第九話「広報誌発行」
「……待て。これのどこが『社内報』なんだ」
俺は玉座で、完成したばかりの冊子を手に、絶望で声を震わせていた。 目の前には、誇らしげに胸を張る四天王。特に広報・宣伝を司るリィナの瞳は、いつもより心なしかギラついて見える。
事の始まりは数日前。俺が「組織内の透明性を高め、魔物たちの士気を健全に維持するために、活動内容を共有する広報誌を作ろう」と提案したことだった。 目的はあくまで「今週の美味しい山菜採りポイント」とか「スケルトンのための関節オイルの塗り方」といった、平和でアットホームな情報共有。いわば、魔王城の社内報だ。
だが、差し出された第一号のタイトルはこうだった。
『創刊・魔王通信:慈悲深き独裁者――ユウヤ様が支配する新世界』
表紙を飾っているのは、ノクスの美肌スープのおかげで、もはや物理的な発光現象を起こしている俺の「ツヤツヤすぎる顔写真」だった。
「陛下、見て。……この神々しいまでの光沢。……これを見るだけで、下級悪魔たちは『陛下の血色が良くて安心した』と涙を流して生産性が三割向上した。……現在、城の印刷魔法陣はフル稼働。……増刷、追いいつかない」
リィナが淡々と、だが恐ろしい事実を報告してくる。
「写真、撮った覚えがないんだが……」
「……隠し撮り。……陛下、寝顔、最高。……ポスターにして、全村に配布。……寝ていても、監視されているという、安心感。……魔物たち、狂喜。」
「恐怖の間違いだろ!! 寝顔を晒される魔王のプライバシーはどうなってんだ!」
俺が叫ぶと、バルガスがガハハと豪快に笑いながらページを捲った。
「陛下! 中身も素晴らしい! 私が監修した『バルガスの武術講座』。……今月号のテーマは『陛下の働き方改革に基づいた、効率的な心臓の抜き方』です! 陛下が仰った『無駄な殺生は慎め』というお言葉を追求した結果、一撃で苦しませずに仕留める技術が洗練されました!」
「違う! 『戦うのをやめよう』って意味だったんだよ! 殺しのテクニックを磨くんじゃない!」
「そして、こちらが私の担当した『お悩み相談コーナー』です」
エルゼが眼鏡をクイッと押し上げ、冷徹な声で読み上げる。
質問:『最近、隣の村との生産競争に疲れてしまいました。どうすればいいですか?』
回答:『陛下は、努力せぬ者を視界に入れることすら嫌われます。疲れたという感情は、陛下への反逆と同義です。その日のうちに死ぬ気で働けば、心地よい疲労感と共に陛下への忠誠心が深まるでしょう。どうしても無理なら、ノクス主任に脳の再構築を依頼してください』
「エルゼ、お前……! 相談者を脅してどうするんだ! 『ゆっくり休んでね』って返してやれよ!」
「ええ、分かっております。……『永遠の安らぎを与えてやる』と、暗に示しているのですよ。なんと合理的な解決策でしょう」
俺は、ツヤツヤの顔を両手で覆った。 この広報誌が周辺の魔物の村々に配られたらどうなる? 「魔王様が自分たちを監視し、笑顔(ひきつった顔)で増産を促している」という最悪のイメージが定着するだけだ。
だが、現実はさらにその上を行っていた。
「……陛下。……周辺の村々から、投書。……『広報誌の表紙を家宝にしたい』『陛下のツヤツヤのお肌になりたい』『魔王様に搾取される喜びを、もっと広めてほしい』。……支持率、カンスト。……一部の魔物、陛下の顔を刺青に。……陛下、もう、アイドル。」
「やめろぉぉぉ!! 誰が魔王の顔を彫れって言ったんだよ! 宗教か! この国は宗教法人になっちまったのか!?」
俺が発狂していると、不意に、管制室のモニターが「異常事態」を知らせる赤い光を放った。
「……おや。……地下の『魔王の監獄』に変化が。……勇者一行、広報誌、読んでしまいました。」
「なっ……!?」
画面の中では、差し入れの食事(豪華だが精神にくる)と一緒に置いてあった広報誌を、クラリスたちが食い入るように読んでいた。
『……見て、ガラム。……魔王、こんなにツヤツヤの顔をして……。……もう、私たちの知っていたユウヤじゃないわ。……魔物たちに笑顔を振りまき、世界を自分色に染め上げることを、心から楽しんでいる……!』
『……クソッ! この「働き方改革」という言葉の裏にある、徹底的な洗脳……! 民衆を労働の快楽に沈め、反抗の意志すら奪う。……なんて恐ろしい奴だ。……奴は、本当の意味での「神」になろうとしているのか!』
ガラムが広報誌を握りしめ、震えている。 クラリスにいたっては、俺の「寝顔写真」を見て、 『……この寝顔。……私たちと一緒にいた頃と同じ、無防備な顔をしているのに……その内面は、世界を飲み込む深淵なのね。……ユウヤ、私……あなたのことが、分からなくなっちゃった……』 と、頬に一筋の涙を流していた。
(違う! それ、ただの無防備な寝顔なんだよ! 深淵なんて入ってないよ! 中身は「明日の朝ごはん何かな」くらいの空っぽだよ!)
俺の叫び(呪詛の咆哮)は、今日も空しく玉座の間に響き渡る。
「……陛下。……勇者たち、決意、固まった。……『魔王を討つ』ではなく、……『魔王の側近になって、この狂った世界を内側から監視する』。……クラリス、秘書官、志願。……採用、します?」
「ええっ!? 仲間に戻れるんじゃなくて、監視役として入社するのかよ!?」
「いい傾向ですね。……陛下に魅了された者が、自ら志願して軍に下る。……これぞ理想的な組織の拡大です」
エルゼが冷ややかに微笑み、一枚の契約書を差し出した。
『魔王秘書官:クラリス。主な業務――魔王の身辺警護、精神的ケア、および世界統治の補助。』
「……これ、俺がサインしたら、彼女もこの地獄のホワイト企業に巻き込まれるってことだろ……?」
「陛下。……彼女はもう、広報誌を見て『陛下に会わなければ』という強迫観念に囚われています。……逃がすよりも、近くに置く方が、安全かと。……あと、秘書になれば、美肌スープ、飲み放題。」
「……彼女までツヤツヤにしなくていいから!!」
俺は半泣きになりながら、かつての親友を「社員」として迎え入れるための書類に、魔力を込めた指印を叩きつけた。 これで仲間と再会できる。……はずなのに、なぜだろう。再会という言葉が、これほど不吉に聞こえるのは。
「……陛下、朗報です。広報誌の海外版を望む声が、近隣の人間諸国からも届いております」
「人間界にまで配るな!! 平和な国をパニックに陥れる気か!」
「……いえ、陛下の美肌に魅せられた美容業界の商人たちが、『その秘訣を教えてくれれば、領土を半分差し出す』と交渉に来ております。……経済侵略、加速、決定です。」
「……もう、死のう。……いや、死なせてくれないんだっけ、俺、管理者だから……」
俺は玉座の上で、後光が差すほどのツヤツヤ顔を絶望に歪ませた。 俺の目指した「ホワイト企業」は、ついに世界そのものを「魔王ブランド」で塗りつぶし始めたのである。




