26章
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たくさんの朽ちた柱を過ぎ、クリスたちは奥までたどりついた。
そこは、一般の人が立ち入れる場所ではない。司祭が儀式の時に入るくらいだ。
目前に見えているが、聖なる紐一本で仕切られた、奥の祭壇。
ヘルメスが近づくと、その紐はすっと消えた。
とたんに、涼しい風が起こった。クリスがそれを追うように振り返り、そして前に向き直ったころには、ヘルメスはもう階段を上がり、全身輝いていた。
目が眩むほどの光に、クリスは声がでない。
そして、その光の中で、ヘルメスの真の姿をみた。
銀の巻き毛に羽のついた蔓の冠を被り、右手には何か飾りのついた長い杖を持ち、すっきりした衣はそのままだが、旅用の網靴だった足元は、冠と同じような羽をつけた、革靴のようなものに変わった。そして、白いマントが背に翻っている。
白い光が一段と強くなり、その中でヘルメスが一度床に杖をついた。
すると、白い光は、そのままクリスの衣をその色に染めた。
それだけではなかった。
粗末だった衣は、上等な絹の裾が長くてゆったりした衣にかわっていた。
髪にも変化はあらわれていた。風圧か光圧のせいか、結んでいた髪の紐は飛び去り、豊かな黒髪が胸元に広がった。
何もかも圧倒されていたクリスだが、次第に落ち着いてくると、急に身体が冷えてきた。
ふと足元をみると、粗末な布靴がさっきまでヘルメスが履いていたような編靴になっていた。
「ここへ」
ヘルメスが誘うように右手を差し出した。
引き込まれるように、そこへ近づく。
意識があるだけに、緊張が収まらない。
クリス階段の一番上で、ひざまづくようにして、そっとヘルメスの手の平に自らの両手を添えた。
クリスが、相手の手が暖かいと感じた瞬間、二人はそこから消えた。
後には、何事もなかったかのように冷たく眠る拝殿と、そこからずっと離れた神殿の入り口でいつものように砂を掃き続ける老人が一人、いるだけだった。




