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第一章 4

 打って変わった軽い足取りで戻っていくと、まず、ホッとした表情をする柏木が映り、美希は笑いそうになってしまう。そんな美希をみた柏木が、今度は拗ねたように心持ち唇を尖らせれば、声には出さなかったもののくっきりと口角は上がってしまった。


 「若槻さん、今日ね」


 無言で交わされていた美希と柏木のやりとりを壊す、柔らかく品すら感じる声。学校で三つ編みにしていた名残で緩くウェーブが残っている、艶のある長い黒髪が揺れて、美希の席に座っていたクラスメイトの顔が後ろに立つ美希の方へと向けられる。

 席立たないんだ、という台詞は喉の奥にしまい、美希は何も言わずただ、相手の続きを待っていた。


 「今日、合唱部の壮行会と保護者の懇親会があって、毎年、それが終わったあとに、駅前のファミレスで2次会みたいなノリでお母さん同士で集まってるの。だから……」


 「私がよく授業のあとに、あのファミレス使ってるから、今日は行かない方がいいって事でしょ?ありがとう、夏目さん。心配してくれて」


 好きな男にアピールする為なら、いけ好かない女でも利用する。

 もし美希が、夏目に冷たい反応をしていたならば、それを盾に周りの取り巻きと美希を悪者に仕立て、より美希を孤独へと追い込む。

 そうじゃなかった場合も、美希の口から感謝でも出れば、間違いなく柏木の夏目への評価はあがるだろう。そう踏んでの行動であるという結論に達してしまえば、益々募る嫌悪感。 ただそれも、理屈なのか勘なのかよく分からないけれど、柏木は見切っているのだろう。夏目の隣、美希を取り囲む視線の一番外側から、全ての顔を視界に収めていた。


 おつかいも重なっていたからと、夏目のありがたい忠告を受け入れた美希。藍や遥のむくれた顔に後ろ髪をひかれつつも、頭には卵の文字を放り込み、一人教室を出る。廊下では、これから帰るだろうグループがいくつか固まっていて、その中に夏目達もいた。


 周りに誰もいない美希の姿に、嬉しそうに歪められた顔が気持ち悪い。

 この場所と、蒸し暑い外の不快指数なんて比べるまでもなく前者が高いと、歩くスピードを上げた美希の後ろで、美希よりもピッチの早い足音がした。


 「ほら、またそうやって」

 

 真横に気配を感じた時には、苦笑混じりの声も届く。


 「今日は真っ直ぐ帰るよ、私」


 夏目とのやりとりを聞いていた柏木が横に並んで歩く理由が見えず、その答えを急かすように美希より頭一つ分高い位置にある柏木の顔へ視線をずらした。


 「うん、知ってる。俺も真っ直ぐ帰るから一緒に行こうと思って。家近所だし」


 「……そっか」


 断る理由も、断りたいという気持ちもないけれど、ありがとうというのも何か変だと迷っている間に、美希の口から零れたのは、素っ気ない相槌。ただ、柏木はそんな事を気にしてないといった様子で、外の空気の暑さに「あちい」と当たり前の呟きを落とす。


 最寄り駅まで同じなのは、美希と柏木と里中の3人だが、他の3人も路線は同じなので、普段は帰り道も騒がしい。いつもよりやや速く足を進めて、お互いが口をつぐむ時間があっても気まずさなど存在しなかった。


 「皆といると、いつも賑やかだから、ちょっと変な感じするね」


 「あー、確かに。藍と里中なんていつでもうるさいもんな」


 「でもそれがさ、いつの間にか当たり前になってて。嬉しいけど、不安でもあるかな」


 思わず吐露してしまった本音。


 それを誤魔化す為、行こうとしていたスーパーではなく、駅前のコンビニに駆け込もうとした美希の腕は、柏木にしっかりと捕えられていた。


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