第二話 「優しさは時に毒となる」
「……おい。これ、本当に俺が許可したやつか?」
俺は今、魔王城の中枢にある「管制室」にいた。 目の前には、空中に浮かぶ何枚もの魔導スクリーン。そこには、俺がさっき震える指で承認した『第一階層:無限スライム・くっつき迷宮』の様子が映し出されている。
『ああっ、もう! なにこれ、全然進めないんだけど!』
画面の中で半べそをかいているのは、パーティの癒やし手だった聖女のクラリスだ。 彼女は今、俺が配置した何百体ものスライムに囲まれていた。このスライム、攻撃力はゼロ。服も溶かすわけでもない。ただ一点、「猛烈な粘着力で靴を地面に固定する」という嫌がらせのためだけに存在している。
一歩歩くたびに「ベチャッ、ズズズ……」という不快な音が響き、クラリスの可愛いブーツが地面に張り付いて離れない。
「陛下、ご安心を。あれは私が厳選した『靴底の粘着率を1200%に高める』特製スライムです。肉体的なダメージは皆無ですが、歩く意欲を徹底的にデリートします」
隣でエルゼが、眼鏡をクイッと上げながら無表情で解説してくる。歩く意欲を削るって、地味に一番きついだろ。
「嫌がらせのベクトルが陰湿すぎるんだよ! ほら、戦士のガラムなんて、もう諦めて四つん這いで進もうとしてるぞ!」
画面の端では、豪腕のガラムが粘着スライムの海に膝をつき、
『ぬおぉぉぉ! 膝が! 膝が地面と一体化して動かん!』
と情けない声を上げていた。そこへ、岩陰で待機している「雑魚モンスター」たちの会話が聞こえてくる。
『……おい、聞いたか? 今度の新魔王、元勇者なんだってよ』
サボり中のゴブリンが、隣のスケルトンにヒソヒソと話しかけている。
『マジかよ。前任の時は『一撃で殺せ』だったけど、今度のボスは『一歩進むのに三分かけさせろ』だろ? 性格がねちっこすぎて引くわー』
『まったくだ。おかげで俺ら、勇者が一歩歩くのをずっと見守るだけの仕事だぜ? 暇すぎて骨が折れそうだわ』
「待て! 違うんだ! 俺はただ、あいつらを傷つけたくなかっただけで……っ!」
俺の心の叫びも虚しく、現場の悪魔がやる気のない顔で追加のトラップを起動させる。
『はいはーい、そこ、動くと足裏のツボを激しく刺激する『超痛い小石スライム』が出てきまーす。陛下からのサービスでーす』
「そんなサービス注文してない!! やめろ、痛いのはかわいそうだろ!」
「ハハハ! さすが陛下! 『殺さず、歩かせず、ただただ不快にする』。まさに管理者の鑑ですな!」
バルガスが背後から俺の肩をバシバシ叩く。痛い。俺の肩のツボも刺激されてる。
「……ユウヤ。……現場のゴブリンから、クレーム。……『勇者の愚痴をずっと聞いてるのが精神的にきつい』。……耳栓、支給する?」
リィナが影からひょっこり現れて、無言で申請書を差し出してきた。
「現場のメンタルケアまで俺がやるのかよ……」
画面の中では、クラリスたちが『ユウヤ……待ってて、今助けに行くからね!(※時速10メートル)』と、必死に地面と戦っている。 あいつら、俺を助けるためにあんなに泥臭く頑張って……。
「陛下、次の階層『一晩中、蚊の飛ぶ音が聞こえる無限回廊』の設営準備が整いました。オーク工務店から請求書が届いております。さあ、こちらにログインを」
「……もうやだ、その嫌がらせのセンス……っ!」
俺は半泣きになりながら、再び指印を叩きつけた。




