第十三話「破壊の叡智を、生活の知恵へ」
「……ノクス。この『広域灰化爆弾』の試作データは何だ。今すぐ破棄しろ」
俺、魔王ユウヤは、研究部門の最高責任者ノクスの実験室に足を踏み入れた。 そこは、緑色の怪しい蒸気が立ち込め、フラスコの中では得体の知れない生物の目玉がこちらを凝視している、正真正銘「マッドサイエンティストの巣窟」だった。
「おや、陛下。これはまた、急なご訪問で。……この爆弾ですか? ええ、一瞬で都市を塵にする、最高傑作ですよ。効率的な領土拡大には欠かせないでしょう?」
多層ゴーグルを怪しく光らせるノクスは、以前のボソボソとした喋り方とは打って変わり、饒舌に破壊の美学を語り始めた。
「効率なら、こっちで発揮しろ。今日から研究部門は『魔導兵器開発局』から、『魔導生活文化研究所』に名称変更だ。お前のその溢れる知能は、人を殺すためじゃなく、『生活の質、またの名をQOL』を上げるために使え」
「……キュー、オー、エル? ……陛下、冗談が過ぎますよ。私は神の領域に挑む天才です。そんな、暖を取るだけのガラクタなど……」
「ガラクタじゃない。いいか、ノクス。冬に凍える村人一万人を救うカイロと、一万人を殺す爆弾。どっちが、より高度な『エネルギー制御』が必要だと思う?」
俺は、現代日本で学んだ技術の平和利用について熱弁を振るった。
「殺すのは簡単だ。だが、暴走させずに、一定の温度を長時間維持し、子供が触れても安全な術式を組む……。これこそが、真の天才にしかできない『究極の精密魔法』だろう?」
「…………。なるほど。一定の……恒常的な……微弱出力の維持。かつ、安全性。……フフ、面白い。難解ですね、極めて難解だ。挑む価値……大いにあり、ですよ!!」
マッドサイエンティストのスイッチが入った。 彼は震える手で企画書を奪い取ると、猛烈な勢いで計算式を空中に描き始めた。
一週間後。 研究部門の様子は、これまでとは別の意味で「狂気」に満ちていた。
「温度上昇、0.5度刻みで固定成功! 次は香りの付加だ。ラベンダーの香りがする自動乾燥機。……陛下、見てください。これぞ、神の洗濯機です!」
ノクスが隈のひどい目で、回転する巨大な樽を指差した。 その横では、元暗殺者のリィナが、試作品の「全自動パン焼き機」をじっと見つめている。
「……ユウヤ。これ、すごい。焼きたて。外はカリカリ。中はモチモチ。毒の配合を忘れるくらい、美味しい」
「リィナ、その機械に毒の配合機能は付けなくていいからな」
そこに、クラリスが難しい顔で入ってきた。
「閣下! ノクスさんが開発した『魔導全自動床掃除ルンバ(物理攻撃機能付き)』が、私の部屋のカーテンを『外敵』と判断してシュレッダーにかけましたわ。至急、設定の変更を!」
「失敬、聖女様! 防衛本能が少々強すぎたようです。すぐに修正の術式を組みましょう!」
ノクスは朗らかに笑いながら掃除機を追いかけて部屋を出て行った。 生き生きと喋り、動く彼の研究スピードはさらに加速しているようだった。
俺は、実験室の隅でエルゼと並んでその光景を見ていた。
「……陛下。兵器開発を止めたことで軍事力は低下するかと思われましたが、実際には、この『生活魔導具』の特許収入が軍事予算の十倍を超えました。今や周辺国は、我が国の『魔導冷蔵庫』なしでは夏を越せません」
「経済的な依存か。これも共存の一歩だな」
「ええ。冷えたビールという快楽を知った人間たちは、もう魔王軍に弓を引くことはないでしょう。……冬のカイロ、夏の冷蔵庫。陛下は、人々の『快適さ』を人質に取ったのです。最強の侵略ですよ」
「侵略って言うな。ただ、みんなが便利になればいいと思っただけだ」
俺のツヤツヤの顔は、今日も誇らしげに輝いていた。 破壊の天才たちが、その情熱を「より良い生活」へと転換した瞬間、世界はまた一歩、不本意な平和へと突き進んだのである。
「さあ陛下、次は二十四時間、温かい飲み物が出る魔法の箱に取りかかります。名前は『自販機』。これこそ、新たな文明の夜明けですよ!」
ノクスの目は、新しい「利便性による世界支配」への野望に燃えていた。




