邪神対決
二柱の邪神の決戦が始まる。
しかし、勝敗は明確だった。
灰炎は闇喰らいの元まで近づき、地面に降り立った。フェアな勝負をしてやろうと言う、邪神なりの配慮という奴だ。
「お優しいことだ、何でも燃やす脳筋邪神とは思えない」
「この俺を愚弄するとは良いご身分だ。お前は転生したてで、ろくに力も残っていないだろ? 邪神のよしみで見逃してやろうと思っていたのに......もう後戻りはさせないぞ」
灰炎は体に墨染色の炎を纏った。
闇喰らいは闇を手に集めて黒い球体を生み出し、それを一本の螺旋状の槍にして放った。
高速で放たれた闇の槍は灰炎に直撃するが、黒い炎に触れた瞬間に焼き尽くされ灰と化した。
「それが、全力か......?」
灰炎は闇喰らいを静かに睨んだ。
「そんなわけが、無いだろう」
闇喰らいは荒い息を吐いていて、その言葉がとても本当には聞こえなかった。
「勝てない勝負をするとは、愚かだな。だから貴様は勇者に敗北したのだ」
「それは、お互い様だろう?」
灰炎は冷めた顔つきで火球を生み出した。
「もう、終いだ。燃えて灰と帰せ」
人間一人を丸々包み込めるほどの巨大な墨染の炎が闇喰らいに迫り、そして、直撃した。
爆音と共に炎が爆ぜ、辺りに土煙が舞う。
闇喰らいに火球を防ぐ術など無い。
唯一残った邪神の同胞を焼き尽くし、イアズァールはつまらなさそうな顔つきでその場に背を向け立ち去ろうとした。
しかし、背後から声がした。
「この程度で、我が死んだとでも思ったか?」
灰炎は目を見開き、背後を振り返った。そこには傷一つ無い闇喰らいの神が立っていた。
傷一つ無い邪神は服についた土煙を叩いておとし、余裕の笑みを浮かべている。
「なぜ、防げた......今のお前には力など」
「簡単な話、我が"闇喰らい"だからだ」
闇喰らいの神の神性は文字通り、闇を喰らうこと。さきほどイアズァールが派手に暴れたお陰で、この街の住民達が感じる恐怖や絶望という闇が溢れ、彼の邪神はそれを喰らい強くなっている。
「この濃い闇の中ならば、前世の力を引き出せる」
イアズァールは楽しそうに笑った。
「はっはっは、やはりそうでなくては、面白くないよな!」
イアズァールの周囲に三十の墨染の火球が現れ、指をパチンと鳴らすと火球が一斉に闇喰らいめがけて降り注いだ。
その直後、触手のような闇が闇喰らいの足元から顕現し、全ての火球を防いだ。
邪神はお返しと言わんばかりに、闇の触手を切り離して螺旋の槍に変え、五十の黒い槍を同時に放った。
イアズァールはそれを全て燃やし、黒い炎のレーザーを放った。
闇喰らいのボロボロの囚人服は燃え尽き、全裸になりかける寸前、邪神の全身を闇が覆い、闇を黒い外套のように纏った。
邪神達の攻防により、街中に轟音が響き渡り、黒い炎と漆黒の闇が周囲のものを呑み込んでいく。
街の人々は二柱の邪神の大戦に恐怖し、それがかえって闇喰らいの神の力を強めていく。
天変地異の如き二つの黒はさらに大きくなっていき、人々は手を合わせて祈ることしか出来ない。
二柱は空中を飛び、灰色の空の下で、攻防を繰り広げる。
イアズァールは額に汗をかいていた。
「やはり、まだまだ本調子とはいかないな」
闇喰らいはそれを聞いてクスりと笑った。
「負け惜しみは見苦しいぞ」
イアズァールはその言葉に腹が立ち、空中で制止すると現状出せる最大火力の攻撃を仕掛けることにした。
天空に黒い太陽が顕現した。
その太陽の周りには十三の光輪があり、光輪の軌道上を緋色の炎が惑星のように廻っている。
まるで太陽系を模したような巨大な炎の塊が空間に歪みを生み、時の流れにすら干渉する。
「神性顕現 灰陽」
灰陽の周囲は局所的に太陽の表面温度と同じレベルの高音に包まれ、闇喰らいの肌が焼けていく。
イアズァールがパチリと指を鳴らした。
その音が聞こえると共に、空間全体に灰神楽が舞い、闇喰らいの腹に風穴が開いた。
闇喰らいは口から血を吹き出したが、腹に空いた穴は邪神の力で徐々に塞がっていく。
イアズァールは灰陽の領域内では時空間に干渉が可能であり、時の流れを一瞬だけ燃やすことで時を止めたのである。
「どうだ? お前の負け惜しみでも聞いてやろうか?」
イアズァールは先ほどの闇喰らいの発言を根に持ったのか、してやったという顔で笑った。
「ふっ、我は負け惜しみなどしない。なぜならば、我の敗北は存在しないからだ」
闇喰らいは未だに笑みを浮かべている。
イアズァールは時を止め、闇喰らいに対して五十の黒い爆炎を放ち、それが一斉に着弾した。
一瞬気を失った闇喰らいはそのまま落下を始めるが、落下途中に意識を取り戻して再び浮遊した。
闇喰らいの額から血が流れ、口元まで垂れた血を舌で舐めた。
闇喰らいは重度の火傷を負い、全身に痛みが襲った。
「......痛いな。前世の肉体では感じられない感覚だ。ああ、そうか、だから人間は痛みを避けようとするのか」
邪神は笑っていた。
「くだらんな、痛覚など遮断すればいいものを」
「ふふ、それではつまらないだろう?」
イアズァールに闇喰らいの発言が不思議で仕方がなかった。上位存在である自分達にとって、人間という下等種族を理解することは無価値だと彼は思っていたからだ。
しかし、闇喰らいは違う。人間を理解しようとしている。それがかえって不気味だった。
闇喰らいはイアズァールよりも少し高く、見下ろす位置まで浮遊した。
「それじゃあ、我もとっておきを出してやろう。安心しろ、痛く無いようにしてやる」
闇喰らいは人間には理解の出来ない神の言語で詠唱を始めた。赤い瞳が輝き、周囲の闇が渦を巻いて上空へと集まっていく。
空を覆い尽くすほどの黒い闇、それが空間に穴を開き、そこから一振りの剣が顕現した。
「神性顕現 無貌ノ魔剣」
その刀身は紫色の結晶で出来ており、結晶の面一つ一つに異界の絶望が映されている。
闇喰らいはその剣を握り、力を込めた。
透明な紫色の結晶の内部に黒い闇が発生し、剣を漆黒で塗りつぶした。
剣の周囲から紫色の稲妻に似た閃光がほど走り、邪神が剣を天高く掲げると、絶望の表情を浮かべた貌が蠢く漆黒の闇の柱が立ち昇った。
それに対応するため、イアズァールは灰陽の持つ熱エネルギーを全て凝縮し、一つの小さな火球へと変えた。
「いくぞ、灰炎」
「来い、闇喰らい!」
闇喰らいは剣を振り下ろし、それと同時に灰炎も超圧縮した熱線を放った。
全てを呑み込む黒が天空で激突する。
地上の人々はまるで世界の終末を見るような気持ちでこの戦いを見守った。
その激突により発生したエネルギーが空間にねじれを生み、二柱の周囲の世界が歪んで見えるほどだった。
大気は凄まじい旋風を巻き起こし、大地が震え、人々はさらに恐怖し、絶望する。
そして、それが闇喰らいの糧となる。
闇を喰らって出力が上がり続ける闇喰らいの前にイアズァールの渾身の一撃でも耐えきれず、闇喰らいの剣はイアズァールに直撃した。
剣の斬撃は空間に断層を生み出し、イアズァールとアリシアの魂を切り離した。それと共に炎が消え去り、同時に剣が砕けた。
器となっていたエルフの少女アリシアは無傷だった。邪神はアリシアをお姫様抱っこして地上へとゆっくり降りたった。
しかし、空はまだ灰色で、灰の雨は止まない。
邪神がアリシアを優しく揺さぶると、少女は目を覚ました。
しかし、少女の瞳は未だ黒かった。
再び黒い炎が少女を包み、周囲を焼き焦がす。
邪神は先程の一撃で、確かにイアズァールとアリシアを分離させた。しかし、イアズァールの残り火が彼女の心の中に残っていた──




