表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/45

36章

        ◇



 クリスは透き通るような空が見える、屋外へ案内された。

 木漏れ日が差す森は、自分が住んでいる森よりも清々しい。三女神たちに鏡のように輝いている地面に案内された。

 いや、それは地面ではなく、水が反射しているのだと、クリスは遅れて気づいた。

 青い湖面からは、もやのようなものが立ち昇っている。


「まあ、綺麗……」


 白いもやの間から木々を映し出すその静かな風景は、クリスの腕をうずかせる。

 池ほどの広さの水面に、しばし見とれた。


「綺麗でしょう。ここは、私たちだけが使っているの。他の人を連れてくるのは、本当に久しぶりよ」

「そうなんですか。久しぶりって、前の方はいつごろ訪れたんでしょうか?」


 一番近くにいた女神に、クリスは聞いた。


「えっと。どのくらいだったかしら。二百年くらい前だったかしら……」


 答えた女神は、他に同意を求めた。


「ええ、多分それくらいね」


 三女神とも、朗らかに笑っている。神殿ではみられなかった笑顔だ。

 あの威厳の備わったような母とは、風貌まで違ってみえる。

 クリスも、その笑顔で和み、同時に神の生きている刻の長さについて、思い知らされていた。


「さあ、ここに座って」


 一神がクリスの手をとり、池のほとりの平たい岩に座らせた。


「どうしたんですか?」

「あら。貴方を洗うのよ」

「えっ?」

「男の方にはお酒を。女の方には、お清めをというのが、ここでの歓迎の仕方よ」


 そういうと女神たちは微笑み合い、緑の瞳の神がクリスの肩に手をかけた。


「あっ!」


 クリスは驚きと羞恥で、咄嗟に自分の肩を抱いていた。

 クリスの衣装は、瞬時に消されてしまっていたのだ。


「あらぁ。そんなに怖がらないで。清めるだけって言ったでしょう。それに、ここで覗く男の方なんていないんだから、安心して」

「いえ……」


 そういうことではないと反論したいのだが、それぞれの全く悪気のない瞳を見ていたら、気がうせた。

 それでもやっぱり恥ずかしくて、女神たちに背を向けたまま、動けないでいる。

「駄目よ。私たちの役目なんだから。洗わせてくれないと、服を返さないわよ」

「えっ、そんな!」


 クリスの悲痛な声をきいて、女神たちはくすくすと笑い声をたてた。


「まあ、お姉さま。意地悪」

「そんなこと言わないでよ。でないと、この子洗わせてくれないじゃない」

「それとも、私たちも一緒の姿になればよろしいかしら?」

「あ。いいえ。とんでもないです」


 クリスがうっかりそう答えてしまったので、娘たちは遠慮なく背にお湯を流し始めた。

 そして、目前のもやが、湯気なのだと気づいた。

 何度かお湯が流され、背を泡立てる女神が声をかけた。


「ねえ、せっかくだから、下の様子を教えてくれないかしら? ねえ」


 足を洗う姉妹にも、同意を求めた。


「そうそう。私も知りたいわ」

「下って、人間のことですか?」

「そうよ。私たちも、こちらのこと教えるわ。特に、ヘルメス様のこと知りたいでしょう?」

「おねえさま、それは……」


 茶色の瞳の女神が、足を洗う手を止めた。


「あら。私だって詳しくないわよ。だから、これから同伴するための予備知識くらいなものよ」

「あぁ、それなら……」

「それで、貴方クリスだったわね。歳は?」

「十七です」

「まあ、若いのね。赤ん坊みたい」


 他の二神も、声をたてて笑った。


「いえ。十七でももう子供がいる人もいますから……」

「そうなの。……そうよね。長くても七十とか八十くらいまでしか生きられないものね」

「えぇ……」

「私たちなんて、年を数えたりしないから、わからないわ。人間の刻にあわせて数えて、わからないことはないんだけどね」

「そうなんですね……」

「そう。それに、ここには男なんて迷ってこないから、間違っても嫁ぐ、なんてことにならないしね」

「そうよね。もし迷ってきても、お母様がすぐに追い返しちゃうでしょうね。つまらないわ」


 女神たちはため息を漏らした。

 洗う手が、背から頭へ移動した。クリスは目を閉じた。


「それで、どうやって暮らしていたの?」

「絵を描いて、売っています。あとは自分の家の畑で野菜を育てて食べています」

「そうなの……誰と暮らしているの?」

「一人です。母はずっと前に亡くなりましたし、父は生まれた時からもう母のところにはいなかったようです」

「あら。それなら、お母様は、こちらのどこかにいるってことね」

「そうなんですか?」


 クリスは思わず顔を拭って、振り返った。


「あ。えぇ。ここではなく、黄泉だけど。全部廻るんでしょう?」

「あの、全部ってのがよくわからないんですが……」

「あ、あのね。神の場所でもいろいろあるのよ。オリンポスだけでなく、冥界とか、海の世界とか。そこも行くことになるんでしょうね。……いいわねぇ。私たち、ここから離れられないの。護るものがあるから」

「何をですか?」

「あら。私たちのこと、そういえば紹介してなかったわね」

「はい……」


 三女神たちは、それぞれの名前と、守護するものとを教えてくれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ