邪神、捕まる
これは、遠い昔のお話です。
かつて、この地エルデンシアの南方は六柱の善神によって統治され、北方は七柱の邪神によって支配されていました。
しかし、両者の力は拮抗しているわけではなく、邪神達の方が優勢で、次第にエルデンシアは邪神達の侵攻によって絶望と苦痛が広がっていきました。
そんな時、善神の最高神であったゼオルスにある予言が伝わりました。ゼオルスと人間の間に生まれた子がやがて邪神達の脅威を退け、この地に平和をもたらすだろう。という予言です。
ゼオルスは聖母イディアナとの間に子を成し、誕生した予言の子は勇者となって、世界の危機を救うべく、戦士、大賢者、聖女、そして一体の龍を引き連れて邪神討伐の旅へと出発しました。
勇者一行の快進撃は凄まじく、強大な邪神達を次々と打ち倒し、ついには邪神の最高神を倒してエルデンシアの地に平和をもたらしたのです。
これは、勇者一行に一番初めに倒され、後世に最弱の邪神と名を残した、【闇喰らいの神】グリード・ラテップの転生後の物語である。
◇◇◆◆◇◇
時は遡り、闇喰らいの神グリード・ラテップと勇者との戦いの時。
闇喰らいは、生ける闇が生物を模したような悍ましく冒涜的な姿をし、山のような巨体を持つ恐るべき邪神だった。
そんな邪神と、聖剣を持ち、精霊から加護を受けた、半人半神の勇者が三日三晩の死闘を繰り広げ、そして遂に、邪神は滅びる......
「ふははは! よく我を滅ぼせたものだ勇者よ、しかし、我は永久に不滅なのだ!」
闇喰らいの神は滅びる......その寸前、彼の邪神は【転生の禁呪】を発動させた。
そして時は現代、再び闇喰らいの神がエンデルシアに復活した。
「ふははは! 我は遂に蘇った! 待っていろ人間たち、再びこの地を大いなる闇で覆ってやろう!」
転生した邪神は誰もいない部屋で高らかに笑った。
邪神が復活したのは薄暗い貴族の屋敷の一室のような部屋で、部屋の中心には血で描かれた魔法陣があり、その上に邪神は立っていた。
その時、邪神は悪い予感がした。
自身の足元や腕の形、これは前世で頻繁に見た、自らが虐げ、弄んできた種族......
すぐそばにあった鏡で自分を見てみると、疑念は確信へと変わった。
転生した邪神の姿は人間の少女であり、白いつややかな肌に、黒い髪、血のように赤い瞳をした整った顔立ちの美少女である。
「人間になっているだとーーー!」
自身の姿に誇りを持っていた邪神からするとかなりのダメージであり、その上に前世で支配していた存在と同じ種族になったことは邪神にとって屈辱的なことであった。
「勇者に追い詰められていたとは言え、転生するならばせめて魔族か魔物が良かった......! とは言え、死体に乗り移るという制約付きではあったが、転生の禁呪をこの我が、成功させた!」
その時、一冊の本が邪神の目に入った。
その本の上には『邪神様へ』と書かれた一枚の紙が置かれていた。その紙を手に取り、裏にめくってみると、そこには複雑な魔法陣が描かれていた。
邪神はしばらくその魔法陣を眺めた。
「この魔法陣............見覚えのあるような......よくわからんな。しかし、この魔法陣を人間が造ったのだとすれば、その人間は神に近しい知恵を持っているだろうな」
そして紙の下にあった本を手に取ろうとしたその時、部屋に近づく複数の人間の気配がした。
人間が種の危機を感じ取って自分自身を討伐に来たと思った邪神は威厳のありそうなポーズをして迫ってくる人間達を待ち構えた。
そして、部屋の扉が勢いよく開き、部屋の中に数人の武装した騎士たちが入って来た。
周囲から騎士長と呼ばれている、目立つ鎧を着た男が叫んだ。
「見つけたぞ、エルダ・カーミラ! 稀代の大罪人め!」
「ふっ、そう、我こそが偉大なる邪し......ん? 待て、我が、何だって?」
「自分の罪も忘れたか! 国家反逆を企て戦争を起こそうとし、さらには聖女様の殺人未遂、国宝であった聖剣を盗み出し、さらには邪神の封印を解こうとした稀代の大罪人だろう!」
邪神は頭の中で思考を巡らせた。
自身が無自覚の罪。国家反逆、聖女の殺害未遂、etc......これはおそらく、邪神の転生先の人間が犯したことだ。
『......もしかして我、とんでもない人間に転生したのでは? 前世でもここまでの人間はなかなかいなかったぞ!?』
しかし、邪神は余裕の笑みを崩さない。
「......何がおかしい?」
騎士がこの状況で笑う邪神に対して尋ねた。
「ふっ、貴様らごとき矮小な人間が、この我に罪だなんだと言うのが滑稽だっただけだ」
「お前も人間だろ!」
「ふっ、以前はそうだったのだろう。しかし、今は違う! 見せてやろう。この我、闇喰らいの神グリード・ラテップの力の一端を!」
刹那、邪神の周囲の空気が震え、その場に針で刺されたような緊張が走る。
騎士たちは、眼前の少女よりも遥かに巨大な何かに睨まれているような錯覚に陥った。
黒い闇が邪神の周囲に渦巻くように集まり、螺旋状の槍のような形状へと変化する。
邪神の肉体である少女の赤い瞳が、黒い闇の中で光るように見え、二つの赤い目が闇に浮かんでいるようだった。
「お前は、本当に、人間なのか......?」騎士長が蒼白な顔で眼前の闇の中の少女に訊ねた。
「言ったであろう、我は邪神だと。さあ、永遠の暗闇の中で絶望するがいい!」
邪神は高らかな笑い声をあげ、闇の槍を騎士たちに向かって放った!
騎士たちは情けない声をあげて悲鳴を上げるが、騎士長は剣を向けて迎え撃つ構えをした。
闇の槍が騎士たちに高速で近づき、その場の誰もが死を覚悟した。
ポスっ。
闇の槍が騎士たちに衝突すると、柔らかい豆腐でも投げられたかのような小さな衝撃と共に、黒い槍が霧散した。
「......えっ?」
「......えっ?」
邪神も騎士たちも、唖然とした声を出した。
「なんだ、これはーーーーーー!」
邪神は威厳のない純粋に驚いた声を出した。
騎士たちは笑い、なんだ見掛け倒しかよと安堵の声を出した。
騎士長が合図し、邪神は騎士達にあっさり捕まった。
そして二人の騎士に腕を掴まれて拘束された状態で連行されていく。
「うおおお! 嘘だ! 我の攻撃があんな弱いはずない!」
「黙っていくぞ」
「どこに行くのだ?」
「牢だよ。まあ、どうせ死刑になるだろうがな」
「そ、そんな.....! 復活したばかりだと言うのに! 我は"まだ"何もやってない! 我は無実だーーー!」
そして無情にも邪神は連行され、速攻で裁判が行われた。
判決は死刑。三日後に広場で斬首となる。それまでの間、邪神は牢に入れられることになった。
鉄格子のついた石造りの牢の中。地面には藁が敷かれて寝床のようになっているが固くて眠れない。
牢は地下にあるため、月明かりすら見えず、周囲にはどす暗い闇が満ちている。
ここにはかつて何人もの大罪人が収容され、最後の結末を迎えるまでの日を過ごした。
その牢は迷宮のように広く、道を知らなければ一生彷徨い続け、入り口と出口は罪人のみを襲うように調教された魔物が守護している。
そしてさらに絶望的なのは囚人達がつけている手錠だ。それには魔法や魔術の発動を無効化する魔術が刻まれ、物理的に破壊するのも困難な強度を持つ特殊な金属で作られている。
その牢は【闇の底】と呼ばれ、罪人達の絶望が暗い地下牢の空間に満ちている。
「......まずい、このままでは復活してすぐに完全消滅した哀れな邪神となってしまう......一体、どうすれば......」
すると、目の前の牢屋から声がした。
「貴方、誰......?」
よく見れば、前方の牢の暗闇から青い瞳がこちらを覗いている。
闇を見通す目を持つ邪神にはその姿がハッキリと見えた。
宝石のような青い瞳に純白の髪、そしてシルクのような白い肌を持った、横に長く尖った耳が特徴のエルフ族の少女が牢獄の中に入れられていた。
邪神の処刑まで残り三日──




