表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/45

6章

「……」


 恐怖のあまり声がでず、思わず両手を口にやって後ずさってしまった。


「そんなに怖がらなくても、俺の姿、普通だとおもうけど」


 そう言うと、青年は軽く笑いかけてきた。

 確かに、怖い姿ではないが、見知らぬ者がいきなり家に押し入ってきて、驚かないはずはない。


「なあ、何も襲いにきてるんじゃないんだから、少し落ち着けよ……」


 青年は軽やかな口調で両手を開いた。

 さらさらと揺れる衣に目がとまる。

 市場の人も優雅な衣をまとっていたが、それに似ている。お金もちそうな人は、皆このような衣をまとうのだろうか。

 市場の人と顔は全く違う。あちらは銀の巻き毛。今目の前にいる人は、金の長い豊かな髪。

 筋が通っていて、形のいい鼻。深緑の双眸。描き手をそそる造りだ。


「何だ、そんなに観察されるなんて光栄だな」

「あ、いえ……」


 しまった。うっかり観察眼になっていたようだ。


「あ、あの、外の方たちと知り合いなんですか?」

「そう見えるか?」

「いいえ……」

「よかった。あれと一緒にしないでくれ。俺は、絵を買いにきた、客だ」

「え。ちょっと何いって……」


 青年がそういいながら、沢山立てかけている方へ歩きだしたからだ。クリスは慌てて先周りした。


「ちょっと、勝手に入ってきてずいぶん失礼な……こんな時間に来たりして、私、あなたのこと全然しらないんですけど」

「そうだな、夜にきたのが悪かった」


 と謝っているのは言葉だけで、態度にはその欠片もない。それどころか、笑みを浮かべている。

 その深緑の目が、クリスを見下ろした。


「絵をみせてほしいんだが」

「嫌です。まず、名乗るなり……じゃなくて、勝手に入ってくる人に聞くこともありません。市場に出ますから、そこで改めて来てください」

「せっかく来たのにな。それに、明日は市場には出られないんだ」

「え……」


 ふいに、あの青年を思い出した。同じことを言ってなかっただろうか。

 気になって、目の前の青年を見るが、やはり違う。

 もしかして。


「あの、夕方に絵を買いに来た人の、知り合いですか?」

「俺のような奴がきたかな?」

「話し方と服装は似てますが……。顔や髪型が違います」

「そうか」


 いいながら、青年は楽しそうに笑っている。


「そいつは俺の知り合いだ。絵を買いに来ただろう? あいつも、俺も代理だ。本当に欲しがっているのは、その絵の中の本人だ」

「え、この女性って……?」


 クリスは訂正された絵をじっと見た。


「アテナさ」

「はあ? それって女神さまじゃないですか……」

「そうだな。まだ完成してないようだが、その顔と服装はアテナだ」

「女神様を、ご覧になったことあるんですか?」

「俺の姉だからな。何度でも」

「何を……。あ、貴方の名前は?」 

「ヘルメスさ」

「また、そんな名前使って……。まさか、本物?」

「そうさ」


ヘルメスと名乗る青年は軽やかに笑っている。


「あの。ヘルメス神って、双子だったんですか?」

「いいや。市場にいたのは、俺の本当の姿。で、これが仮の顔。どちらがいい?」

「どちらがいいって言うんじゃなくて……貴方が神様ってのがちょっと」

 

 クリスは脱力して、少し笑えてきた。


「信じてないよな……。その絵、少し修正したの俺だけど」

「え?……あ!」


 そういえば、つけてしまった線が綺麗に消されている。


「ん……でも、どうもそうは見えないんですけど……」

「刀を錆びさせたのも俺だ。その綺麗な髪を切ってしまうのはもったいない」

「刀……あ!」


 そうだ。そんなこともあった。だけどそれよりも。

 クリスは慌てて近くの黒紐をつかんで、髪をまとめあげた。それから、髪を覆う布のところへ行こうとして、右腕をつかまれた。


「あ、あの……」

「髪を隠そうとしてるのか」

「そう……だから離して……ください」

「必要ない」

「え? でも」

「さっき、表の奴らも話してたが、黒髪が神が嫌う色だって?」

「ええ、そう。だから……」

「それは大間違いだ。ここでは間違った話が出廻っているようだな」

「本当に……?」


まだ神様なのかはっきりわからないこの青年に言われても、手放しでは喜べない。

クリスはつかまれた手を振りほどいた。


「信じてないだろう?」

「ええ……」


 よっぽど不審な目を向けていたらしい。すぐに言い当てられた。


「その事はまた後で説明してやる。俺の用事は、絵を買いにきたのが名目。だが本当はお前を連れていくために来た」

「どこへ……?」

神界しんかいさ」

「どうして……?」

「どうしてだかな。お前の絵の腕が必要だそうだ」

「誰がそんなことを……」

「俺よりもずっと大きな存在の神さ」

「神様に、目上とか目下みたいな違いがあるの?」

「まあな。いろんなことは後で説明してやるよ。とりあえず、お前は人間界ここに居るべきじゃない」

「そんなこと言われても、私はここで生活してるんだし……」

「少なくとも、外の奴らには二度と会わなくて住むし、生活の心配もなくなる。好きな絵だけを描いて過ごすことができるんだ」

「そんな夢みたいなこと……」


 あるわけがない。


「確かに、あんな人たちと会わなくて済むなら本当に嬉しいけど……あ! 外!」

「どうした?」

「外の人たちが探してるのは、≪神の落し物≫なんです。貴方が本物なら、ここにいては駄目です」

「本物ならって……」


 ヘルメスが豪快に笑い出した。


「駄目ですって。声をだしちゃ」

「ああ、面白いな、鉢合わせたらどうなるかな」

「だから、駄目ですって……」

「まあ、どちらにしてもあの事態はどうにかしたいだろ」

 

 ヘルメスが外を親指で差す。まだ掘り起こす音が聞こえる。


「それはそうですけど、私は外に出たくありませんし、貴方に出られても困ります」

「解ってる。明日には決着つけてやるよ。今晩のところはこれで」

「えっ? どういう……」


 訳をききかえす言葉が終わらないうちに、ヘルメスは消えていた。

 立ち尽くすクリスの耳には、虫たちの声が聞こえるのみだった。外での物音も、すぐに止んでいた。

 外の者たちは、神の落し物とかいうのを探し当てたのかどうかはわからないが、明日の市場に差し支えがでるから、帰ったのだろうか。

 そうしてクリスはいつもより睡眠時間を削られた上に、すぐ最悪な朝を迎えることになるのだった。








 







 














































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ