序章 2 ~神から神への命令~
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使者の神であり、また旅人の加護や商人の加護もするヘルメスには、さまざまな神から依頼がくる。今回、刻の神から要請されたのは、人間の、絵かきの娘の旅の加護だが、いつもと様子が違っていた。
刻の神からは、徳のあった人間が死去した時、冥界までの案内役を何度も要請されてこなしてきた。
また、若くして神の加護を得られた人間の、没するまでの数十年を、加護の状態で過ごさせるということもしてきた。その場合、一度その人間の前に姿を現して、加護をすると告げ、時々様子をみればよかった。
今回も、同じようにやればよいのかと思っていた。だが、そんなものではなかった。
ヘルメスは今回、刻の神であるテミスの神殿で依頼を受けた。
「なあ……。それ、やらないと駄目か?」
「やらないととは……。遂行せねば、あなたの存在は消されますよ」
ヘルメスの発言に呆れてから恐ろしい宣言をするのは、神殿の主のテミスだ。だが、テミスが遂行するのではない。
オリンポスの中でも高等な神であるヘルメスを消すことができるのは、神を生んだ神の、ガイアだけ。
ガイアはすでに実体をなくしているが、その意思は強大に存在し、、時折神に必要な令を下してくる。今回は、刻に関することだったので、まず刻の神のテミスが直接ガイアから令を受け、人間との接点を数多くもつ、ヘルメスに依頼が来たのだった。
ヘルメスはいつものように片手間でやっつけようとしたのだが、そうはいかない令だった。
「全く。何で俺が小娘のお守りをしてまわらなくちゃいけないんだ……」
ヘルメスの吐息まじりの愚痴を、テミスはにこりともせずに受ける。
「貴方が面倒をみなければ、この先神の存在は、後世に伝えられなくなりますよ。それに」
「いいさ、別に……」
ヘルメスはいいかげんうんざりして、テミスの言葉をさえぎるが、相手も引かない。
「あなただけが、いいと言っても無理ですよ。後世どころか、あの子が描かなければ、この先すぐにでも私たちは消えるかもしれないんですよ」
「だから、別にいいって言ってるだろ……。それに、絵描きの娘一人で何がかわるってんだ」
「そんな。それでは、神も、人間界も均衡が保たれなくなります……」
「崩壊するなら、すればいいさ……」
「ヘルメス様……一体どうされたんですか」
「は? どうもしないさ。まあ、強いて言えば、長く存在すぎて、いろんなことに飽きてきたってところかな」
「そんな……。飽きるなんてありえませんよ。私たちは、存在する限りそれぞれの役割を果たしていくはず」
「まあ、そうなんだけどな」
「そのひょっとして、ヘルメス様は……」
「なにか?」
「人間と多く接しすぎて、人間の感情を受けてしまったとか」
「ありえないね」
「では、人間の生活をやってみたくなったとか」
「んなわけないだろ。人間なんて、歩いて移動しかできないんだぞ。それに、俺らからすれば、ほんの一呼吸程度だ。そんな短い時間で何を楽しむってんだ」
「確かに、それはそうですね……。でも、そんな短い命しかない人間のそれもまだ若い娘の手でしか、私たちのことが伝えられないなんて……」
「いや、だから人間に俺たちの存在が伝わらなくなるだけだろ。それで人間や俺らが消えるわけじゃないんだから、別にいいと思うけどな」
「確かに、人間から信仰してもらわなくてもかまいませんが、それではガイア様がおっしゃる、全ての均衡が崩れてしまい、神界までもが」
「あぁ、そういうことになるだろうな」
「なるだろうなって。わかってらっしゃるのに……」
「俺が先のこと考えられない奴だと思ってるのかよ」
「いえ。そうではありません。失礼しました」
「まあ、いいさ。何だかんだ言っても、ガイアの意志には逆らえないもんだからな。だから、あいつには杖を渡すよ。まあ、その前に素直に神界に来てくれる奴だといいんだがな」
「そうなんですか。ヘルメス様の大事な杖を……。それを先に言ってくだされば、余計な心配をしなかったものを」
「心配ねぇ……」
ヘルメスは、口端をあげて、テミスの神殿を後にした。
◇