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28章


「そこだけで話をしてないで、私もまぜてくれ。それに、肝心の主が、蚊帳の外だ。さっきから私の後ろで、角を立てていて怖い」


 アポロンがそういうのと重なって、凛とした声が響いた。


「誰が角を立てているですって? 聞き捨てならないわね、アポロン」


 その女が、棘のある声で、前へ進んできた。

 クリスがその姿を見上げると、またも口に手をやった。


「あ、女神さま……」

「あら、私のこと、わかるの?」


 くぐもった声だったはずだが、相手には届いたらしい。


「あの、間違っていたらすみません……。アテナ様ですか?」

「ええ、そうよ。会えてうれしいわ」


 薄い水色の衣に、まっすぐ背まである薄紫の髪。それに、かわいらしい鳥が左手に乗っている。梟だろうか。

 そして、胸から腰にかけて美しい装飾が施されている銀の甲冑をつけている。

 アテナは、理知的な目を細めた。


「ここは私の神殿なの。なのに、アポロンが歩きまわってるから。勘違いだけはしないでね」

「は、はい」

「何だって、アテナ。遠慮はいらないっていったのは、そちらだろう」


 壇上で、アポロンとアテナが視線を交わしている。


「くつろぐにも程度があるでしょう。程度が」

「やれやれ。ここが私の神殿だったら、もっと好きにしてくれと言うのに」

「まあ! 礼儀しらずな。そんなんだから、女にもだらしなくて節操がないって言われるんだわ」


 知の神であるアテナは、相手の弱点をつつきまくる。


「今は関係ない話だ」

「そうかしらね」


 女神の紫の瞳は、相手を全然信用していないようだ。


「おまえら。ひょっとして俺たちのこと、忘れてないか」


 ヘルメスが、段を上がりはじめた。


「あら、ごめんなさい。さあ、貴方も上がってらっしゃい」

「い、いいえ。とんでもないことです」


 クリスは礼節に詳しくはないものの、この場合の同座は許されないであろうというくらいの勘で遠慮した。


「いい子ね。ちゃんとわきまえているわ。でも、いいのよ。私が呼んだんだから。遠慮しないで」

「いえ、でも……」

「なあ、あの子、お前を怖がってるんじゃないのかな?」


 アポロンがまたも茶々を入れる。


「何よ。私のどこが怖いっていうのよ」

「その言い方が怖いってことさ」

「どうしてよ」


 再び舌戦突入かというところを、ヘルメスの杖が止めた。

 蛇が二匹絡んだかのような飾りのついた杖の先は、アテナの梟を、頭から叩ける位置にある。


 きゅう、と梟が一鳴きし、アテナの肩へ避難した。

 ヘルメスはいつの間にか壇上まで移動していたのだ。


「だから、喧嘩は後にしろって」

「すまない」


 アポロンはアテナからそっぽを向いた。


「おい、上がってこいよ」


 ヘルメスが壇下で立ち尽くしているクリスを手招いた。


「上がるくらいは、無礼にならないさ」


 そこまで言ってくれたので、クリスはやっと足を進めて、ゆっくり上がった。

 壇上の床は、絨毯がある所以外は、自分が映るほどに磨かれた白い石の床でできており、中央にある絨毯と同色の椅子には、やはり同じ紫色の布が敷かれている。

 アテナがそこへゆっくり腰を降ろした。

 さらさらの水色の衣の裾が床にすれた。


「あなたがクリスね」


 クリスは声をかけられて足を止めた。段の半ばまできていた。


「はい……」


 こたえて、ひざまずこうとするのを、アテナの横にいたヘルメスが制止した。


「そこまでしなくていい」


 ヘルメスが口端をあげた。

 アテナはヘルメスに何か言いたかったようだが、すぐに視線をクリスに向けた。


「早速で悪いんだけど、クリス。私を描いてくれないかしら?」

「あ……」


 本物の女神様の前で、絵を……。


「あ、あの、緊張して……その、いつも通りに描く自信なんて、全くないのですが……」

「そんなに気にしなくてもいいのに」


 ヘルメスはクリスの背に手をあてた。

 すると、そこが温まった。まるで、厚い衣を一枚羽織ったかのようだ。

 クリスは、ちらとヘルメスをみてから、アテナを向いた。


「やはり、私なんかでは……」

「いいのよ。あなた、自分の絵に自信もちなさい。それから、そのヘルメスと居る時のように、慣れて欲しいわ」


 言われて、クリスはヘルメスといる時に全く緊張していないのに気づかされた。

 初対面と、ある程度の時間をすごした違いだろうとは思うが……。


「はい。では、何とか描いてみます。でも、正確に描くには、見ながら描く必要があって、そのためには同じ姿勢を長時間とっていただかなくてはいけません。休憩を入れながらできますが、その辺り……」

「あぁ、いいのよ。型があるから」


 アテナが姿勢よく立つ。

 それから、置いてあった銀の冠をつけ、梟を右手の甲に乗せ、椅子の脇に丸い盾をもたれさせた。


「あ……」


 それは、クリスが家で描いていた時に、突然訂正された絵の姿そのままだった。

 直後、アテナは人形のように動かなくなった。

 驚いて、クリスは瞬きを繰り返した。

 直後、もっと驚くことが起きた。

 動かないアテナの横に、全く同じ姿のアテナがいる。こちらは動いている。


「この姿で、後ろの椅子を無視して描いていただけるかしら。時間はどれだけかかってもかまわないわ。こういう動かない型なら、遠慮も緊張もないでしょう?」

「そうですね。助かります」

「あとね。お腹空くと思うから、あの果物を適当につまんでちょうだい。あと、聞きたい

ことあるかしら?」


 アテナは彫刻のように固まっている自分を触っている。


「あ、あの。描く道具がないのですが」


 クリスは辺りを見回しながら尋ねた。


「あら。肝心なものを。ごめんなさいね。ヘルメスがさっさと出さないものだから」

「ふん、悪かったな。ほら」


 ヘルメスは杖で床をつくと、そこに見慣れた道具一式が、霞が晴れていくように出現した。


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