40章
◇
またも、道だけが明るいそこを通り、クリスは先をゆくヘルメスに声をかけた。
「ねえ、最初はどこへ行くの?」
「さあな」
意地悪な返事。
「教えて」
「いやだね」
ひねくれてる。口調も。これ以上聞いても無駄だと悟ったクリスは、その背をにらみつけながら後に続くのみだった。
やがて、先ほど入ってくる時に見たのとそっくりな扉についた。
ヘルメスがそれに触れたようだ。
あけたのかと思った瞬間、こぼれるように光が差してきて、クリスは目をくらませてしまった。
「あ……見えない……」
目をつぶってやりすごそうとするが、まともに見てしまったので、そう簡単に回復しない。
「人間は不便だな」
横でヘルメスがぼやいているのが聞こえる。
意地になって目を開けるが、大きな残像が消えない。
「ちょっとだけ、待って……」
クリスが手で影を作ったりして苦心している様を、ヘルメスは眺めていた。やがて、治ったのを見て、歩きだした。
眩しさの原因は、水庭だった。
睡蓮が所々咲いているだけの、広大な池。
前方の太陽が、まともに水に反射している。
その池には区切りが幾つかあり、人が一人通れるだけのあぜ道がずっと続いていた。
クリスはずっと目元に影をつくってうつむき、ヘルメスの足を追っていると、随分進んだところで立ち止まっていた。
「この水の流れが、全ての刻の流れだ。この道で区切られた池ごとに、刻の流れの早さが違ったり、止まったりしている。全てテミスがこの水を使って調整しているんだ」
「そうなの……」
乱反射するばかりで、水の色さえわからない池を眺めつつ、足を早める。だが水庭の終わりは見えない。
下手をすると落ちそうになるそこを必死に進んでいるうちに、つまずいた。
「わっ!」
落ちる、と覚悟した瞬間、腕をつかまれて、事なきを得た。
ほっとすると同時に、クリスは少しむっとした。つまずいたのは、ヘルメスの足で、助けたのもヘルメスだからだ。
何のつもりで突然止まったのかわからないが、いたずらなら程度が悪い。
「ねえ! ちょっと……あら、どうしたの?」
ヘルメスは真剣な顔をして、片手を耳にあてている。遠くの声を拾っているのだろうか。
そして、進まない。
「行き先変更だ」
「は?」
行き先すら告げられてないのに、変更といわれてもわけがわからない。まだ硬い表情で何かを聞くようにしているヘルメスは、クリスのいらだちになんか気づかない。
「ねえ!」
「呼ばれたんだ。俺が行かなくては」
独り言をつぶやいて、勝手に事をすすめようとするのを、今度は怪訝な目で見ていたクリスだが、ヘルメスはいきなりその手を強引につかんだ。
「え? なに?」
「お前にこの先、一人で歩いていけと言いたいところだが、お前にも関係がある。目を閉じろ」
「何なの?」
混乱のうちに、クリスは言われるままにまぶたを閉じた。
すぐに、風が頬を心地よく撫でる。
この感じは、そう。何度か経験した。ヘルメスが移動しているのだ。
風が収まったところで、クリスは目を開けた。そして、飛び込んできた風景はーー。




