表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/45

1章~軟派な神と硬派な娘~

          1


「 安くしとくよ、持っていきなっ!」


通りすぎる人々に、女露天商の威勢のいい声がかかる。

神々を祭るという名目で年四回開かれる大神祭の市場は、店じまいが近づくにつれて朱色に染まってきている。この時間が、一日の中でも一番騒がしい。

食べ物を扱う店がほとんどなので、当日中に売りさばきたく、声の張り合いになるようだ。

 市場は、燃えるように輝く海沿いから、デロス神殿のそばの森の近くまで続く。

 そんな大規模な店の連なりの端、森に近い位置で、クリスは場所をとっていた。

 白い布を被り、黒い瞳で白い肌という姿は、何も話さなくても、結構目立つ。ここの地域は赤茶けた髪に、健康的に日にやけた人々ばかりだからだ。まだ暑い気候なので、その姿は見る側からすると暑苦しいかもしれない。

 外見でとりあえずの視線を集めようという意図はないのだが、クリスが扱っている品をみると、ものの数秒珍しそうにながめた後、二度とそこを見なくなるのが大半だ。


 売っているのが、絵だからだ。それも炭で描いた白黒のものばかりだから、目立たないことこの上ない。

 だが、たまに目を留めて、近づく者もいる。

 この、青年のように。


「なあ、もう片付けるのか?」


 クリスは、声をかけられて、驚いたように顔をあげた。片付けに夢中で、目前に立つ人に全く気づかなかったようだ。


「あ……。あの、もう暗いので、御用があれば、また明日にでもおねがいします」


 控えめな声で断り、すぐにまた片付けにかかる。


「ん? ずいぶん商売っ気がないなぁ。暗い中みてるんだから、もう少し粘ってみようは思わないか?」


 青年は、軽やかに笑いかけた。


「これだけ暗いと、きちんとみていただけませんから」


 クリスは芯の通った声で、相手を見据えた。

 そして、少し目を細めた。

 見上げる青年の外見が、そこらへんを歩いている人たちとは異質だったからだ。

 日暮れの逆光で顔立ちはわからないが、すらりとした長身で、ひだのある長衣を着ていて、優雅さを感じる。 

 その衣に、わりと短髪な巻き毛。逆光ではっきりわからないが、おそらく銀髪。領主くらいの身分の姿だ。


「確かに、そちらの言うとおりだ。なら、明るいところで食事でもしながら、商談というのはどうかな?」


 青年は断られたのをすっかり無視して…。いや、断られてとは思っていないようで、さわやかに誘いをかけた。


「絵もろくに見てないのに、食事に誘うなんて……」  


 クリスが顔をしかめる。

 そして、片付けの手を早める。


「いや、食べに行こうというのはいきなりで悪かったね。でも、昼間にここを通って、絵は遠くからだけど、しっかり見たさ。山の絵があっただろう。あれ、俺の住んでたところに似た風景だったんだ。それで、気になってね」

「え……」


 クリスは足元をみた。

 確かに、今伏せてある一番大きな絵には、山の絵が描いてある。

 昼間に見ていたというのは嘘ではないようだ。だけど、こんな身振りのいい姿の人をみた覚えがない。下を向いて、何かしていた時だろうか。


「あの、お気に召していただけたのはうれしいのですが、今日はもう暗いので、明るい時にもう一度お越しいただけませんか? 後二日、祭りが終わるまではこの場所で店をだしてますので」

「いや、いいよ。すぐ買うよ。代金も持ってるし」


 青年は不思議そうな顔をしながら、腰に手をあててみせる。

 確かに、重そうな布袋が見える。


「そうですか……」


 それでも、クリスは承諾できないでいた。

 本当に絵を気にいってくれたのか、半信半疑だったのだ。丹精こめて描いているのだから、ちゃんと大切にしてくれそうな人に売りたい。

 こんな暗がりで、そそくさとやりとりをしてしまうのが嫌なだけだ。

 拒んでいられるほど、いい身分ではないのだが、どうやら自分はそういう性分らしい。

 しかし、どうやって言えば納得してもらえるのか…。


「もう一度来ればいいのかな?」

「あ、ええ……」

「そうしたいが、あいにく明日からは市場に来られなくてね。しかも、次の祭りにも都合がつくとは限らないんだ。家も遠いし」


 青年は残念そうに、かぶりをふった。


「そうですか。では、この絵は取り置きしておきますので、いつか来られた時にでもおねがいします」


 クリスは頭を下げた。


「まいったな……」


 青年は、星空を見上げて、苦笑いを浮かべた。


「わかった。また買いに来るよ。だから、ちゃんと売約済みにしておいてくれよ」

「はい……では、炭が落ちないようにしておきます。それから、一応お伝えしておきますが、私が次に市場にでるのは、デュオニュソス月の、《葡萄の収穫祭》になります」

「そうか。俺は今の《旅人の祭り》だけには毎年来るんだけどな。そうか……」

「家は、この辺りではないのですね?」

「あぁ。とても遠いさ。旅をしてきてるからな」


 と、青年は軽やかに言うが、どうみても旅人の姿ではない。もしかして、馬で移動しているのか。なら、本当に領主か、その側近ではないだろうか。


「で、君はどうなんだい?」

「え? いえ、そちらほどでは……」


 そこまで言って、口をつぐんだ。自分のことを話すつもりはなかった。


「何か、早く帰りたいって顔してるな」

「……えぇ、もう暗いですから」


 クリスが辺りを気にしていたのが、青年にも伝わったようだ。

 クリスの店の隣はもちろん、ほとんどの店が片付けを終わっている。家路に向かう人の姿も、もうわずかだ。


「ひょっとして、俺ほどの距離はなくても、結構歩かないといけないのかな?」

「遠くても、近くても、関係ないと思いますが」


 クリスは、立ち入ってくる会話をきっぱりと絶った。


「そんなことはないさ。俺が引きとめたんだからな。送ろうか?」

「いいえ! 結構です!」


 クリスは大きく息を吸って、唇を結んだ。


「結構、ね……。まあ、誘いに乗るようには見えないというより、身持ちが固そうだな……と、おっと、失礼……」

「……」


 クリスは青年をにらんで、目を逸らした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ