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13話

 ジュードたちガーディアンズは森の中を歩いていた.植物が密生し,高い木によって日差しが遮られて薄暗い.全員ヘルメットと手袋,長袖長ズボン着用で杖を突きながら歩く.

「うわっ」

 ジェシカの前に虫の死骸が落ちてくる.ジェシカは後ろに倒れそうになるところをエルサが体で受け止めて支える.

「どうした?」

 ジュードは振り返ってジェシカを見る.ヴィヴィは顔を後方に向けて左目で後ろを見る.エルサは無言で大丈夫だよといわんばかりに微笑む.

「虫が落ちてきて驚いただけ.大丈夫だから」

「足を捻ってないか?」

 マイはジェシカの横に回って尋ねる.

「大丈夫」

「そう,ならいいけど」

「よし,じゃあ続けよう.博士が首を長くして待っている」

「ねえジュード,少し休憩しない.この格好暑い」

 エルサが首元をパタパタさせて尋ねる.

「そうしたいけど,もう少し開けたところじゃないと….休憩中に蛇に噛まれたら困る」

「とはいっても,こう見晴らしが悪いと探すのも一苦労ね」

「探すのだけでも疲れそう.森の中の地図はないし…」

「書いたって変わるもんね」

「あっ,洞窟がある.あそこはどう?」

 ジェシカが洞窟を見つける.ジュードは屈んでジェシカの指差した先を見ると,洞窟に気付いた.

「行ってみよう」

 5人は洞窟に入った.天井は高く,洞窟の奥は見えない.

「ひんやりして快適なところね」

 エルサはヘルメットをとって頭に巻いたタオルを取る.

「少し獣臭いが,それを除けば,まあまあいいところだ」

「さすがに寝るのは無理だけどね」

 全員ヘルメットを取り,腕まくりをしたり首元のボタンを外してくつろぐ.ジュードは洞窟の外をぼーっと眺める.

「(立派な木だな.家で育てるにしたって,一世代じゃ無理だろう.欲しいけど手に入らない.手に入れてしまえばこんなものかと思ってどうでも良くなってしまうかもしれない.新しいものを求め続けるということは,新しい分野の知識や関りが必要になる.それが嫌で納得している振りをしているのか….考えるだけじゃ分からない.経験が無ければ話を聞いても共感できず分かりはしない.一旦置いて任務遂行を優先だ.考えるのは自室に戻ってからでいい)」

 ジュードは起き上がって体を捻り,洞窟内を見渡す.

「さて,そろそろ探索に戻ろう.博士の言っていたパーツはこの辺りにあるはず.あれヴィヴィは?」

「ここだよ」

 洞窟の奥からヴィヴィが戻ってくる.

「エルサ,起きて」

 マイがエルサを起こそうと声をかける.

「えっ,エルサ,寝ちゃったの?」

「ん?ヴィヴィ,どうかしたのか?」

「さっき奥に行って見てきたんだけど,ここで寝ると起きるのが困難になるみたいだ」

「何?どこに書いてあった?見せてくれ」

「私,いやヴィヴィ以外には読めないよ」

「そうなのか…,それで起きるのが困難になるとはどういうことだ?」

「体の意識が深い夢の世界へと誘われ,現実世界での体の自由が利かなくなる.元々ここはそうやって死ぬためのスポットだった」

「だったら早く目を覚まさせないと」

「目を覚ます方法は?」

「載ってなかった」

「なら仕方ない,この洞窟を破壊する.外に出ろ,ぶっ壊してやる」

 ジュードはシェイドを呼び出した.マイがエルサを背負い,ヴィヴィとジェシカも外に出る.


 エルサは学校の制服を着て,教室の中に居る.鞄に荷物を入れて,帰る支度をしている.近くで女生徒たちがエルサを見てひそひそ話している.

「ハルト振られて可哀想」

「ねー,頑張っただろうに」

「先輩も振ってたし,なんなの?」

「胸が大きいだけのくせにね」

「先輩はエルサのお兄さんに邪魔されてたよね.これ以上妹につきまとうなって」

「えー何,もしかしてあの子ブラコン?」

 エルサはわざとらしく音を立てて立ち上がり,教室から出て行った.

「何?聞こえてたの?」

「聞こえるように言ってたくせに」

「皆もそうじゃない」

 エルサは帰路に就く.イライラしつつ,下を向いて歩く.

「(可哀想と思っている私優しい,とか思ってんじゃないのあいつら?そんなにハルトが気に入っているならあいつらがハルトと付き合えばいいのに.そんな気ないんでしょ)」

 エルサは大きな門の横にある家族用の小型の扉の鍵を開けて,邸内に入る.大きなケヤキの下を通り,その先のブロックで舗装された道を通って家へ向かう.ブロックの道の脇にはローマンカモミールが生えている.庭にある大きな石の上にできた水溜りで小鳥が水浴びをしており,エルサに気付いて近くの木の枝に逃げたが,通り過ぎたのを確認して水浴びに戻る.木の枝の上には羽を広げて乾かしている鳥もいる.

 エルサは玄関の鍵を開けて家に入る.

「ただいま」

 返答は無い.

「(1階には居ないのかな?)」

 エルサは廊下を歩き,階段を上り,自室のある2階に向かう.途中で兄の部屋があり,ドアが半開きなので声をかけてみる.

「ただいまエラルド兄」

「ああエルサか,お帰り」

 隣の次男の部屋はドアが閉まっている.

「ただいまエリオ兄」

「……」

「居ないの?」

 エルサはそのまま自室へ向かい,鞄や腕時計などを置き,服を着替えて来た道を戻って家の端の1階と2階にある洗面台へ行き,手洗いうがいして顔を洗い,1階へ降りる.階段に向かう途中でカップを持って部屋から出てきたエラルドを見つけた.

「エリオ兄は?」

「まだ帰ってないよ」

 エラルドは先にどうぞと手を動かす.エルサは先に階段から下りる.

「今お世話になっている博士のところに居るんじゃないか?」

「そう.そういえば近い内に連れて来るって言ってたね」

「その時は掃除をお前もするんだ」

「学校が終わってからね」

 エルサとエラルドは1階のリビングに下りてコーヒーを飲む.2人は無言でそれぞれ自席の遠い位置に腰掛けている.窓の外には木で囲われた小さな庭があり,シラーやアセビ,ヤツデなどの植物が植えてある..

「ねえお兄ちゃん」

「ん?」

 エラルドは窓の外を見たまま答える.

「私のいいところは何?」

「?…….優しいところだ.何を言われたかは知らないが,そう気にするな,お前らしくもない」

「内面を褒められるのは久しぶり…」

「こんな恥ずかしいこと言わされるのも久しぶりだ」

「恥ずかしがっているように見えないけど?」

「はぐらかさず褒めるのは恥ずかしい.エリオットは違うようだが」

「エリオ兄は女の人相手だと臭い台詞がスラスラ出るだけ…」

 電話が掛かってきたのでエラルドは出る.

「またあいつらか?」

 エラルドは電話に出る.エルサはコーヒーを飲んで外を眺める.エラルドは電話を終え,エルサは何の電話だったか尋ねる.

「この土地を売ってくれと.まただ,そろそろ相談した方がいいかな.どこに相談すればいいんだろう?」

「わかんない」

 また電話が鳴る.

「今度は何だ?」

 エラルドはイライラしながら電話に出る.

「何だお前か?…ええ,今から?分かったすぐに行こう」

 エラルドは電話を切る.

「どうしたの?」

「エリオットが博士達を連れて来る.というか門の前まで来ている.隣の部屋片付けておいて」

「はーい」

 エルサは低い声で答えて,コーヒーを飲み干してキッチンに運んでカップを洗い,隣の部屋へ行って掃除を始める.エラルドは本棚から鍵を取り出して,玄関から出て門へ向かう.


 エルサは机の上の雑誌をまとめて奥の部屋へ運ぶ.廊下を歩いていると,後ろから何者かに捕まり,電撃を浴びて麻痺して倒れた.スタンガンを持った男はエルサに近づいて凝視し,気絶したのを確認する.

「ロイド司令官,娘を捕まえましたぜ」

「よくやった.これでエラルドと交渉する.倉庫につれて来い」

「了解」

「フン,CGに抗おうとしても無駄だと教えてくれる」

 男はエルサを背負って運ぶ.


「では,改めてようこそ博士,こちらへどうぞ」

 エラルドは客間に博士と助手の男を案内する.

「ん?なぜあそこに雑誌が?」

 エリオットは廊下に散らばる雑誌を見つける.

「エリオット,博士達を客間へ案内してくれ」

「うん」

 エリオットは2人を案内して,エラルドは廊下の雑誌を拾い上げる.

「エルサ!いるのか?廊下のこれはどうした?…エルサ,居ないのか?」

 電話が掛かってくる.エラルドは廊下の電話を取る.

「エラルド君.CG社だ.交渉をしよう,ここの屋敷を売ってくれ」

「断ると言ったはずだ」

「両親が死んでから親代わりに弟と妹を育ててきたんだね.男なのに女を育てるのは大変だったろうに.女同士じゃないと相談し辛いことも年頃の娘にはあるんじゃないかな?」

「何の話だ.用がないなら切るぞ」

「フン,せっかちだな.大切な妹を返して欲しければ,いや無傷で返して欲しければ何も口答えせずに土地を渡せ」

「何だと?」

「お,口答えしたな?口答えしたな?」

「すまない,謝る.だから待ってくれ」

「すぐに契約書を持った人を送る.そこにサインしろ」

「…分かった.それで妹は帰ってくるんだな」

「当然だ.君と我が社は長いパートナーになりそうなのだから」

「…待っている」

「では一度切るぞ」

 エラルドは走って客間に入り,エリオットを呼び出して博士と助手に見えない場所で説明した.

「じゃああの散らばった雑誌は連れ去られた跡ということか?」

「おそらく.そしてエルサが連れ去られて間もない.ということは奴らもこの敷地内のどこかに潜んでいるかもしれない.もう外に逃げたかもしれないが…」

「手分けして探そう.人質連れて隠れる場所は家の中か倉庫か?」

「俺は倉庫に行こう,エリオット,お前はこの家の中だ」

「分かった」

 エラルドは食器棚を開けて蓋を外し,地下の隠し通路を使って倉庫へ向かう.エリオットは博士達に少し待っていてもらうように頼んで家の中を探し始めた.

「博士,どうにもおかしな空気です」

「どういうことだいジュード君」

「エリオットもその兄もどこかへ行くし,妹は出てこないし…」

「可愛い妹を早く見たいのか?」

「そうじゃなくて!あの2人の表情は平常時のものじゃない」

「そうだったか,気付かなかった.よし,すぐに手伝うぞ」

「はい,まずは図を出さなければ,出て来いコバルト」

 ジュードはバッジから烏を呼び出し,窓を開ける.

「コバルト,周囲から見渡してこの屋敷の地図を作ってくれ」

 コバルトは飛び立って屋敷の上を旋回し,1分ほど経って戻ってくる.その間にジュードは蓋の開いた隠し通路を発見した.

「よし,早速見せてくれ」

 コバルトの前方に光る線で描かれたできた模型が映し出される.

「やはりここに隠し通路か.どこに繋がるかは分からないが,これ以上は細かく見えないか」

 模型は,外側は精密にできており,外側から遠いところは映らない.

「妙だな.こっちの倉庫は人が多いぞ.6人もいる.それも1人倒れている.はっきりとは分からないが女性に見えるぞ」

「行ってみます.博士は念のために車を出せるようにしてください.相手次第では逃げるか搬送の必要があります」

「分かった,そっちは任せたぞ」

「はい.コバルトお疲れ,戻れ」

 ジュードはコバルトをバッジに戻し,廊下を通って外に出る橋を渡るルートで倉庫に向かう.


「……」

 エルサは目を覚ます.辺りを見渡すと知らない男たちに囲まれている.倉庫の壁には槍や剣が掛かっており,台には壷や屏風,カーテンなどが置いてある.

「お嬢様がお目覚めのようだぜ」

「ああ,おはようエルサくん.悪いが君は人質だ」

 両腕を2人の男につかまれる.

「離して」

「それは君のためでもあるんだよ.君が暴れたら痛い思いをするのは君なのだから.そして,そうして力及ばす何もできないのであれば,後で,怖くて抵抗できなかったなどという情けない理由でなく動けないから仕方なかったと言い訳できる.ククク…」

「あなたたちは何なの?」

「後で君の兄貴から聞いてくれ.こう,男ばかりだろう,君の可愛らしい声を聞けないのは残念だが,少し黙っていてくれ」

 別の男がナイフをエルサの胸の前に突きつける.

「うっ…」

「で,まだか?」

「見つけました司令官!」

 1人の男が鞄から書類を取り出す.

「確認したか?」

「これからです.少々お待ち下さい」

「早くしろ.どうしてそんな大切な書類がすぐに取り出せないんだ,ったく」

「これで間違いありません」

「よし,門に行け.まるで今来ましたと言わんばかりに振舞え」

「まあまあ,エラルドの自由時間を与えてしまいましたが,結構距離のあるところから来たと錯覚させることもできたのでプラマイ0ですよ」

「こうなるならエラルドに電話台の前から動けないようにしておけば良かったか.まあいい」

「では行って参ります」

 倉庫内に煙が発生する.エルサは一瞬の隙を突いて逃げ出し,横の出口へ向かう.

「エルサ,こっちだ」

「この声はエラルド,チッ,どこから入った!」

 エルサはエラルドの後ろに行く.エラルドはガスマスクをしている.2人の周囲をCG兵が囲み,エラルドは槍を持ってCG兵を牽制する.

「エラルド,貴様…ううっ…」

「この粉は意識が朦朧とする.エルサ,深く吸うなよ」

 よろよろとし始めたCG兵をエラルドは槍でグサグサさして4人を倒す.

「嘗めるなよ,出て来いシャドー」

 煙の中,謎の怪物の影が現れ,槍を粉砕する.エルサは壁の槍を取ってシャドーに向かって構える.

「無駄だ…ぐあっ…」

 エラルドが司令官に殴りかかり,後ろによろめく.

「エルサ,本体を狙え!」

 エルサは取っ組み合いをしている2人からエラルドが離れる瞬間を狙って刺し貫く.

「ぐあっ…」

 エルサの良く知る声が聞こえる.

「残念.βの力持ちはその程度じゃ傷つかない」

 エルサは意識が弱り2人に見えたが,実際はエラルドは掴んでいたままだった.

 エルサは手の力が抜け,槍が地面に落ちる.そのまま膝を着いて倒れた.

「ぐうっ…,外の空気を…,シャドー扉を壊せ」

 シャドーはエネルギー弾を飛ばして壁を壊す.外に居た青年は倉庫の中を見て呆然とする.

「見られては仕方ない.やれシャドー」

 シャドーが煙の中から姿を現す.鬼の角を2本持ち,鋭い眼光と筋肉質な肉体を持ち,ベルトで巻きつけられたような服を着ている.

「出て来い,プレアデス」

 ジュードはバッジから使い魔を呼び出す.金色の長い髪を首の後ろで束ね,銀のラインの入った白いゆったりとした服を着て,ごつごつした木の杖を持っている.

「お前も使い魔を….怯むな,やれシャドー」

 シャドーは両腕を広げて黒い球体を2つ作り出してプレアデスに飛ばす.プレアデスは杖の先から重力波を起こして2つの球体を引き寄せてぶつけて消滅させ,杖の先から光線を出してシャドーの体に風穴を開ける.シャドーは黒い花びらとなって散り,プレアデスの周りを漂う.

「プレアデス,そいつの力をお前のものにしてしまえ」

 ジュードは魔法陣を呼び出す.プレアデスは杖を上に掲げる.杖の先から光を降り注ぎ,シャドーから黒い靄が分離して,花びらは力尽きて地面に落ちる.

 魔法陣の渦に黒い靄とプレアデスが吸い込まれ,光を放って新たな使い魔が飛び出す.表は深い緑,裏は星空をあしらったローブを纏い,頭からは同色の布を被り,鼻の下から胸の上あたりまでのみ肌が覗く.布の上からは黒水晶をはめた額当てがある.手には1.5メートルほどの杖を持ち,左右の腕に銀の腕輪をはめている.

「シェイド,君の新しい名前だ.奴に止めを刺せ」

「シャドー,戻れ.(能力が低下している.いくらか吸い取られたか)」

 司令官はバッジに使い魔を戻して逃げ出した.

 ジュードは倉庫に走り寄る.エラルド含む5人が血を流して倒している.

「しっかりしてください.シェイド,止血を」

 シェイドはエラルドの傷口を半透明の膜で塞ぐ.

「回復はできるか?」

 シェイドは回復魔法を唱え始める.エラルドの意識が戻る.

「大丈夫ですか?」

「君は博士の助手の…,私はもうだめだ.最期に妹の顔を見せてくれ」

「そんな,病院に行けば助かります.そうだ,救急車を…」

「いや,分かるんだ,もう駄目だと.だから早く…」

 ジュードはエラルドの目線を追ってエルサを抱き上げてエラルドの横に運ぶ.

「すまないエルサ,俺がふがいないばかりにこんな目に…俺はお前をもう守ってやれない…強く生きてくれ….そしてエリオットも…すまない…」

 エラルドは息を引き取った.シェイドは回復を続けようとしたが,もはや返答はない.間に合わなかった.

「…….シェイド,この子を回復させてやれ.もうそっちは…手遅れだ」

 シェイドはエルサの回復をする.ジュードはエルサを持ち上げた時に,死に掛けの雰囲気を察知していた.ジュードは電話を取り出す.

「博士,倉庫に来てください.それとエリオットにも連絡して来るように伝えてください」


 博士とエリオットは倉庫に来て眉をひそめる.

「なぜこんなことに?」

「私が来た時にはすでにこうなっていたので分かりません.ただ,察するところCGがこの子を捕まえて,エラルドが助けようとして殺し合いの末にこうなったということだと思います.シャドーという使い魔を使う敵と交戦して力をいくらか奪いました」

「シャドー?ああ,グレン指揮官か.奴自らここに来てたのか」

「兄さんは…死んだのか…」

「はい」

「本当だ….なぜだろう,悲しくない.死んだ,そんな気はしていた,離れていても死が見えた.ただそれが現実になったというだけ.…….エルサは?」

「生きてますが,弱ってます.ショックで目を覚まそうとしない」

「彼女を病院送りにしようと思ったがグレンが相手なら別だ.私達のアジトに運ぼう.追っ手も来るかもしれない.すぐにここから出る」

「兄さん,僕達はまたこの家に戻ってくるよ」

 博士たちは車に乗って,屋敷を後にした.


 エルサが目を覚ますと,小さな部屋の中にいた.服は浴衣になっている.部屋の中は白くて清潔で,明るい日差しが窓から入り,薄いカーテンが風でなびいている.

 エルサはふらふらと立ち上がり,ドアノブを回して外に出る.ちょうどお盆を持った女の子を見つけた.

「目が覚めたんですね.待っててください,すぐに博士達を呼んできます」

 女の子は足早にキッチンへ向かう.女の子は一人の青年を連れて出てくる.

「ああ,目が覚めたようだね.良かった…」

「あなた誰…?」

「俺はジュード,こっちはジェシカだ.君との関係で言うなら,そうだな…君の兄エリオットの先生である博士の助手だ.ジェシカもお手伝いのようなものだ.歩けるかい?」

「大丈夫…」

「喉乾いてない?水かお茶飲む?」

「水…」

「分かった.ジェシカ,彼女を見ていて.先に用意しておくから」

「うん」

 ジュードは先に食堂に向かう.

「ごめんなさい,服がそれしかなくて」

「別に…これは楽で好き…」

 2人は食堂に入り,ジェシカが椅子を引いてそれにエルサは腰掛けて水を飲む.

「何か食べるか?それとも後にする?」

「後にする…,シャワーを浴びたい」

「ジェシカ,案内してやってくれ.あと急に倒れても大丈夫なように近くで待ってるんだ」

「分かった.こっちです」

 ジェシカはエルサを連れてシャワールームに案内する.

「(彼女は丸一日眠っていた.なるべく負担の小さいものの方がいいな.おっと,博士達に連絡しないと)」

 ジュードは連絡を取る.


 エルサは熱いシャワーを浴びて,脳が覚めてきた.自分の兄を刺し殺した感触を思い出し,膝をついて前に倒れる.両手を伸ばして体を支える.目の前が真っ暗になり,喉の奥から乾いた気味の悪い何かが出る錯覚に陥る.汗が全身から噴出して腕がガクガクと震える.シャワーは汗を流し,流れ続ける.中々出てこないのを不審に思い,ジェシカが声をかけるが返答がない.扉を開けて倒れているエルサを見つけ,シャワーを止めて冷水を顔にかける.エルサは冷たい水と外の空気を吸って意識が戻る.

「大丈夫?」

「ええ,ちょっと立ち眩みを…,もう大丈夫」

 エルサはタオルを取って体を拭き,別の浴衣を着て帯を巻き,肩にタオルを乗せて髪を拭きつつ食堂に行く.ジェシカはその後をついていく.

「ああ,戻ったか.何か欲しいものはあるか?」

 その後,エルサは甘いジュースを飲み,湯で野菜や脂身の少ない肉を食べる.博士とエリオットが家にやってきて,食堂に入る.

「エルサ,無事で良かった.ああ,言い忘れてた.ここは僕達の組織ガーディアンズの臨時拠点の1つ.といっても,専用通信機以外はただの休憩所なんだけどね」

「エリオ兄さん,エラルド兄さんは?」

「死んだ.CGの奴らに殺された」

「違う…」

「いや,死んだんだ…」

「そうじゃない」

「?」

「殺したのは私.私がエラルド兄さんを殺した」

「何を言い出すんだ?ジュード,違うんだろ?」

「俺は死因の傷を受けたところを見ていない.でも彼女が言うことも信じ難い」

「エルサ君,どういうことだ?」

「私が槍で刺し殺した.取っ組み合いになって…そんなつもりじゃなかったけど…ぼやけてはっきり見えなくて…殺してしまった」

「おいジュード,グレンがやったんじゃないのか?」

「俺はそう思った.グレンも返り血を浴びていたし,エラルドは後ろから刺されていたから,エラルドが他のCG兵と戦っている間に背後から突いたのだと」

「変な煙で幻覚を見たに違いない」

「あの感触が幻なんて思えない」

「……」

「私が死ねば良かった.私が居なければエラルドは人質という弱みを持つことは無く,今も生きて家を守っていた」

「悪いのはCGだ.君は被害者なのだからそれはおかしい」

「お姉さんが死ぬことはないよ」

「正しいかどうかじゃない,弱さは落ち度だ.たとえ弱くても正当な加害者被害者理論が成り立つのなら,あいつらは裁かれているはず.でも実際は野放し.この世界のどこにもそれを保証する強い存在はない」

「俺はエラルドの回復をもう望めないと見限って,お前の回復に専念した.もしかしたら奇跡的にエラルドが復活したかもしれない.だが,俺は回復の望みのあるお前を選んだ」

「何が言いたいの?」

「俺の苦渋の決断を無駄にすることは許さん」

「あなたの都合に私を巻き込まないで.私は私,どう生きるか,どう死ぬかは私が決めること」

「何が違うというんだ?CGの都合で巻き込まれた結果として死ねば良かったなどというくせに,俺の都合では巻き込むなと言う」

「うるさいうるさい,難しいこと言って惑わせて!あなたの本質は言葉のように装飾ゴテゴテではなくもっと単純でしょう?分かり難いこと言わずに真っ直ぐ言ったらどうなの?」

「お前の読解力が追いついていないだけだ.考える時間はやるから考えた後で来い」

 ジュードは席を立って廊下に出て戸を閉めた.

「悪いなエルサ,あいつはプライドが高くてしかも挑発好きだ」

「力強い意思を持っていてちょっと素敵だけど,駄目ね.気遣いが足りない」

「ジュードは気遣いできるよ.お姉さんが鈍感なだけ」

「まあ,納得するまで悩みたまえ」

「博士,それはちょっと…」

「…面白くない」

 エルサはもやもやしたまま歯磨きをして,ベッドのあった部屋に戻る.ベッドの横の籠には服が入っていることに気付き,着替える.

「ふん,あいつが用意したの?私の部屋のクローゼット勝手に開けたの?」

「(今何か誤解を受けている気がする)」

 ジュードは廊下を挟んで斜め前の部屋にシェイドを呼び出して技を考えている.シェイドはフードを外して杖を机の上に置いて手だけで様々な魔術を使っている.

「……」

「戦闘中は意識を同期させてみるか.指示するのが必要ないと楽だな.シェイドは反射で動いて,俺が考えて動く.視点も2つあると有利だろう」

「……」

「やれ,とか,行け,とかを合図にしよう.頭の中覗かれるのは互いにいやだし,一度に大量の情報が入り乱れると混乱が起きるから直前以外の記憶は受け継がないことにしよう」

「……」

「慣らして行く必要があるな.外に出てやろう」

 シェイドはフードを被って杖を念力で引き寄せて掴む.1人と1体は外に出て試す.ジュードは目が回ってよろよろと倒れる.

 エルサは風を浴びようと外に出ると倒れているジュードとぐったりと座り込んでいるシェイドを見つけた.

「どうしたの?」

 エルサは小走りで近づいて屈んで膝の上にジュードを抱き上げる.

「あなたも大丈夫?」

 シェイドは首を縦に振る.

「(誰あの人,変な格好してるし,顔がほとんど見えないし)」

「うう…」

 ジュードは目を覚ます.

「いい香りだ.まるで花園,花の精霊がここに…」

「寝ぼけているの?}

「へあっ?」

 ジュードは完全に目が覚め,上を見上げてエルサの顔を見た後,回転して膝から降りて立ち上がる.

「…助かった.…ありがとう」

 ジュードは恥ずかしそうに目を合わせないように感謝の意を伝える.

「シェイド,戻れ」

 バッジにシェイドは戻る.

「何それ?どうなっているの?}

「今度時間があったら教える」

「えー,そういえばどうして倒れてたの?」

「調子に乗ってあれこれできるかと試したら目が回った.最初の時点で辞めておけば良かった」

「もう,危ないことしたら駄目じゃない.もうしないって約束しなさい」

「ごめんなさい.もうしませ…待て,なぜお前に約束する必要がある?」

「危なっかしいから,放っておけない」

「しかしやはり約束はできない.俺に価値があるとすれば危険な作業を担当するくらいだから」

「どうして?」

「何だっていいだろう.それより考えはまとまったのか?」

「CGの都合にもあなたの都合にも振り回される気はない.でも勘違いしないで.ただ,死にそうなあなたを放っておけるほど私は人でなしではないと思っている」

「そうか,じゃあ博士達にも伝えておいてくれ」

 ジュードは後ろを向いて頬が緩む.

「ああそれと過去の清算のためにCGは滅ぼす.崩壊の音をエラルド兄への手向けにする」

「…(一先ずは良しとするか)」


 エルサは爆音で目を覚ます.マイの背中で目を覚まし,岩の向こう側で洞窟が崩れるのが見える.洞窟の目の前に居るシェイドの周囲には渦があり,粉塵を吹き飛ばしてジュードの前に戻ってくる.

「やったぜ.これで目を覚ますはず」

「何も壊さなくても…,外につれ出すだけで良かったんじゃない?」

 ジュードはエルサを見る.エルサは目を開けている.

「エルサ,目が覚めたのか?」

「うん,もう大丈夫.ありがとうマイ」

 エルサはマイから降りて伸びをする.

「良かった…」

「ん?エリオットから連絡だ」

 ジュードは通信機で交信する.

「ジュード,ごめん.地図が間違っていた」

「え?」

「というのも座標系が違うものを組み合わせていた.目的地はそんなに深く潜らずとも良かったわけだ.でもCGも悪いんだよ,どの座標系か書いてないから勘違いした」

「それで,地図は?」

「今送る.ちょうど洞窟のある座標だ」

「洞窟…」

「そう,切り立った岩肌の下にある」

「…….一旦切って調べる.通信終わり」

「通信終わり」

 タブレットに地図が出る.

「シェイド,戻れ.そしてコバルト,出て来い」

 ジュードはバッジにシェイドを戻して,コバルトを呼び出す.

「上に飛んで位置を確認してくれ.さっきの地図は間違っていたみたいだ」

 コバルトは空に飛び上がって旋回した後,再び降りてスキャニングしたような立体図を光の線で表示する.ジュードたちは地図と見比べる.

「さっき壊した洞窟か.やれやれ」

 ジュードたちはこの後,瓦礫の中からパーツを探し出すことになった.

「大丈夫.5人でやればすぐに終わるから.頑張ろう」

「そうだな,エルサの言うとおりだ.よし,探すぞ!」

 その後見つけて帰還した.

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