書斎
拙者、姓は鈴木、名は光司。
母が良い作家になるようにと願いつけた名前だそうだ。
母の願い通りに作家となってみて10年。
今さら転職するのもなかなか勇気がいるものだ。
人生やり直そうと思いしも、バツ1子持ちの男だとなかなか難しいことが多い。
愛娘の名は美鈴。
今は15歳の中学3年生。
受験を控えた大事な時期である。
拙者の為にと思い、是が非でも公立高校に受かろうとしているらしく部屋で猛勉強中だ。
泣けてくるものである。
成績は学年でも指折り。
公立高校の特待生も狙えそうだと娘の担任の坂本に言われた。
そやつは全くもって信用できないのであるが。
部活はソフトテニス部をやっているらしい。
ユニフォームがとてもいやらしく、拙者でさえ……。
いやいや、拙者決して15の娘に欲情することなどないぞ!
だが、けしからん。
隣家に住んでおる高田の長男が美鈴と怪しい関係だとか。
確か写真部の部長だそうだな。
これはけしからん。
顔はなかなかの美男子だそうだが、娘はやれん。
しかし最近、高田のとこの老いぼれが亡くなったそうだな、残念だ。
火事が原因だったそうだが、火が広がる前に消されたのが幸いだ。
拙者は、消防車が来る前に火が消えているのを見た。
アレは、人間ではない何物かによる仕業であろう。
思えば16年前、拙者の妻であり娘のただ1人の母である大門寺鈴子と出会ったのが人生の狂い目であった。
当時拙者は20歳。
成人になったばかりでとても平凡な男であった。
苗字がそれを物語る。
妻だった大門寺鈴子は15歳。
中学生であった。
キッカケは覚えてないが、出会って恋に落ち、付き合ったのだ。
それから1年の間に数回のデートを重ね、そしてとうとう禁忌を犯してしまった。
15の幼子であった鈴子とイケない行為をしてしまい運悪く鈴子は妊娠した。
そうして生まれた子供が美鈴である。
こうなってしまったからにはやけだ。
翌年、拙者と鈴子は結婚した。
世でいう、できちゃった結婚というやつだ。
15といえば立派な大人だと思ったが時候錯誤だ。
拙者は生まれてきた時代が遅すぎたらしい。
鈴子は二十歳になった時に離婚を要求した。
拙者は断った。
1人の女を愛しつづけるのが男の生き方なのだと思い、そう言った。
どうやら鈴子には大学のサークルで好きな男ができたらしい。
その歳で不倫に走ったのだ。
拙者キョトン気味である。(魔邪)
多額の慰謝料を要求され、結局、離婚した。
あれだけの金を渡したのだからまともな仕事をしなくても暮らしていけるだろう。
拙者の家はとても裕福だったため、金には困らず今まで過ごしてきた具合である。
それにしても、美鈴が鈴子みたいな女にならないか不安でならない。
顔は鈴子の血を受け継いでいるだけあって美人なのだが、拙者としては男に寄りつかれては困るのである。
言えた口ではないが、中学生(思春期)の娘を持つと不安になるものだ。
今、鈴子はどうしているだろう。
どこか頭を打っているのか、おかしな部分があるから心配である。
拙者、昔の女は忘れられないらしい。
……ふと、鈴子のことを小説にしてみたらどうだろうと思ったがやめておくことにした。
光司は箱に詰めておいた日本酒のビンを取りだし、一気に飲み干した。
書斎に篭もることが多いので普段から置いている。
一気飲みでカァっとなったところ、書斎に近づく足音が聞こえてきた。
「お父さぁ〜ん?」
拙者は、昨夜のうちに仕上げたくだらない短編の原稿を、娘に読ませることを考えた。
“地図”
その地図には、何かが足りないような気がした。
決定的な何かが。
あと少しで分かりそうなのにな……。
そう思っても、分からないものは分からない。
俺は、コーヒーの入れてあるカップを手に取り、口に含んだ。
「あちっ」
しまった、冷ますのを忘れていた!
そのコーヒーはカップの上で沸騰していたのだった。
ぷくぷくと泡ができ、膨らんでは弾ける。
それは官能的な表現でいうと乳房のようだ。
咄嗟の判断でコーヒーカップに地図を突っ込んだ。
その瞬間
!!!
地図は光を放った。
ボッという音と共に、燃え出したのだった。
これはこれで良かったのだろう。
砂糖でできた地図は見事にコーヒーに溶け込んだ。
そして……
光の通らない、真っ暗な世界の上で、ロウソクの炎がユラユラ燃え盛っていた。
“誕生日”
ケーキには、ロウソクが挿してあった。
それも、砂糖のロウソク。
だったら……と思い、火のついたロウソクをパクりと飲み込んだ。
その本数、実に15本。
口の中で、色々なものが溶けていくのが分かった。
グチャグチャに、ドロドロに、俺を溶かしていく……。
“歯医者”
「これは溶けてますねぇ」
と、歯医者のじじいが言った。
どうやら俺は虫歯のようだ。
やれやれだぜ。
また歯医者の言うこと聞かなくちゃいけないのかと思うと、辛くなる。
「糖分の取り過ぎですよ。気を付けてください」
そう、一言、医者は言った。
“誘惑”
極力、甘い誘惑は避けるようにしていた。
なぜだろう。誘惑は緩和されていく。
辛さを味わい、俺はまた強くなっていく。
中和され、どうでもいい男になったのだろうか。
平凡な、甘くも苦くも辛くもない男に。
娘の感想はこうだった。
「ちょっと、意味がわからない」
拙者はショックでぶっ倒れそうになった。
しかしこれが拙者の生きる道なのだからしょうがない。
仕事とは、ときに厳しい。
人生とは、何かに仕える事なのである。
つまり、人生とは仕事なのだ。
無理に幸せを求めることはない。
拙者たちは、生かされている。
今も、何者かによって、作り上げられているのであろう。