第二章 1
黄ばみがかった白い天井が映る。自分が寝ているのだと気付く迄に数秒かかった。何故横たわっているのか、の答えを見つけようと記憶を一つずつ今に近づけていく。
まず浮かんだのは、東京から転校してきたこと。そして、学校が合わなくて、だけど予備校では友達ができて。
柏木と付き合うようになってそれから…………。夏期講習、デート、浴衣、と連想していく単語が夏祭りに着いた瞬間、沸き上がる感情に美希は戸惑った。
数拍遅れて、どこかもやがかかっていたように曖昧だった記憶が、鮮明に浮かびだす。
記憶に急かされるように慌てて起き上がり、傷口を確認しようとした美希の動きが、胸までかかっていた薄っぺらい布団を剥いだところで固まった。終業式以来、見たくもないとクローゼットに押し込んでいた制服が、美希を包んでいた。
その驚きに軽く放心しつつも、目を覚ましてからずっと痛む事のない腹部に違和感が募り、急いで制服の裾を胸元までたくしあげる。
「えっ……」
感覚が正しかったのだと主張する、傷のない腹を見て、無意識に声が漏れた。一つを確信すれば、今、美希を取り巻くもの全てがおかしいと気付く。
誰もいない病室。さっきまで見上げていた天井には蛍光灯ではなく、白熱電灯が吊り下がっていて、テレビも、ベッド脇にあるであろうナースコールのボタンもない。
田舎だとか病院の規模の話で片づけられない程に古めかしいこの場所に、困惑は深まるばかりだった。
ここは一体どこで、家族は別の場所にいるのかどうか。あの時確かに感じた血の感触と痛みの原因がさっぱりと消えているのはなぜか。
そして何より、人を刺しておきながら笑っていた夏目と、美希の傍らにいた柏木はどうしているのか、が気がかりでならなかった。
立ち上がってもう一度辺りを見渡して見れば、美希が寝ていた以外に3床のベッドが並んでいた。仕切りのカーテンもなく一例に並ぶベッドの、一番窓に近いところで寝ていたようで、塗装が剥がれ木目が垣間見える扉よりも、距離が近い。
これからどうするにしても、ここがどこであるかを理解しない事には、仕様がない。まずここが何階であるのかも分からないのだから、むやみに歩きまわるより外の景色をみて拾えるだけの情報を集めようと、木枠の磨りガラスに向かって歩き出した。
歩き出せば痛むかと思っていた腹部は、変わらず痛みもない。恐る恐る踏み出していた歩調を速めれば、手を伸ばせば窓に触れられるところまではあっという間だった。
引き戸になっている窓枠を左へずらそうとするものの、木同士が擦れる音がするのみで動かない。
軽く息を吸った美希が、歯を食いしばり力一杯開けようと試みようとした時。
何かが強い光を放った。
眩い光に、伸ばしていた腕を顔の前で交差させる。
おびただしい光量にきつく閉じた瞳を再び開けようかというところで、今度は開いていない筈の窓枠から焼け焦げるような熱さの熱風に襲われて、美希の身体は砕かれたガラス片と共に、数メートル吹き飛ばされた。
全身の皮膚が溶けていくのではないかと思える熱さに、倒れた美希がのたうちまわる。何一つ、何一つとして状況がはっきりしない中、ただ分かるのは、自分の身体を襲う痛みと熱さのみ。
少しでも窓から遠い場所へと、這って移動を試みた美希の目にまず自分の腕が映った。冷静など保っていられない程の痛みでも、いや、痛み故に、先ほどから幾度と経験をした違和感がまた、膨れ上がっていく。
美希の腕も、半袖の制服も、何事もなかったとでも主張するように、火傷のあともなく、制服に汚れも見当たらなかった。
この事を自覚すれば、美希が耐えていた痛みは、嘘のように消えていく。それでも、美希にはすぐに起き上がる力など残ってはいなかった。




