表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/45

7章

    ◇


 クリスの家の扉が激しく叩かれた。その音は、クリスを起こすには充分すぎる音量だ。

 不快な雑音に、不眠ともいえるくらいの睡眠を妨げられたクリスは、のっそりと身体を起こし、寝台に横の指の長さほどの木の棒を見た。

 それは時間を計るために垂直に立ててあり、その影の長さや方向によって時を知ることができる。

 今朝は天気がよいようで、影がはっきりと出ていた。それによると、今の時間はいつも起きる時間より一刻も早い。

 自分の感覚とおり、やはりほとんど眠っていないことになる。

 まぶたの重さにまかせて、もう一度眠ろうとも思うが、激しく扉を叩く音は、そんなこと許してくれない。

 こんな早くに、けたたましい。

 うっとうしく思いつつ、髪を手早くまとめあげて、すぐに着替えた。

 そして、嫌々扉の閂を引いた。


「誰ですか?」


 冴えない声で問いかけて、クリスの方から顔を覗かせた。


「ちょいと、いつまでも待たせるんじゃないよ!」


 不機嫌な声をあげて遠慮なく入ろうとするのは、昨晩のハンスだ。今朝は一人のようだ。


「まだ、何か?」


 いつもならそんな聞き返しかたなどしないが、今は虫の居所が悪い。

 しかも、無理に入ってこようとするので、足でそれを止めている。


「おや、入れさせないようにするなんて、何て生意気なんだろうね」

「だから、用件は何ですか?」


 そっちこそ、他人の家に無理やり入ろうとするんじゃない、と注意したい気持ちでいっぱいだった。しかも、何でまた朝一にいるんだろう。思うことを、口にだしてしまわないようにするので精一杯だ。


「あの外はどういうわけだい?」

「外? 昨日何かみつかりましたか?」


 ヘルメスが、何か置いたんだろうか。


「昨日じゃないよ。今だよ。あんたの畑は、いつもああなのかい?」

「え?」


 何のことだかわからない。


「何かあるんでしたら、もっていって構いませんけど」

 

なげやりに答えたクリスの肩をハンスが、がっちりつかんだ。


「持っていきたくても、出来ないんだよ。ちょっと、あれはどうなってんのさ」

「どうなってるって……?」


 こっちがどういうことなのか知りたいよ、と思いつつ、ハンスの身体の隙間から、畑をのぞいた。


「なに? あれ……」


 まぶしい。

 目が眩んでしまって、よくわからないが、何かまぶしい。

 薄目で慣れさせて、ようやく畑が、池に水が反射しているかのように輝いているのがわかった。


「どういう、ことよ……」

「クリス、あんたの庭はいつもきんがあるのかい?」

「え? 金?」

「ちょっと、とぼけてないで、外に出な!」


 いわれるのと同時に、ひっぱり出された。


「……まあ」


 そのまぶしさに気圧されながらも、クリスはしゃがんだ。

 クリスの畑の土が、全て金色に輝いている。

 恐る恐る、ちょっとだけつまんでみた。すると、それはただの土になった。


「何で?」


 驚いて同じことすると、それはまた土に戻るだけだった。


「あんた、これ見るの初めてかい?」

「もちろんそうです。でも、何なの、これ」

「あんたが知らないなら、やっぱりこれが神様の贈り物なんだろうねぇ……」


 ハンスは腕を組んだ。


「これ、持っていけないのね……」

「そうさ。だから困ってるんだよ、何とかしておくれよ」

「そんな、こんなの私だってどうしたらいいのかわからないわ」


 少しの土を握って、クリスが立ち上がった。


「じゃぁ、家の中では何もなかったかい?」

「え?」


 クリスは、思わず息をとめてしまった。


「そんなものなかったわ。お客さんがきたくらいで」

「へえ、そうかい……え?」


 あいづちを打っていたハンスは、思い返したようにクリスをみた。


「客? そいつ、何かもってなかったかい?」

「え、いいえ、お客さんっていうのは、夜きた皆さんのことです……」

「は? 私たちのこと? 他にはきてないんだろうね?」


 ハンスはクリスの取り繕った様子を見抜いたかのように、鋭い視線を向けて、クリスの肩を揺さぶった。


「ちょっと、やめてください!」


 強引に振りほどいた。


「もう帰ったんですから!」

「え?」

「あ……」


 クリスは、すぐにその先がつくろえなかった。言葉でのやりとりの経験不足が、ここであらわれてしまった。


「何か隠してるねぇ。そうかい、そうかい。こんな小さな家、私だけでも家捜しできるけど、みんな連れてきて探してみようか? それとも、ひっかきまわされる前に、自分から出してくれるかい?」

「何も持ってこなかったんですから、出すものはありません!」

「そんなこと言って、あんた、独り占めするんだろ」

 

 言うと、クリスの肩を突いた。

 随分強く押されて、クリスはしりもちを着いてしまった。


「ふん、ごうつくばりだね」


 ハンスは顔に埋もれた細い目をつりあげている。早く起き上がらないと、そのまま蹴られてしまいそうな勢いだ。


「ごうつくばりなのは、そちらでは?」


 エスカレートしていくハンスの動きを止めたのは、男の声だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ