15章
◇
「あぁ、本当に美しいな……。演奏なら、ここですればよかったかな」
よく手入れが行き届いている花園に案内され、アポロンはそう感想をもらした。
「まあ、ありがとうございます」
三女神が、手を取り合って喜んだ。
「でも、オリンポスの美しさには、かなわないでしょうねぇ……」
デュケが、みたことのないオリンポスの風景へと思いを馳せた。
オリンポスは、神界の中でも中心的な場所で、全能の神ゼウスをはじめとする十二の神殿が点在している。その十二神以外なら、あこがれる地だ。
特に他の神が立ち入ることができないわけではないが、その十二神との用事がない限り、不用意に訪れるのは不敬とされている。
「いや。あそこにも花は沢山あるが、乱れ咲きに近いな。こうやって綺麗に手入れされているほうがずっといい。貴方たちもね……」
アポロンが甘い視線を三女神たちに向けた。
「まあ……」
三女神たちは、お互いを見合いながら、口元を覆って笑いをこらえているようなそぶりを見せた。
「ヘルメス様の言うとおりね」
「あいつの?」
「えぇ。実は、ヘルメス様にも、ここを案内しましたの。そしたら……」
デュケはそこまで言って口ごもってしまい、なぜか楽しそうに笑いをかみころしている。
「もう、デュケったら。最後まできちんと言わないと、失礼でしょう」
エイレネポスが、叱咤しながら後を続けた。
「ヘルメス様が、この状況なら、アポロン様がこう言うだろうって……。さっき言われたのが、まさにその通りだったので、おかしくって……ごめんなさい……」
エイレネポスも、とうとう笑いだした。
アポロンは、軽く唇をかんだ。
全く、性格を見抜かれているとやっかいだ。
それにしても。
ヘルメスからここに来るようにとは言われていない。
それどころか、あいつには内緒で来たのに、どうしてここに来ることがわかったのだろうか。泉に居た時に、催眠暗示でもかけられたのか。
そんなことする奴じゃないから、大方予想がついたのだろう。私が、どうやって口説くかも含めて……。
つくづく、嫌な奴だ。
「さすがヘルメス様よね。でも、アポロン様。うわさ通り、本当に美しい方ですわね」
「そうか。ありがとう」
エイレネポスに言われて、笑顔を向けるが、内心ではまだヘルメスに向けての悪口雑言が続いていた。
「それで、あいつは他に何か言って……。いや、それよりも、私がここへ来ると言ってたのですね?」
「えぇ。あいつのことだから、来るだろうって」
「未来観の能力なんかないのに、ずばり当てるなんて、つくづく縁を切りたくなるな」
その言葉に、三女神が華やかに笑った。
「まあ、ああいう奴だからな。……ところで、あいつは全部聞いていったのかな?」
ヘルメスとて、ガイアと直に話したのではないだろう。ならば、テミスが全てを伝えたかどうかだ。事によっては、ヘルメスは、全貌を知らないまま、使いだけをやってる可能性がある。
「そうね……。聞きだされてしまいましたわ」
「聞きだされた?」
「えぇ。私たちから」
「君たちから? ガイア様の令の全てを知っているのですか?」
「アポロン様。それは失礼ですわ。仮にも、私たちだって刻の神の一員です。ガイア様と、お母様の令の時に、私たちも居ました」
「あぁ……これは大変失礼した」
アポロンは、三女神に深く頭を下げた。
「そんな。頭をお上げくださいませ」
エイレネポスが優しく言って続けた。
「お母様は、ヘルメス様に、あの娘を連れてくるように伝えただけですの。でも、いつの間にか、私たち、その先の流れを話してしまって……」
三女神は、その時のことを思い出してか、困惑顔だ。どうして話してしまったのかしら、とささやき合っている。
ヘルメスなら容易なことだ。話術で、誘導尋問さながらに、聞きたいことを見事聞き出す。しかも、途中でそれを気づかせない。
本人にとっては便利な能力だが、周りは。特に、アポロンには大迷惑だ。
「あぁ、そうそう危うく忘れるところでしたわ」
デュケがアポロンの方を向いた。
「ヘルメス様からの伝言。お伝えしなくては」
「伝言?」
「えぇ。アポロン様。ヘルメス様から、こちらを預かっております」
三女神が手を取り合うと、そこから白い鳩が出現し、話だした。ヘルメスの声だ。
『アポロン。わざわざ手間をかけさせたな。で、手間ついでで悪いが、陽が二度沈んだ後の昼間に、アテナの神殿に居てくれ。アテナもそこにとどめておいて欲しい。あの娘を連れてくるから、お前たち以外入らないようにしておいてほしいんだ。それから、これ以上関わらないでくれ。アテナにも同様に。刻がくれば、話さずとも判るはずだ。頼む』
随分真摯な声だった。いや。声ごときでヘルメスを信用してはならないが、ガイアが背後にいるとわかってからのこの伝言は、もう軽い雑用でないのは明白だ。
「頼む……か。仕方ないな」
しかし、本当に手間をかけさせてくれる。この私に、小間使いのような用事を押し付けるのは、ヘルメスくらいだろう。
「アポロン様。私たちがお伝えすることは、これくらいです。それから、これは母の頼みですが……。アポロン様は、未来観のお力もお持ちでらっしゃいますよね?」
「あぁ……。専門ではないがな。で、それを、使うな、と?」
「さすが、聡明でいらっしゃいます」
「わかった。約束しよう」
「ありがとうございます」
三女神は、姿勢正しく頭を下げた。
娘たちの白い衣が、涼しい風になびいた。
神々は、花の香りと、竪琴の音を互いの土産として、別れた。
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