第八話「異世界型働き方改革」
「……よし。まずは現状把握だ。組織の膿を出し、健全なホワイト企業へと作り変える。それが、俺の日本帰還への第一歩だ」
俺は玉座で、ノクスの美肌スープのおかげで、もはや後光が差しているレベルでツヤツヤになった顔を引き締め、四天王を招集した。 手元には、彼らが提出してきた「自慢の報告書」が山積みになっている。これまでは魔王の圧倒的な武力に頼り、力で奪うだけの野蛮な組織だった。だが、これからは違う。俺は「経営」をするんだ。
「……まずはバルガス。お前の軍事部門だ」
俺は分厚い羊皮紙を指先で弾いた。そこには「周辺の魔物の村からの食料徴収率150%達成」という血生臭い数字が並んでいる。
「これを見ろ。……『徴収』とあるが、実態はただの略奪だろ? 略奪はコンプライアンス違反、いや、人道……いや、魔道的に許されない。これからは、正当な対価を払って『貿易』をするんだ。力で奪うのは今日限りで禁止だ」
俺の「クリーンな経営」への切実な訴え。だが、バルガスの耳には、魔王特有の「冷徹な覇道」として響く。
「……ガハハ! なるほど、小銭を奪うようなケチな真似はよせ、と! 奪うのではなく、その土地の経済ごと支配下に置き、未来永劫、我らのために生産し続ける『属国』に変えろ……。陛下、なんという大局観! 略奪という『点』ではなく、統治という『面』での侵略ですな!」
「違う! 普通に買い物をしろって言ってるんだ! 商店街でネギを買うような感覚だ!」
俺の叫び(咆哮)が激しく玉座の間に響き渡る中、隣でエルゼが「さすが陛下、民草の生活水準まで掌握されるおつもりか」と感心の表情で手帳に羽ペンを走らせる。
『――【方針決定】力による略奪を禁じ、経済制裁と市場独占による「合法的な国家買収」へ移行。慈悲の名の下に、人類の自由を根こそぎ奪う。』
「……次だ。エルゼ。お前の内政部門。……この『不眠不休で働くスケルトン労働隊』ってなんだ。骨だからって休ませないのはブラックすぎるだろ。肉体がなかろうが精神的な疲弊はあるはずだ。週休二日制を導入しろ。あと、休憩時間にはちゃんとお茶を……いや、骨に茶は無意味か? とにかく休ませろ!」
「……なるほど。あえて休養を与え、その間に『魔王への感謝の儀式』を刷り込み、精神的な依存度を高める……。強制労働よりも効率的な『狂信的社畜』の育成ですね。承知いたしました。生産性が落ちぬよう、休日の間は陛下の威光を称えるプロパガンダ放送を流し続けましょう」
「そうじゃない! ホワイトな職場環境を作りたいだけなんだよ! プロパガンダとか不穏な言葉を使うな!」
俺の悲痛なツッコミを華麗にスルーして、最後に俺はリィナに向き直った。彼女はいつの間にか俺の膝元に音もなく座り、俺のローブの裾を弄っている。
「リィナ。お前の諜報部だ。……『勇者の生存者を監視、必要に応じて暗殺』はやめろ。これからは暗殺じゃなく、彼らの再就職支援……というか、平和な暮らしを守る『警備』に回るんだ。彼らが二度と剣を取る必要がないような、平和な世界を作るのが俺の仕事だ」
リィナは無表情のまま、一瞬だけ赤い瞳を大きく見開いた。
「……陛下。……再就職。……つまり、生かしたまま、我々の監視下で『一生、魔王軍の歯車』として、逃げ場を奪う。……殺すよりも、重い罰。……リィナ、了解。……勇者専用の『黄金の檻』を、世界中に建設する。彼らに一歩も外を歩かせない」
「……もうダメだ。こいつら、俺の言葉を全部『最悪の方向』に超訳しやがる……!」
俺が頭を抱えて項垂れていると、ノクスがカチカチャと多層ゴーグルを鳴らしながら、またしても「怪しげな紫色の液体が入った瓶」を差し出してきた。
「……く、くく……。陛下、お疲れのようですので、新作の『栄養ドリンク(※飲むと喜怒哀楽の感情が消失し、事務作業を二十四時間続けるマシーンになる劇薬)』を……。これを飲めば、どんな過酷な経営判断も、鼻歌混じりにこなせますよ……?」
「いらねーよ! それ飲むくらいなら普通に寝るわ! 水! 普通の水をくれ!!」
その時、管制室の特大魔導モニターに、地下室の様子が映し出された。 完全隔離され、外界から遮断された「魔王の監獄」の中で、精神的に極限まで追い詰められたクラリスがボソッと呟いた。
『……ねえ、ガラム。……さっきから、城の外がすごく静かじゃない? 略奪の悲鳴も、軍靴の音も聞こえないわ……。……魔王ユウヤは、もしかして、自分だけで私たちを完全に壊すために……世界から余計な争いを消し去ろうとしているの……?』
『……クソッ、なんて独占欲だ……。世界を平和にしてまで、俺たちをこの檻に釘付けにするつもりか……! 逃げ場をなくすために、世界そのものを書き換えているというのか!』
(頼むから、少しはいい方に解釈してくれよぉぉぉ!! 平和になったんだから喜んでくれよ!)
俺の「ホワイト化計画」は、一ミリの狂いもなく「人類を完璧に管理・支配する、史上最もクリーンで残酷な、逆らえないほど潤った暗黒帝国」への道を爆進し始めていた。
「……陛下。……周辺の村の村長たちが、陛下の『貿易(という名の経済侵略)』に感激し、『我らを陛下の一部にしてください』と、履歴書を持って門の前に集まっております。どうされますか?」
「……もう好きにしろよ……。俺はもう、何もしないのが一番いい気がしてきた……」
俺は玉座に深く沈み込んだ。 肌はかつてないほどツヤツヤだが、俺の心は、ボロボロに乾いた日本のコンビニの干し肉のようになっていた。
「……そうだ、エルゼ。……履歴書の中に、日本の『コンビニ店員』の経験者とか、いないかな」
「その『こんびに』というものがよく分かりませんが、必要であれば今すぐ人類生存圏から『ヘッドハンティング(物理)』して参りましょうか?」
「……もういい。本当に、もういいんだ」
俺は、一通の報告書をそっと閉じた。そこには、俺が「平和な村作り」を推奨した結果、魔物たちが熱狂して作り上げた「魔王様への献上用・黄金のスタジアム」の設計図が描かれていた。




