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第四話「翻訳=宣戦布告」

「……来た。ついに、来ちゃったよ」


俺は玉座の上で、武者震いというよりは純粋な恐怖でガタガタと震えていた。 豪華な装飾が施された『玉座の間』の巨大な扉。その向こう側から、ドォォォォン!! という、城そのものが揺れるような衝撃音が響いてくる。


「陛下、姿勢を正してください。間もなく『お客様』がお見えになります」

エルゼが、まるで高級ホテルのフロント係のような落ち着き払った声で俺のローブの襟を直した。


「いいか、エルゼ。扉が開いた瞬間に、俺が全速力で駆け寄って土下座する。そうすれば、さすがに話を聞いてくれるはずだ。土下座は日本の伝統的な、誠意を見せるポーズなんだからな!」


「お勧めしません。現在の陛下の権能レベルでは、勢いよく頭を下げただけで床にクレーターができ、その衝撃波で勇者様方の内臓が破裂する恐れがあります」


「……どんな誠意だよ、それ。人殺しの土下座なんて聞いたことないぞ」


俺が絶望していると、ついにその時が来た。


バゴォォォォォォォォン!!


三枚重ねの魔法障壁ごと、重さ数トンの鋼鉄の扉が紙切れのように粉砕された。 白煙の中から飛び出してきたのは、もはや人間というよりは、地獄から這い上がってきた復讐鬼の集団だった。


「――いたわね、化け物!! その汚いケツを、今すぐユウヤの椅子からどかしなさい!!」


先頭に立つ聖女クラリスが、神聖魔力のスパークする聖杖を振りかぶって絶叫する。 その目は血走り、寝不足のせいでクマがひどいことになっている。後ろのガラムもルナも、一歩歩くたびに「ベチャ、ベチャ……」と靴底のスライムを引きずる音を立てていた。その音が、彼らのイライラをさらに加速させているのが分かる。


(みんな! 待ってくれ、俺だ! ほら、このマヌケな顔を見てくれ!)


俺は必死に玉座から立ち上がり、彼らに向かって両手を大きく広げた。


「俺だよ! 生きてるよ! 怪我させてごめん!」


叫んだ。魂を込めて叫んだ。 だが、俺の喉を通り抜けた言葉は、禍々しい闇の魔力と混ざり合い、物理的な圧力を伴う「呪詛の咆哮」へと変換された。


『……よくぞ来た、供物ども。我が玉座を汚した罪、その命を削って購うがいい……!!』


「ひっ……!?」


あまりの音圧に、クラリスたちがガクガクと膝をつく。 さらに悪いことに、俺が「怪我はないか?」と彼らの体を案じて伸ばした右手からは、システムの自動防衛機能によって、どす黒い雷撃がバチバチと漏れ出していた。


「……っ、やっぱり、あいつはユウヤじゃない……! ユウヤの体を乗っ取って、私たちを嘲笑ってるんだわ!」 ルナが泣きながら杖を掲げる。

「許さない……絶対に許さない! ユウヤの体を、その化け物から取り戻すのよ! 全員、最大火力で叩き込むわよ!!」


(待て待て待て!! 最大火力は死ぬ! 俺じゃなくて、お前たちの魔力が枯渇して死ぬって!)


俺は慌てて「ストップ!」のジェスチャーをした。 両手で大きくバツ印を作る。日本ならこれで「おしまい」とか「ダメ」という意味だ。


だが、今の俺は「魔王」なのだ。


『――スキル発動を確認。広域封印魔法「暗黒の終止符(ジ・エンド・クロス)」を展開します』


俺の頭上に、巨大な漆黒の十字架が出現した。 それは禍々しい光を放ち、玉座の間全体を圧倒的な重圧で支配していく。


「カハハハ! 素晴らしい! 降参のサインと見せかけて、一撃で全滅させる禁呪を放つとは! 陛下、性格の悪さが極まっておりますな!」

バルガスが後ろで拍手喝采している。


「……ユウヤ。……今の、えぐい。……仲間、心、折れる音した」

リィナが、スマホ(みたいな魔導機)で今のシーンを録画しながら淡々と言う。


「違うんだ! これはただのバツ印なんだよ!!」


俺の叫び(咆哮)が響く中、クラリスがついに究極の聖魔法を起動させた。

「神よ、我が命を捧げます! 邪悪なる魂を、この地から消し去りたまえ!! ――神罰の一撃(ラストジャッジメント)!!」


空から降り注ぐ極太の光の柱。 それは真っ直ぐに俺を、いや、俺が座っている玉座ごと貫こうとしていた。


(あ、これ、死んだわ……。ま、いいか。これで日本に帰れるなら……)


そう諦めかけた時、エルゼが俺の耳元で囁いた。

「陛下。現在の貴方の防御力では、その程度の光、あくびをしている間に弾き返してしまいます。そして、その『反射ダメージ』で勇者様方は……塵も残らず消滅します」


「……は?」


「反射を無効化し、かつ彼らを傷つけずに無力化するには、今すぐ『あの書類』にサインを。残り三秒です」


エルゼが差し出したのは、『強制おやすみ・お花畑(睡眠ガス120%)』の起動要請書だった。 もう、選ぶ余地なんてない。 俺は泣きながら、その書類に指印を叩きつけた。


『……眠れ、愚者ども。永遠の闇の中でな……!!』


次の瞬間、玉座の間全体に、ピンク色の甘い香りの霧が立ち込めた。


「なっ……これ、は……急に……眠……け、が……」


最大火力の魔法を放とうとしていたクラリスたちが、糸の切れた人形のように、その場にバタバタと倒れ込んでいく。


しんと静まり返る玉座の間。 そこには、泥まみれでスヤスヤと眠るかつての仲間たちと、玉座の上で放心状態の俺だけが残された。


「……終わった。俺、守ったんだよな? 仲間を……」


「ええ、お見事です。初陣を無傷の完勝で飾るとは、歴史に残る魔王の誕生ですね」

エルゼがパチパチと、事務的な拍手を送る。


「……ユウヤ。……お疲れ。……はい、胃薬」

リィナが影から差し出してきた錠剤を、俺は水もなしに飲み込んだ。


ふと見ると、眠っているクラリスの頬に、乾いた涙の跡があった。 その寝言が、静かな部屋に微かに響く。 「……ゆ……うや、…………逃げ……て…………」


俺の胸が、ズキンと痛んだ。 彼女たちは、まだ俺を助けようとしてくれている。 そして俺は、彼女たちの睡眠を奪い、靴を汚し、蚊の音で発狂させ、最後にはガスで眠らせた。


「……エルゼ。俺、やっぱり魔王向いてないよ」


「左様でございますか。ですが陛下、先ほどの『暗黒の終止符(ジ・エンド・クロス)』の演出により、魔王軍の求人倍率が三倍に跳ね上がりました。末端のゴブリンたちも『ウチのボス、マジでヤベェ。一生ついていく』と盛り上がっております」


「……もう、どっちを向いても地獄だな……」


俺は倒れた仲間たちを見下ろしながら、重すぎる溜息をついた。 魔王就任からわずか数時間。 ユウヤの「不本意な魔王生活」は、皮肉にも順風満帆なスタートを切ってしまった。

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