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14章

    ◇



 アポロンは、クリスとヘルメスが市場から姿を消したのを見届けて、ある神殿へ来ていた。

「主がお会いになるそうです」

「ありがとう」

 案内の女官について行って、暗い神殿内を進む。光があるのは、女官の歩む先だけだ。人の肩幅ほどしかない光筋が、ずっと続いている。

 冥界の神殿ではないのに、なぜここまで光を遮断する必要があるのだろうかと、アポロンは首をかしげる。


 ここは、刻を司るテミスの神殿。

 アポロンはその主に会いに来たのだった。


「こちらです」


 女官がつきあたりの扉らしきものを開け、中へ案内した。


「テミス様。お連れしました」


 通された部屋には、幾分か明るさがあった。

だが、太陽を守護するアポロンからみれば、暗いとしか感想がもてない。

 更に、その広々とした空間には、調度品というものが一切ない。殺風景な様子が、かえって暗さを引き立てているようにもみえる。

 アポロンには、薄寒くさえ感じる。今度来ることがあれば、自分の調度品をわけてやろうと思うくらいだ。

 アポロンの神殿には、置き場を迷うほどに、金、銀、その他色とりどりの宝石や、壷などの飾りものがある。ヘルメスに、統一感がないとか、悪趣味だとかさんざんののしられてはいるが。

 その口うるさい奴のために、アポロンはわざわざ初めての場所へ足を運んだのだった。


「どうぞ、遠慮なさらずに」


 芯の通った声が、アポロンを呼んだ。


「では」


 アポロンは動じることなく、玉座の下まで進みでて、膝をついた。


「アポロン様。あなたさまは、オリンポスの神。私にそのような礼は不要です」

「そうおっしゃらずに。私があなた様の神殿にいきなりお邪魔しているのですから、こうするのは当然です」

「恐れ入ります」


 その声をきいて、アポロンは顔をあげた。

 刻を司るテミスは、茶色の髪をまとめあげて、質素な薄青い色の衣をまとっている。しっかり者の母をおもわせる風貌だ。

 座っている所も、玉座とは呼べるものではない。おそらく、白木でできているだろう。

そんな椅子だった。

 テミスは静かに立った。

 そして、同じ最上段でテミスと同じような椅子に腰かけていた三人の女性も、静かに立ち上がった。


「紹介が遅れました。私がテミスです」

「こちらこそ、突然の訪問、失礼しております。アポロンです」


 アポロンは立ち姿勢で、右腕を胸元にあて、頭を下げた。


「アポロン様。この者は、私の娘たちです」


 母からそう紹介され、娘たちは順に頭をさげながら自己紹介した。


「(調和)を司る、エウノミアです」

「(正義)を司ります、デュケです」

「(平和)を保ちます、エイレネポスです」


 三女神は最後にもう一度そろって頭を下げた。


「娘たちは、私の補佐をしています」

「そうですか」


 三神は似た容姿で、同じ髪型、茶色の髪をしていた。瞳の色だけが、それぞれ違う。


「それで、アポロン様。御用とは?」

「あぁ。ヘルメスの今回の令についてですが、貴方さまの令だとお聞きしましたので」

「そうです。誰に聞きましたか?」

「本人です」

「ヘルメス殿が? あの方は、そう口外される方だとは思えませんが」

「私の方から聞きだしたのです。……もちろん、他言無用は承知しております」

「そうですか。それで、ここまでお越しになられて、何を要求されますか?」

「ヘルメスの令を、解くことはできますか?」

「なぜです?」

「……どうも、あいつは今回無理に引き受けたというか……。受けてはいけない役目だったのではないかと……。その、上手く説明できなくて申し訳ないのですが、あの娘、送ってはいけないのではないかという気がしまして……」


 アポロン自身も、自分で何を言ってるのかわからなかった。どうしてこんなに嫌な予感がするのかも、自己分析できない。


「アポロン様。ヘルメス様は、私の令だということ以外、話してないのですね?」

「はい。あの娘が、神界で我々の絵を描くとしか」

「そうですね。細かいことはともかくとして、そのような事です。そして、ヘルメス様は誓約をして、令を受けました。すでに娘と接触もしています。当然、それにしたがって刻も流れています。これはもう取り消すことはできません。ヘルメス様は、密令を守って、あなた様にお話しなかったようですが、これはガイア様が私に令をだし、私がヘルメス様に伝令をしたのです。ヘルメス様も、覚悟の上で受けられたはずです」

「ガイア様からの……」


 その名を聞いて、アポロンは思わず両手を握りこんだ。

 知らなかった。ヘルメスが、そんなに大きな令を受けたとは……。だから、いつものヘルメスにない、違和感があったのか。

 ヘルメスは、これまでだって、数え切れないほど使者をこなしていた。それは、死者を冥界へ案内するという、毎日あることや、神から神への贈り物の使いとかいろいろだ。

 そして、人間界に降りては、やり手の商人を口で負かせたり、ひもじいゆえに食べ物を盗んでしまった子供の庇護など、小さなことから大きなことまでやっていた。

 アポロンがその全ての行動を知っているわけではないが、今回の令ほど大きなものはなかったはずだ。

 アポロンとて、人間の生活に影響を与えるようなことをしてきたこともあるし、個人に神罰を与えることも多々あった。

 自分でさえ、その程度だ。


今回、ヘルメスは直接でないにしろ、ガイア様からの令で動いている。

 ガイアは天地創造の神。神を生んだ神なのだ。

 ガイアは遥か昔に実体をなくしている。だが、全ての世界を造りあげたガイアの意思は未だに残っている。

 その意思は、どの神でも受けられる。だが、一方的に命令され、拒否ができないという強力なものだ。


 滅多に令を下さないガイアの意思。

 それはその存在をかけた令だからだ。


 一人の人間の命がどうこうなどとは比べものにならない。下手に逆らえば、どんな神でも消される。

 今回の令は、テミスに託されたということは、刻に関することのようだ。

 その流れに必要とされる人間――クリスの、神界までの案内を、ヘルメスに託したというわけだ。


「わかりましたか、アポロン様」


 テミスは、念を押すように言う。


「はい……ですが、ヘルメスは……いえ、失礼しました……」


 アポロンは、ガイアの名を耳にして、もう何も言えなくなった。


「アポロン様がが、ヘルメス様の荷を降ろしてさしあげたいのはわかります。ですが、このガイア様の令はこちらに案内をするまで。長くても、あの娘が天寿を全うするまで。私たちにとっては、たいした時間ではありません」


 冴えない顔のアポロンに向かって、テミスは言葉をつむぐ。


「そうですね……」


 そうなのだ。長くても、たった数十年のこと。

 だが、それだけでないのは、テミスも判っているはず。ガイアという名がでてきた瞬間に。言えないのか。聞いてないのか。


 あの娘がこちらに来たら、きっと何かが大きく変わるはず……。

 アポロンの勘が自分にささやく。

 テミスが知っているなら、ヘルメスも知っているはず。

 聞けば、教えてくれるのだろうか……。

 沈黙したまま立つアポロンに、テミスが何か言いかけようとしたのに気づいて、アポロンは顔をあげた。


「どうも、お騒がせしました」

「いいえ。こちらこそわざわざお越しいただきまして光栄です。私どものところにはあまり来客がありませんので、大したおもてなしはできなくて、申し訳ありません」

「とんでもないです。突然お邪魔したのは私です。お手数をおかけいたしました。お詫びに、一つ曲を置いていきましょう。よろしいですか?」

「まあ、それはそれは。音楽の神の音を拝聴いただけるとは光栄です。では、私たちの娘を席にはべらせましょう」

「はい、ありがとうございます」


 軽く頭を下げ、懐から竪琴を出現させているうちに、辺りの景色が一変した。

 陽光につつまれているくらいに明るさが増し、沢山の果物とともに酒席が用意された。

 娘たちの衣装もがらりと変わって美しさが増し、先ほどまでにこりともしなかった顔が、優しく微笑んだ。

 テミスが座から降りてくるのを見て、アポロンは一礼をして、指先を滑らかに輝かせはじめた。

 娘たちはうっとりと聞き惚れ、テミスも穏やかな表情をしている。


「すてきねぇ……」


 娘たちは、水の流れのような演奏の余韻を、甘いため息とともに楽しんだ。

 テミスが、深く頭を下げた。


「ありがとうございました。私はこれで失礼いたします。もし、アポロン様の時が許すなら、娘たちにオリンポスの話でもしてやっていただけませんか?」


 母の言葉に、娘たちの目が輝いた。


「はい、喜んで」


 アポロンは穏やかに請け負った。そして、テミスが姿を消すと、娘たちは互いに視線を交わした。  

「ねえ、アポロン様。場所を変えませんか?」


 エウノミアが、さっきとはまるで違う、陽気で甘い声で話かけてきた。


「どこか案内してくれるのかい?」


 アポロンも、こういった誘いには慣れたものである。


「えぇ。私たちのお気にいりの場所。美しい庭がございますの」

「そうかい。では、案内を頼む」


 アポロンがそう言うと、エウノミアがそっとその手をとり、皆そこから移動した。































































































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