5章
大きな音とともに、扉が閉まるのを、ハンスがちらりとみやって、鼻をならした。
「なあ、ちょっと言いすぎじゃないか?」
ヨンクスは、そういいながらも薄笑いを浮かべている。
「あん? お前、あの子の肩を持つのかい?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「あんた、あの髪のこと知ってるだろ? 真っ黒なんて、神様が一番嫌う色じゃないか。いつもは隠してるけどさ、本当は隣にいるだけで嫌な感じがするんだよ。それに、絵なんか売ったって、何の特にもなりゃしない。まだこの畑のを売るほうがましじゃないか。……あぁ、お前が余計なこというから、手が止まっちまったよ。暗いんだから、もっとこの辺りを照らしておくれよ!」
「わかったよ……」
ヨンクスは、やれやれという顔をしながらおとなしく母の手元を照らした。
市場の者が畑を荒らしている最中、クリスは寝台でうつぶせながら涙を流していた。
酷い。あんまりな言い方だ。
髪のことなど、充分承知している。自分が町にでて、稼ぎのいい住み込みの手伝い婦などやらないのも、この髪を気遣ってのことだ。
母は気にせず、のびのびと暮らしなさいと言っていた。
が、そんな母も忌み子を産んだと、前の町を追い出されてここに来たという。
母はそんな話を笑いながらしてくれた。
自分も大人になれば、つらい話でも笑って話できる日がくるんだろうか。
母が亡くなっても、町の人はでていけとは言わないので、気にせずにいてくれたのかと思っていたけれど、違っていたようだ。
もう、町にはでたくない。
でも、自分の畑で育てているものだけだと、暮らせないことはないが、食べるものが極端に偏ってしまうし、常に畑からものがとれるわけではない。
町をでるか。
でも、あてがないからすぐにのたれ死んでしまうのが目にみえるようで……。
クリスは唇をかんで、枕元にひろがっている髪を見つめた。
この黒い髪だって、母が亡くなった直後は何とかしようとして、頻繁に海へ行った。
確かに、色は抜けてきたが、ついでに肌が荒れ、そしてあとからどうしても黒い髪が生えてくるので、ばかばかしくなってやめた。
短くしてしまえば目立たないだろうとおもったが、手入れが面倒なので、伸ばして、髪をまとめるという方法にしていた。
でも、町の人たちがああも言うなら……。
クリスはのろのろと上体を起こした。
そのままふらふらと寝台を降りて、炊事場へ向かっていき、足元の扉から小刀を取り出した。
いまいましい。
胸元に垂れ下がる長い黒髪は、みていてもそれ以上の感情を生まない。
見えている分だけでも……いや、いっそのこと男の人のように短くしてしまおうと決心し、刀を持ったまま全てを右肩に寄せた。
小刀を構えた時、クリスは目を見張った。
「えっ……」
まじまじと小刀を見た。それは、刃の部分が茶色くさびてしまっていたのだ。
そんなはずはない。さっきこれで、野菜の茎をおとしたばかりだ。その時はさびていなかった。今取り出した時もだ。
でも、どうみても今自分が握っている刀は、錆だらけだ。
何がどうしたんだろう?
クリスは急に不安にかられて、まわりを見渡した。
「ま……」
錆だけではなかった。描きかけの絵が、変わっていた。
いや、変わっているというよりは、先ほど強く押し付けてついたはずの黒い線がない。
「どうして……」
クリスは急に怖くなり、絵から離れた。
何かが起こった。
背筋が寒くなる。
まさか、これが神の仕業なら……。
今は、やばい。
クリスは、外に視線をやった。
丁度その時、きしんだ音を立てて、扉が開いた。
息を呑むクリスの目に、背の高い男の人が映った。