気楽に生きろよ.行き急いでないで」

「培養時間は決まっているんだ.もしかしたら一定以上過ぎても変わらないかもしれないが,同じ条件じゃないと駄目なんだ」

 エリオットはシャルルに押されて研究所に戻り,作業を開始する.音響装置を使って魔銃のパーツに当てて反応を見比べる.終わるまで食事は無しとシャルルは言い伝えて隣の部屋へ行った.ジュードたちはパーツを取りに行ったのでいない.エリオットは作業を始める.


 CGの臨時基地跡が岩陰にある.車を離れた場所に停めて歩いて近づき,無人の跡地の扉をこじ開けてジュードたちは中へ入る.肩に掛けた懐中電灯をつける.窓は全て閉まり,シャッターが下りており,室内は真っ暗で時々ガサガサと言う音と水滴の落ちる音がする.

「ここにも保管してあるはず」

「この広い場所から探すのか.やだな」

「あっ,これじゃない?」

 ジェシカは傾いた台の中にキラキラしているものを見つけた.取り出して眺める.バネのように螺旋状のもので,虹色に輝いている.

「うん,これのようだ」

 ジュードは魔銃のパーツの1つであるレンズをかざし,レンズの中に渦が発生するのを確認した.

「ここにある反応はこれで終わり.じゃあ帰ろう」

 5人は光の差し込む出口に向かう.出口に人影があり,足を止める.

「誰だ?」

「パーツを頂戴」

 小柄な男がジュードに右手の平を見せる.

「断る,そこをどけ」

「なら力ずくで貰おうかな」

「やめておけ,怪我するぞ」

「フフフ…,どうしてそう思うのかな,ジュード.魔銃のパーツを知っておきながらβの力を持たずに君たちに戦いを挑むと思うかい?気が抜けているんじゃないかなあ?」

「何だこいつ…俺を知っているのか」

「それは君たちには必要の無いはずのものだ.さ,僕に頂戴よ.それとも君の仲間を酷い目に合わせてあげようか.ハハハ…」

 ジュードはベストの左胸の辺りにあるバッジに手を伸ばす.

「ククク…,やるつもりかい?でも僕が何の勝算も無しにやると思…ううっ…」

 男は顔を下に向ける.頬を涙がつたい手の甲で拭う.

「僕が間違っていたよ…気にしないといっても申し訳なくて耐えられない.…でも!今は!昔じゃない!出て来いパラドクスフォース」

 男は手の平から使い魔を呼び出す.4本の腕を持ち,2本は槍を両手で持ち,残る2本はそれぞれ長さの違うギザギザした短い剣を持っている.

 ガーディアンズも使い魔を呼び出す.

「フフフ…パラドクス,久しぶりの人型もいるよ.面白そうだねえ.いくよジュード」

 シェイドとパラドクスは音に気付いて後ろに下がる.外から炎の柱が間を走っていく.

「ジロラモか.他にも3人…,戦いはお預けだ.持っていていいよそれ,いずれ僕達のものになる.ンフフフ…」

 男はパラドクスの上に乗り,パラドクスは槍を振ってジロラモの使い魔エンオを押しのけて森の奥へ消えた.

「俺たちも逃げるぞ」

「逃がすと思うか?」

「エルサ,崩してやれ」

 エルサは首を縦に振って,ホーリーに指示をする.ホーリー音波を飛ばして岩を崩した.ジロラモや隠れていた仲間も使い魔に乗って逃げる.シェイドは閃光弾を打ち上げ,ジロラモたちの目が眩んだ隙にガーディアンズは逃げ出した.


 基地に戻ったガーディアンズは一旦解散する.ジュードは自室への廊下を歩く途中でアラートが目に留まる.

「(そうだ,そろそろ点検しないと.…見た感じ異常はない.細かい部分は疲れたから明日にしよう.CGが無くなった以上鳴る事は無さそうだ)」


 その夜,警告音が基地内に鳴り響く.けたたましい音でジュードたちは目を覚ます.顔を水で洗って目を覚まし,上着を羽織って外に出る.


「マイ,何か来るの?」

 エルサがエレベーター前に立っているマイに声をかける.

「エルサ…,来たのがあなたで良かった」

 エルサの胸に衝撃が走る.

「え…?これは…何?」

 エルサは何が起きているか分からないという様子で,胸に剣が突き刺ささっているのを二度見する.

 マイは手に持ったナイトの剣でエルサの胸を貫いていた.

「マイ…どうして…?」

 エルサは前に倒れ,マイは剣を霧に戻してエルサを受け止める.

「ふふふ,この剣では人は切れない.気絶させるだけ」

 マイはエルサの髪をよけて顔を見る.

「エルサ,今だから言うけどね,あなたには嫉妬と言うものを教えて貰った.あなたの笑顔はとっても綺麗で輝いていた.でもその笑顔を私以外にも見せると分かると…それを独占できないと分かると…私は嫉妬を覚えた.あの人はもしかしたら私の知らないあなたの顔も知っているんじゃないかと考えて…それは正しかった.盗み見るつもりは無かったんだけどね,いや,知りたくなんて無かった,知らなければ想像で終わってた,だけど見てしまった」

 マイは屈んでエルサを抱き上げる.

「ジュードの前ではあんな弱気な顔をしてみせるなんて.ジュードはいい人だけど,だからといってあなたを奪われるのには我慢できない.あなたを私だけのものにしてみせる」

 エレベーターが下りて2人の男が出てくる.

「待っていたよ.フレイル,ダガー」

 フレイルと昼に会った小柄な男が出てくる.

「パーツは?」

「ここにある」

 マイは鞄を開けて見せる.

「よし,とっとと引き上げるぞ」

「ねえマンゴーシュ,エルサだっけ?その人どうするの?」

「連れて行く」

「打ち合わせには無かったが…」

「状況判断は私に委ねられている」

「安全なのか?」

「後で全部脱がせて見る.まずは上へ」

 ジュードがエレベーター前に走ってきた.少し遅れてガーディアンズ全員がやってくる.

「お前は昼間の…それとフレイルか.マイ,こっちへ.エルサに何があった?おい,聞こえてないのかマイ?」

「……」

「おい!」

 ジュードは様子が変なことに察知してヴィヴィに目で支持を出す.ヴィヴィは物陰に下がった.

「エレベーターが止まった」

 フレイルは上を見上げて仲間に伝える.

「どういうことだ?」

「細工したはず.付け焼刃の対策を施されただけ」

 マイはナイトにエルサを抱き上げさせ,エレベーター横のパネルを開けてタブレットを繋げて操作し始める.フレイルとダガーは使い魔を呼び出す.ジュードたちも使い魔を呼び出す.

「マイ,裏切ったのか.なぜ…?」

「私は最初からSCの一員.ガーディアンズで手伝っていたのはSCのため.でもダガーが戻ってきて私の仕事は一旦終了.それだけのこと」

「ヴィヴィ,ジェシカ1フレイルの相手をしてくれ.俺はこっちの相手をする」

「何だ…君が相手か…,何で男の顔を見ながら戦わないといけないんだ….はあ……クククッ,そうでなくちゃ!女のあんな顔を見たら心苦しいからな!」

 シェイドは杖の先から冷気の出してパラドクスに浴びせる.パラドクスは槍を持つ手を引いて2本の剣を前に出し,剣を振って風を纏った十字の渦を飛ばして冷気を払い,姿勢を前傾にしつつ,右腕を後ろにして槍を構えてシェイドに突進する.シェイドは杖の先を下に向けて左手を前に持ち,両足の踵を上げ,パラドクスが左(シェイドから見て)に槍の先を向けたのに反応して槍を杖で受けて右に逃れる.パラドクスの左の2番目の手が剣でシェイドの右脇を目掛けて切りつける.シェイドは左手を杖から離して肘で杖を抑えつつ,左足を前に出し,左手の先から衝撃波を出して剣を弾き返す.そのまま左肘を軸にして右手を下げて杖を跳ね上げ,槍を払い,杖を離して右腕を後ろに引く.パラドクスは槍を振り下ろして地面に叩きつけられ,杖は左に吹っ飛んでいく.シェイドは右足を前に出しつつ右手に冷気を纏って前に突き出す.氷がパラドクスの胴に伸びる.パラドクスは右の2番目の手を左に動かし,炎を纏った剣で氷を防ぐ.しかし溶けたことでかえって勢いを止めることができずに残った氷が体を貫く.シェイドは後ろに跳ねて左手を伸ばすと杖が飛んで戻り,雷撃を放ってパラドクスにダメージを与える.パラドクスはバッジに戻った.

「……」

 シェイドは杖で地面を突き,複数の影の手を伸ばす.ナイトの体に影の手が触れ,影に引きずり込もうとする.

「仕方ない…ナイト,エルサを離して戦え」

 ナイトはエルサを床に下ろして霧になって消え,シェイドに近づいて切りかかる.シェイドは突風を起こして霧を遠のけ,剣は届かず空振りする.

「シェイド,そいつは任せる」

 ジュードはエルサに駆け寄り,抱き上げてヴィヴィたちの下へ戻り,上半身を起こして地面に下ろす.

「エルサ,目を覚ませ!」

「ん…」

「良かった」

 ジュードは周囲を見渡す.ナインとウィンはバッジに戻り,フレイルはシェイドとナイトの戦いに加勢に向かおうとしている.

 エレベーターが再び動き出す.

「フレイル,ダガー,準備はできた.こっちへ」

 2人はエレベーターへ向かう.マンゴーシュは最後にエルサの姿をまじまじと見る.

「(エルサ…あなたには佳人薄命という言葉が似合う.あなたを見ていると,いや,あなたの声を聞き,香りが漂うだけでも嗜虐心も庇護欲も働く)」

「……」

「エルサ,大好きよ.あと少しであなたのその柔らかくて温かい体も,深い闇の中で煌々と輝く心も手に入れられたというのに,残念ね….ふふ…かわいい目.きっとその顔を見るために私は今まで頑張ってこれたのね.あなたを捕まえていた時に分かったけど,あなたの心音はとても心地よかった」

「いい加減にしろマイ!エルサを追い込んで何がしたいんだ?」

「だって可愛いんだもの.それにもう当分会えないから,胸のうちに秘めていたことを,ね.私,恥ずかしがりやだから明日顔を合わせるんだったらこんなこと言えない.言うなら今しかない」

「こいつ…」

 遠くで爆発音がして水が流れ込む音がする.

「時間切れね,さようならガーディアンズの諸君」

 周囲の照明が消えてエレベーターが閉まり,上へ向かう.暗闇に飲みこまれて見えなくなった.

「あいつ…,4回も測定した貴重なデータを…許さねえ…」

 シェルルは基地内の浸水状況を表すモニターを見てキレる.

「落ち着いてお兄ちゃん.とにかく逃げないと」

「くぅ…,こっちのルートならまだ大丈夫だ.こっちへ!」

 シャルルは全員を先導して走り出す.博士とエリオットは各ブロックを閉める操作を終え,ジュードたちの後に続いて走り出す.空飛ぶ船に乗って上に向かい,地上に出る.


「爆発で歪んでなければ浸水していない場所はあるだろうが…」

「これからどうします?」

「実は秘密裏に作っていた新拠点がある.そこに行こう」

 博士は口惜しそうに湖を眺めつつ言う.

「そんなのあったんですか?」

「私とジュードくらいしか知らない」

「博士はともかくなぜジュードが知っているんです?」

「……,それは俺の提案だから.SCと繋がりがある奴がいるか,盗み見されているかの可能性に気付いていた.だから,このことは皆に秘密にしていた」

「気付いていた…?疑って見ていたの?」

「そんな…違うんだエルサ.君を疑ったりなんてしていない」

「正しい判断だったと証明された訳だから文句は言えない.忘れて」

「まあ,とにかく行きましょう」

 7人は新しい拠点に着いた.田舎道にある建物で博物館や図書館のような堅い印象を受ける.7人は室内で一息つく.

「ジュード,さっきはごめんなさい」

「え?」

「ジュードだって悩んでいただろうに,私だけが嫌な思いしたみたいに責めて」

「もういいよ.俺の方こそごめん.でもエルサを信じていたのは本当だ」

「…信じてもらったけど,力になれないから黙ってたんだよね」

「いや,エルサにはいつも助けられている」

 エルサは言葉通りの意味に拗ねているのではなく,極端に言えば真意を表現できずに拝借した言葉の並びに過ぎない.記憶の濁流に飲み込まれて混乱した頭と反射的に凍りつく体.

「もうマイに好きにさせない.近づけさせないから安心してくれ」

「未来はそうでも,過去は消せない」

「忘れてしまえばいい.何とかなる」

「ふふっ…雑ね.でも考えてみればそうだったね」

「お帰り,元気なエルサ」

 その後,ジュードはエリオットと共に他の人たちを先に寝かせて片付けや準備,戸締りをしてソファで就寝した.朝,ジュードが匂いで目が覚め,テーブルを見るとエルサがカップで何かを飲んでいた.

「おはようジュード」

「おはよう…」

 寝起きのイライラした声で答える.エルサは怒っているわけではないと知っているので気に留めずに話かける.

「色々と無いから買出しに行かないとね.後で一緒に行こう」

「うん…」

「野菜スープ飲む?」

 即席のスープを見せる.この建物には食料品はまだ無いので,船に積んでいたものである.

「後で…,自分でやるから,置いといて…」

 ジュードは洗面台に向かって歩き,歯を磨きながら外を眺める.すぐ近くのシャワー室に入ってシャワーを浴びて着替え,リビングって水を飲む.

「よし,新拠点での活動の開始だ!」

「おおー」

 2人は元気に宣言した後,エルサが窓の外を眺めて尋ねつつ,ジュードは食事をしながら答える.新拠点で一日が始まる.

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