7章
◇
クリスの家の扉が激しく叩かれた。その音は、クリスを起こすには充分すぎる音量だ。
不快な雑音に、不眠ともいえるくらいの睡眠を妨げられたクリスは、のっそりと身体を起こし、寝台に横の指の長さほどの木の棒を見た。
それは時間を計るために垂直に立ててあり、その影の長さや方向によって時を知ることができる。
今朝は天気がよいようで、影がはっきりと出ていた。それによると、今の時間はいつも起きる時間より一刻も早い。
自分の感覚とおり、やはりほとんど眠っていないことになる。
まぶたの重さにまかせて、もう一度眠ろうとも思うが、激しく扉を叩く音は、そんなこと許してくれない。
こんな早くに、けたたましい。
うっとうしく思いつつ、髪を手早くまとめあげて、すぐに着替えた。
そして、嫌々扉の閂を引いた。
「誰ですか?」
冴えない声で問いかけて、クリスの方から顔を覗かせた。
「ちょいと、いつまでも待たせるんじゃないよ!」
不機嫌な声をあげて遠慮なく入ろうとするのは、昨晩のハンスだ。今朝は一人のようだ。
「まだ、何か?」
いつもならそんな聞き返しかたなどしないが、今は虫の居所が悪い。
しかも、無理に入ってこようとするので、足でそれを止めている。
「おや、入れさせないようにするなんて、何て生意気なんだろうね」
「だから、用件は何ですか?」
そっちこそ、他人の家に無理やり入ろうとするんじゃない、と注意したい気持ちでいっぱいだった。しかも、何でまた朝一にいるんだろう。思うことを、口にだしてしまわないようにするので精一杯だ。
「あの外はどういうわけだい?」
「外? 昨日何かみつかりましたか?」
ヘルメスが、何か置いたんだろうか。
「昨日じゃないよ。今だよ。あんたの畑は、いつもああなのかい?」
「え?」
何のことだかわからない。
「何かあるんでしたら、もっていって構いませんけど」
なげやりに答えたクリスの肩をハンスが、がっちりつかんだ。
「持っていきたくても、出来ないんだよ。ちょっと、あれはどうなってんのさ」
「どうなってるって……?」
こっちがどういうことなのか知りたいよ、と思いつつ、ハンスの身体の隙間から、畑をのぞいた。
「なに? あれ……」
まぶしい。
目が眩んでしまって、よくわからないが、何かまぶしい。
薄目で慣れさせて、ようやく畑が、池に水が反射しているかのように輝いているのがわかった。
「どういう、ことよ……」
「クリス、あんたの庭はいつも金があるのかい?」
「え? 金?」
「ちょっと、とぼけてないで、外に出な!」
いわれるのと同時に、ひっぱり出された。
「……まあ」
そのまぶしさに気圧されながらも、クリスはしゃがんだ。
クリスの畑の土が、全て金色に輝いている。
恐る恐る、ちょっとだけつまんでみた。すると、それはただの土になった。
「何で?」
驚いて同じことすると、それはまた土に戻るだけだった。
「あんた、これ見るの初めてかい?」
「もちろんそうです。でも、何なの、これ」
「あんたが知らないなら、やっぱりこれが神様の贈り物なんだろうねぇ……」
ハンスは腕を組んだ。
「これ、持っていけないのね……」
「そうさ。だから困ってるんだよ、何とかしておくれよ」
「そんな、こんなの私だってどうしたらいいのかわからないわ」
少しの土を握って、クリスが立ち上がった。
「じゃぁ、家の中では何もなかったかい?」
「え?」
クリスは、思わず息をとめてしまった。
「そんなものなかったわ。お客さんがきたくらいで」
「へえ、そうかい……え?」
あいづちを打っていたハンスは、思い返したようにクリスをみた。
「客? そいつ、何かもってなかったかい?」
「え、いいえ、お客さんっていうのは、夜きた皆さんのことです……」
「は? 私たちのこと? 他にはきてないんだろうね?」
ハンスはクリスの取り繕った様子を見抜いたかのように、鋭い視線を向けて、クリスの肩を揺さぶった。
「ちょっと、やめてください!」
強引に振りほどいた。
「もう帰ったんですから!」
「え?」
「あ……」
クリスは、すぐにその先がつくろえなかった。言葉でのやりとりの経験不足が、ここであらわれてしまった。
「何か隠してるねぇ。そうかい、そうかい。こんな小さな家、私だけでも家捜しできるけど、みんな連れてきて探してみようか? それとも、ひっかきまわされる前に、自分から出してくれるかい?」
「何も持ってこなかったんですから、出すものはありません!」
「そんなこと言って、あんた、独り占めするんだろ」
言うと、クリスの肩を突いた。
随分強く押されて、クリスはしりもちを着いてしまった。
「ふん、ごうつくばりだね」
ハンスは顔に埋もれた細い目をつりあげている。早く起き上がらないと、そのまま蹴られてしまいそうな勢いだ。
「ごうつくばりなのは、そちらでは?」
エスカレートしていくハンスの動きを止めたのは、男の声だった。