4章
いじわるばあさんの登場です。
「クリス。ちょっと開けてくれるかい?」
「……?」
女の声だが、とっさのことで声の判別がつかない。
「私だよ、粉売りのハンスだよ」
「まあ……?」
確かに、聞けば覚えのある声だ。市場でクリスの横で店を構えているおばさんだ。
家の位置は教えたことはあったが、まさかたずねてくるとは。一体どうしたのだろう。
「今開けますのでお待ちください」
顔見知りだが、苦手な相手なので、慎重に止め板を外した。
「いきなり遅くにごめんよ」
扉が開くなり、ハンスは足を踏み入れ、クリスの姿をちらりと見たかと思うと、無遠慮に部屋を見回した。
それから、いきなりクリスの手首をつかんだ。
「な……何ですか?」
面くらったクリスが慌てて相手を見上げた。
すぐ後ろに、幾人もの人影も見える。
「どうかしました?」
昼に何か迷惑でもかけただろうかと、思い起こしてみるが、記憶にない。
「ここに、神が来なかったかい?」
「はい? かみ?」
「こいつがさ、ここら辺に神の光が落ちたっていうからさ」
とハンスが肩をたたいているのは、その息子のヨンクスだ。
「光?」
ちょっと前に外を眺めていたが、そんなものはみなかった。
「おう、俺は見たんだよ。でかい星が落ちていくみたいに、すぅって、この辺りに流れていったんだ」
親子そろって大きな身体をしているそれが、
大仰な動作つきで説明している様は、牛が暴れているようだ。
「でも、光りって……」
「何だい、あんた知らないのかい? 祭りの最中にどこかに落ちる光は、神の贈り物だっていうのをさ」
「神の……あぁ」
母が言っていたのを思い出した。
天から降る光は、神の使いか、贈り物だという話だ。
「でも……」
「見てないかい?」
「ええ」
「本当かい?」
ハンスはクリスの手首をつかんだままだ。見下ろす目は、クリスの言葉を全く信じていない。
「見てません。それに、いつの話なんですか?」
「今から、一刻くらい前くらいだよ」
ヨンクスが口をはさんだ。大きな顔が近づいたので、クリスは思わず足を一歩引いた。
扉から入ってはこないものの、後ろに入る人たちも様子を伺っている。ちらりと見ると、市場の人たちなのが確認できた。
「私、その時間はご飯食べてたから、外なんか見てないんですけど」
「そうかい。じゃ、外にまだあるかも知れないんだね?」
「え?」
ハンスが、言うやいなや、クリスの手首を開放して、すぐに出て行くので、少しの間呆気にとられてしまった。
が、瞬きをして、気を取り直した。
クリスも、慌てて外へ出た。
「そこは、私の畑なんです! 荒らさないでください!」
駆け寄って忠告したが、遅すぎた。
すでに、五、六人が踏み入っていた。
「やめてください!」
クリスの声をきいて、ハンスが足をとめた。
「ここ、畑なのかい? 暗くてよくわからなかったから、掘っちまったよ。後で埋めておくからさ、いいだろ?」
「そんな!」
「それとも、あんたここに隠してて、そういってるのかい?」
「そんなものありません」
「ふん、そうかい」
言うと、ハンスはやめるどころか、しゃがんで更に堀りだした。
用意のいいことに、掘るための手のひら大の道具と、上等の明かりまで持参していた。最初から、そのつもりでいたんだ。
しかも、その明かりがあるなら、そこが畑だというのはわかるはず。全く性質が悪い。
人の畑を何だと思ってるのか。だいたい、姿かたちのわからないものを探すのが無謀だ。
言い伝えでは、それは壺であったり、時には見たこともない形の果物のようなものであったり。それを食べた老人はとても長生きして、神の善を説いて廻ったとか。
そんな話をこの人たちも知っているだろうから、やみくもに探しているのだろう。
でも、やはり無茶だ。というか、このまま荒らされ続けるわけにはいかない。
「あの、今日はもう遅いので、せめて陽が昇ってからにしていただけませんか? もし何か見つけら、市場に持っていきますので」
クリスは遠慮がちに声をかけた。
振り返ったのは、ハンスだった。
「あん? あんたそんなこと言って、見つけてもいわないつもりだろ。わかってんだよ、あんたの考えることなんてさ」
「そんな……」
「そうだ。きっと今までの恩なんかも知らない顔して、落ちてなかったって言うつもりなんだろ」
ヨンクスも冷たい声で同調する。
「違います!」
「そうかい? だったら、探すくらいいいだろう。こんな暗いところ、あんまり居たくないんだよ。それからね、あんたみたいな髪の色してるところには神様はこないと思うから、家の中に入ってな」
「あっ……」
クリスはとっさに頭を抱え込んだ。
うかつだった。普段は目立たないように布で覆っているが、こんな時間に誰かに会うと思ってなかったので、そのまま晒したままだった。
「か……勝手に探してください! 見つけたら、畑はちゃんと元に戻してください!」
震える声でそれだけ言うと、家に駆け込んだ。