42章
◇
着いたのは花畑だった。見覚えがある。
「ねえ、ここって、アテナ様の神殿の近く?」
たずねながら、クリスはぎょっとした。
ヘルメスをはさんだ反対側に、ホルクスが微笑んで元気な様子で立っているのだ。
「あ、お、おじいさん、生き返ったの?」
クリスの声は裏返っている。
ヘルメスはいたずらが成功した小僧のように楽しそうな顔をしている。
「おお……。いやいや、多分違うじゃろう。それにしても、綺麗なところじゃ」
ホルクスはクリスよりも、広大で美しい花畑に魅了されているようだ。
「ねえ、どうなってるの?」
笑い続けるヘルメスにむっとしながら、クリスは説明を求めた。
「ここは冥界で、善と判断された者が来るところだ。お前が来るには早すぎる場所で、命がない者か、神でないとこられないが、今は俺がいるからお前を連れてこられた。だがな、ここに長居はさせられない。ここはお前の最初の行き先ではないからな」
ヘルメスが歩きだした。
ホルクスもクリスも遅れないように着いていった先は、苔が生えているだけの小山だった。いや、山というほどの高さもない。緑の丘だ。
近づくにつれ、そのふもとに人影が見えた。
輪になって座っているその人数が五人だと判別できるくらいまで来ると、クリスもホルクスも驚いた。
五人が五人とも、ホルクスの顔そっくりなのだ。
同じ顔が、円を組んで座り、笑顔でホルクスたちを見ている。一緒に来たホルクスも加えれば、六つ子だ。
五人はもぐもぐと口を動かし、円の一部を空けた。
「おやおや。仲間じゃな」
「そのようじゃな」
「色々聞かせてくれんかのう。さあ」
空けられた席に、ホルクスは笑顔で座った。
見分けがつかないほど、顔も灰色の服もそっくりだ。
「いやぁ。これは楽しいところじゃ。ありがたい……」
ホルクスは、ぼおっと立っているクリスと、その後ろで腕を組んで笑みを浮かべているヘルメスとに、目礼した。
こうして、人間界で役目を終えた語り部は、今度はここで充実した日々を送ることになるようだ。
◇
クリスとヘルメスはそこから離れた後、また花畑を進んでいた。どこへ行くのかは、やはり不明だ。
だが、進むうちに、花畑のど真ん中に突如巨大な白い扉が現れた。
クリスもいいかげん不思議さには慣れた。
「ここが堺だ。行くぞ」
ヘルメスが切れ目のある扉の真ん中に手をかけた。
「それで、どこへ行くの?」
「みればわかる……かな」
振り向きもせずに答えるのは、相変わらずな言葉。
ヘルメスが躊躇なく開けた。
その先の風景は……。
これまた花畑だった。今立っているところと少しも変わらない。扉など無意味だ。
「ちょっと、これ何なの?」
「面白いだろ」
ヘルメスはクリスをからかっているだけなんだろうか。それとも、違うところなのか。
「ねえ、本当にどこへ行くのよ!」
これが何度目の問いかけなのか。
走ったクリスが、逃がすまいと、ヘルメスの袖をつかんだ。
「俺の気が向くところさ」
いたずらな瞳が、光った。




