表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/45

22章

「やっと行ったか……」


 ヘルメスはその男の背をみながら、さも邪魔だったかのようにつぶやいた。

 クリスは、眉を顰めてヘルメスを見上げた。


「ん? 俺にあえてうれしいのか?」

「そんな風に見えます?」

「見える」


 クリスはますます不機嫌な顔になって、不毛な会話の返事はやめた。


「泣き顔をみた時はそうかと思ったんだけどな。でも、あれだけで泣けるなんてな」

「悪かったわね」


 あ。思わず返事をかえしてしまった。

 いちいち、癇に障るようなことを言ってくれるものだ。


「俺も確か、あいつと同じこと言ったはずだけどなぁ。ひょっとして、ああいうのが好みなのか?」

「は?」


 その突飛もない発想に、クリスは頭を抱えた。

 この男。黙っていたら勝手に当て推量しまくって、果てはとんでもないところへ話をもっていきそうだ。

 では、どう説明すればいいのだ。言葉をさがして、再び黙ってしまうクリスに、ヘルメスは更に追い討ちをかけてきた。


「図星だったか? そりゃ大変だ」


 ヘルメスは陽気に笑い声をたてる。


「違うわよ! もう、ばかっ」

「馬鹿とは言ってくれるな。これでの一応神様と呼ばれてるんだぞ?」

「あぁ、もう、わかったから」

「笑えないか? つまらないな、お前」

「つまらないのはどっちよ。話を変な方へばっかり持っていくくせして」

「会話にだって潤いがなきゃつまらないだろ」


 果てしなく流転していく会話は、ここで止めなくては。


「もういいわ。で、何の用なの?」

「明日来るって言っただろ。だから来てるのさ」

「それで?」

「それで。連れてゆくのさ」

「でも私、行くとは返事してないわよ」

「そうだったな。だが、行かないともったいないぞ。お前が会いたがってる奴が、待っているかも知れん」

「あーっ、やっぱり!」


 あの母は、ヘルメスがみせたものだと、改めて確信する。

 ヘルメスはそんなクリスを見つめた。


「会いたくないか?」

「それは……会いたいけど、強制されていくのは嫌」

「そうだろうなぁ」


 断っているのに、ヘルメスはなぜか余裕だ。

何かまた画策してるのだろうか。それに気になることもある。


「ねえ、さっきから思ってるんだけど、私にはいろいろ話してはいけなかったんじゃないの?」

「何がさ」


 ヘルメスは不思議そうな目でクリスを見る。


「行けばお母さんに会えるとか、その気にさせるようなこといろいろ……」

「行く気になってたのか」


 ヘルメスの突っ込みには間がない。


「あ……たとえよ、たとえ」

「ふぅん、そうか。まあ、信頼関係を築く上でも、騙すようなことはよそうと思ってるよ」

「思ってるだけね」

「言うな、お前も」

「なんか、鍛えられてきたのかも」


 ふ。とヘルメスが笑みを漏らした。

 なんとなく、勝った気がした。


「まあ、隠してることは星の数ほどあるけどな、それは大したことじゃないから、行ってから聞いても問題ない。一つだけ言っておくと、これから先の生活は今までとは全く違ってくるはずだし、行く場所によっては血を見ることもあるだろう」

「えっ? 危ないの?」

「あぁ。のん気な場面ばかり描いてもらうわけじゃないんだ。だけど、お前に怪我はさせないようにはする」

「そうなの……」


 どんな世界なのか、更に詳しくききたいが、聞いたら最後、すぐにでも連れていかれそうだ。

 ちらり、と見上げたクリスの瞳をヘルメスが微笑んで見下ろした。


「信じてくれるか?」

「えっ?」


 クリスは息を呑んだ。視線を動かせないくらい、驚いた。

 自分に向かって、信じてくれと。


「どうしてそんな……」


 やっとそれだけ声にできた。


「お前が描きたい絵を、描くだけでいい」


 優しい声。

 それと同時に、ヘルメスは金の豊かな髪から、銀の巻き毛で、すっきりした衣に戻っていた。

 その本来の姿に、クリスはなぜかほっとした。 

 暗示をかけられたかのように、素直に首を縦にふった。

 そしてまた、自然と涙が頬を伝わった。

 なぜ涙がでてくるのかわからずに、自分で戸惑ってしまう。


「またかよ」


 ヘルメスが、クリスの頬を指先で優しくなでた。


「嫌かの? 悲しいのか? うれしいのか?」


 ぶっきらぼうに、矢継ぎ早に質問してくる。


「わからないの……。でも、悲しいのかも」

「お前なぁ。自分の感情くらい、わかれよな」

「うん。でも、もう帰ることができないのかな、って思ったらなんか急に……」

「俺、そんなこと言ってないぞ」

「あれ?」

「あぁ。その辺り、説明不足だったかな。お前の生が終わる年数くらいは描くことになるかも知れないが、時間をとめるはずだ」

「前に言ってたような……どういうこと?」

「そのままの年で、ずっと描くのさ。だが、永遠ではなくて、人間の生の年月の期限つき。ここに帰ってきたら、もう一度その年から暮らせる」 

「それって、人間二回分生きる感じ?」

「そうなるな」

「それは嫌だわ。普通に年をとっていってかまわないわ」

「そうか。いい特典だと思うけどな」

「そんなこと、ないわ」


 中には、そうやって長生きしたいっていう人間もいるだろうけど、なんかそれは違うという気がする。

 何が違うのか、説明はできないが……。


「よく考えてみろよ。戻ったころには、もうお前を知ってる奴なんていないんだぞ」

「そうね。そうだけど……。じゃ、早く帰ってくることはできるの?」

「あいつらがいる時に、帰ってきたいのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

「お前が嫌だと言えば、すぐ返してやれると思うぞ。俺は道先案内をするから、その辺りにいると思うし」


 ずっとそこら辺にいる。


「じゃぁ、行かない」

「おい……。お前、俺が案内しないと、のたれ死ぬぞ」

「時をとめるって言ったくせに」

「時をとめても、何も食べなければ、死ぬぞ。俺だってお守りは嫌だけどな……。まあ、あっちで俺の替わりの奴でもつかまえるか」

「お守りですって?」


 クリスは思わず、ヘルメスの腕をつかもうとして、かわされた。


「俺を殴ろうなんて、一生かかっても無理だ」

「ふんっ!」


 クリスはそっぽを向いた。

ヘルメスは、そんなクリスを置いて、岩場を下りだした。


「あ、待って……」


 ヘルメスに声をかけて、追いかけようとしたが、道具が置き去りになると気づいて、振り返った。

 だが、あるはずの道具は一切ない。


「絵は?」


 辺りを見回しながら、ヘルメスの背を追った。


「道具、消したの?」


 クリスは息を弾ませながら、ヘルメスの右にまわった。


「あぁ。先にやった」

「え?」

「今にわかる。気にするな」


 そういいながら、ヘルメスは横道から市場へと入っていく。


「どこへ行くの?」

「神殿だ」


 ヘルメスは歩調をゆるめた。



 神殿は市場を抜けて、その先に見える赤茶色の岩肌の山の頂に建っている。 人がいっぱいの市場を抜け進むうちに、クリスは周りが自分を避けているような気がして、足を止めかけた。

 気のせいではない。クリスとすれ違う人は、ことごとく頭に蔑みの目向けている。

 クリスの遅れに気づいたのか、ヘルメスは数歩引き返してきて、荒々しくクリスの右手首をつかんだ。

 強引に先導する。赤面する間もない。

 おかげで早く市場を抜けられたが、その代償も大きい。

 クリスは物悲しさを覚えずにはいられなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ