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第三章 2

 「終わったら呼んであげるから、ちょっと部屋で待ってなさい」


 強引に話を進めていく祖母に、柏木も美希も何も言えず、気付けば美希は居間に通され、柏木は自分の部屋へと離ればなれになってしまった。

 交際を反対されるのだろうか、と一気に押し寄せる不安。そんな不安を見抜いたのか、お茶を持ってきた柏木の祖母は、先ほどと同じ優しい笑顔で美希の反対側に座った。


 「まさか、雅人の彼女だったとはねえ。あっ、まだ名前を言ってなかったわね。柏木妙子です」


 まるで美希を見知っているような口ぶりの妙子に、美希は思わず首を傾げてしまう。


 「あの、私、妙子さんとお会いした事あったのでしょうか?」


 思ったままの疑問にすぐ返事はなく、その代わりに、居間の隅にある箪笥から何かを出した妙子が、それを机の上に置き、美希に差し出した。


 「えっ?これって」


 置かれたのは、随分と年数が経っているだろうセーラー服のタイ。美希と同じ学校のものであるのは柄からも明らかだった。


 「あの時、足は痛くてでも誰も助けにこなくて。もう死んでしまうって幼心に思ったわ」


 妙子のいうあの時に関して、一切の説明はされていないけれど、もう美希にはあの時がいつなのか、確信に近い思いがあった。


 「雨まで降りだして、しかもその雨は様子がおかしいし、出血のせいかどんどん意識が無くなっていきそうになる中で、急に、何かに包まれている感覚がして。そしたら、私を抱きしめながら、見たことない髪の色をした女の人が、必死になって私の助けを呼んで、降ってる雨の危険を教えてくれてた」


 「それじゃあ、妙子さんが……」


 「そうよ、あの後すぐに女の人は消えたけれど、村の人が助けにきてくれたの。もう今にも息絶えそうな私の姉が、私があそこにいる、この雨は危険だから濡れないようにしろって、女神様が言ってるって、そう教えてくれた」


 夢だったのだと強引に閉じ込めてきた事が、そうではなかった。本当は、あの中で結局何もできなかった自分が悔しくてみじめで、夢だと思いたかっただけなのだと、溢れる涙と共に気付く。


 「私、ずっと気になってたんです。妙子さんの事。あんなに苦しんでるのに、何もしてあげられなくって。それなのに、気付いたら元に戻ってて」


「何もしてないなんて事ないわ、美希さん。私はあなたのおかげで助かった。あなたの声で、あの雨に長時間身体を打たれる事もなかった。いくつか病気もしたけれど、こうして元気にいるのは、間違いなくあなたのおかげよ。美希さん、本当にありがとう」


 「ありがとうは、私の台詞です。妙子さんが元気でいてくれなかったら、私は雅人君と出会えませんでした。彼は、こっちに越してきて誰とも仲よくできなかった私に初めて話しかけてくれたんです。妙子さんに似て、とっても優しくて、心の温かい人だと思います」


 涙を拭う事なく、それでも顔をあげて笑った美希に、妙子も微笑みを返す。


 「そろそろ雅人に返してあげないと、拗ねるわね。話を聞いてもらえて、あなたに直接ありがとうを言えてよかった」


 「いいえ、私こそ、妙子さんに会えてよかったです。もしよかったら、妙子さんには辛い話でしょうけど、戦争のお話もガールズトークもまたさせてもらえませんか?」


 「もちろん、私はいつでも歓迎よ。こんなおばあちゃんでよければ是非」


 肯定の言葉をもらい、美希は居間を出て柏木の待つ2階へと上がっていく。


 その足取りは、この場所へ越してきて一番軽やかで、美希の心情をよく表していた。





 完




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