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第五話「安眠の果ては、地獄」

「……よし。ひとまず、みんなは無事なんだな」


俺は魔王城の地下、広大な「特別収容区画」の入り口で、深く長い溜息をついた。 さっき放った強力睡眠ガス『おやすみ・お花畑』の効果は絶大だった。担架に乗せられて運ばれていくクラリス、ガラム、ルナの三人は、泥のように眠っている。寝不足と疲労が限界だったのだろう、鼻提灯を出して眠るガラムの姿には、少しだけ元勇者時代の絆を感じて目頭が熱くなった。


「陛下、いつまでその『愛おしき獲物』を眺めておられるのですか。早く処遇を決めなければ、城の景観を損ねます。特にあの戦士の鼻提灯、魔王軍の威厳に関わります」


隣に立つ宰相エルゼが、事務手帳をパチンと閉じて冷たく言い放つ。 ここで重要なのは、城の連中には俺の声が「正しく」聞こえているということだ。だからこそ、俺がどれだけ必死に彼らを労わろうとしているか、エルゼたちは百も承知なのである。


「エルゼ、死体みたいに言うなよ。彼らは俺の……大事な仲間だったんだ。今は捕虜かもしれないけど、客として扱いたい。この城で一番豪華な部屋に運んでくれ。ふかふかのベッド、温かい食事、それから……あ、乾燥して肌が荒れないように加湿器も置いてやってくれ」


俺が切実に訴えると、エルゼは眼鏡の奥の瞳をスッと細め、確信犯的な笑みを浮かべた。


「承知いたしました。陛下。……『二度と立ち上がれぬほど過保護な絶望』を、ということでよろしいですね?」


「いや、普通に優しくしてって意味だよ!」


「ええ、分かっておりますとも。……ノクス、準備はできているな?」


俺の声が届いているはずの彼女は、あえてそれを「魔王らしい残酷な方針」へと強引に変換し、背後の影に声をかけた。 すると、ひょろりとした長身の男が、奇妙な機械音を立てながら現れた。白衣のようなローブを纏い、顔の半分を奇怪な多層ゴーグルで覆った男――四天王の一人、魔導研究主任のノクスだ。


「……く、くく……。陛下、ご安心を。……貴方のご要望通り、最高のおもてなし(精神解体環境)を整えました。……彼らが一生、この部屋から出たくないと……いや、外の世界が怖くて一歩も踏み出せなくなるような……至高の『ゲストルーム』です……」


「ノクス、お前まで……。いいか、普通の部屋でいいんだ。美味しいパンとスープ、それから安眠できる静かな環境を用意してやってくれ」


「……了解しました。……物理的な『安眠』と、精神的な『甘やかしによる堕落』……。……私の新作魔導具を使いましょう。……陛下に感謝。いい実験体になりそうです。」


ノクスは青白い顔を歪めて笑うと、眠っているクラリスたちの足を掴み、ズルズルと地下へ引きずっていった。


「待て! 引きずるな! 丁寧に運べって! あと新作魔導具って何だ!?」


「ガハハ! 陛下、あまり期待させないでください。我らも後で、その『至福の拷問』を見学させていただいてもよろしいかな?」


バルガスが期待に目を輝かせ、巨大な斧を研ぎ始める。 こいつら、俺の本音が聞こえているくせに、俺が「世界一の悪」を演じなければならない状況を全力で楽しんでいやがる……!


三十分後。 心配でたまらなくなった俺は、一人で地下の「ゲストルーム」を訪れた。 だが、そこに広がっていたのは、俺の想像を絶する「おもてなし」の光景だった。


「……陛下、見てください。……寝れば寝るほど、過去のトラウマを美化して再生する『追憶の枕』。……食べれば食べるほど、脳が快楽物質で溶ける『廃人スープ』。……そして、この部屋全体に流れるのは、陛下にインスパイアされた『超指向性・蚊の羽音(ASMR仕様)』。これぞ私の最高傑作…!」


「それ、拷問部屋じゃねーか!! むしろ前より悪化してんだろ!!」


ベッドに寝かされたクラリスは、眠っているはずなのに『ううっ……ユウヤ……また蚊が……あ、でも……お肉……お肉おいしい……』と、幸せそうなのに涙を流すという、極めて情緒不安定な寝顔を見せている。 ガラムに至っては、ノクスの開発した『自動マッサージ機(アイアンメイデン型)』に挟まれ、絶叫に近い呻き声を上げながら強制的に肩こりを解消されていた。


「陛下、ちょうど良いところに。……お客様、お目覚め。……今、挨拶、チャンス」


リィナに背中を押され、俺は恐る恐る、目を覚まし始めたクラリスの前に立った。 今度こそ、今度こそ誠意を伝えるんだ。 エルゼたちには俺の言葉が届いている。だったら、この「外」に向けて放たれる呪いの翻訳さえ、俺の気合で突破してやる。


「クラリス……。気分はどうだい? ゆっくり休めたかな……? 怖がらせてごめん、もう大丈夫だ。俺が必ず、君たちを安全な場所へ……」


俺は、精一杯の優しさを込めて、庭で摘んできた花束を差し出した。 しかし、部屋のスピーカーが、俺の言葉を拾った瞬間に「魔王モード」へと増幅・変換・出力する。


『……目覚めたか、哀れな家畜ども。……心地よい悪夢の味はどうだ? ここは魂の終着駅。キサマらの肉を、じっくりと精神から剥離してやろう……!!』


さらに悪いことに、俺が差し出した花束は、部屋の「不浄な魔力」と反応し、一瞬でどす黒く腐り落ちた。ドロドロの液体がクラリスの鼻先に滴る。


「…………いやあああああああああああああっ!!」


地下室に、聖女の悲鳴が木霊した。 その声は、かつて俺を「ユウヤ!」と呼んでくれた明るい声では、もうなかった。


「……ひっ、あ、悪魔……! 私たちの思い出を……ユウヤの声を汚さないでぇぇ!!」


クラリスは錯乱したまま、枕元に置いてあった『快楽スープ』の器を俺に投げつけた。 それが俺の額に当たってパリンと割れる。中身はノクスこだわりの”脳がトロける美肌成分”入りだったため、俺の顔は無駄にツヤツヤになりながら、芳醇な香りを漂わせることになった。


(……もう、殺してくれ。誰でもいいから、俺を殺してくれ……!!)


「お見事です、陛下。一瞬で彼女たちの戦意を絶望へと塗り替え、かつ陛下のお肌のケアも忘れない。これぞ真の支配者の余裕。魔王軍一同、改めて惚れ直しました」


扉の影で見ていたエルゼが、満足そうに拍手をした。 魔王軍の仲間には「声」は届く。しかし、「心」は一ミリも通じ合っていなかった。


ユウヤの「おもてなし」は、またしても世界最強の誤解を更新してしまった。

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