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第十二話「内政部門の『ホワイト』経営」

「エルゼ。お前の内政部門だけど……このスローガン、今すぐ書き換えろ」


俺、魔王ユウヤは、エルゼが提出してきた報告書の表紙を見て絶句した。 そこには大きく『働かざる者、死すら許さぬ』と書かれていた。


「……陛下。お言葉ですが、魔物も人間も、鞭打ってこそ最大の出力を発揮するものです。現在の二十四時間強制労働制は、極めて合理的かと」


「効率とかじゃないんだ。俺が求めているのは、社員が『明日も会社に行きたい!』と思えるような、キラキラした職場なんだよ。今日から、うちの城は『ホワイト企業』を目指す」


俺は、現代日本の経営学を詰め込んだ『魔王軍・働き方改革マニュアル』をエルゼに叩きつけた。


「まずは『週休二日制』の導入。労働時間は八時間までだ。残業には俺の許可が必要だ。あと、社員食堂の無料化と有給休暇も追加してくれ」


エルゼはマニュアルを精読し始めた。 やがて、彼女の口元に、冷徹でゾッとするような微笑が浮かんだ。


「……なるほど。あえて『休暇』という余暇を与え、労働を『依存対象』に変える……。強制よりも数段上の、精神的奴隷制度ですね。感服いたしました」


「違う。ただ、みんなで美味しいパンを食べて、ゆっくり寝てほしいだけなんだ」


ふと、俺は窓の外を眺めた。 城下町では、俺が強引に進めた「共同清掃活動」の結果、オークと人間の行商人が肩を並べて溝掃除をしていた。 だが、その光景はどこか危うい。


「……なぁ、エルゼ。お前に聞きたいことがある」


「何でしょうか、陛下」


「人間と魔物は共存できると思うか? ……俺がやっているのは、単に『ホワイトな条件』という餌で、本能を誤魔化しているだけじゃないのか?」


俺の問いに、エルゼは眼鏡を指で押し上げ、淡々と答えた。


「陛下。生物が争う理由は、常に二つ。『恐怖』か『不足』です。」


彼女は窓の外、楽しそうに社食のカレーを食らう多種族の群れを指差した。


「今の彼らには、明日食う物に困るという『不足』がなく、定時で帰れば温かいベッドがあるという『安心』があります。そして、陛下という圧倒的なホワイト上司を失いたくないという『共通の利害』がある」


「利害、か。友情とかじゃなくて」


「ええ。ですが、損得勘定で手を取り合えるなら、それは既に立派な共存です。陛下がこの『環境』を維持し続ける限り、種族の壁など、単なる『個性』の範疇に過ぎません。問題ありません。 彼らはもう、殺し合うより、共に定時退社することに価値を見出しています」


「……そうか。なら、俺のやることは決まってるな」


俺は、自分のツヤツヤの顔に、さらに自信を込めて微笑んだ。


「よし。なら、次は『産休・育休制度』の整備だ。種族を問わず、次世代をこのホワイトな世界で育てるための土壌を作るぞ」


「承知いたしました。……『逃げ場のないゆりかご』の作成ですね。お任せください」


エルゼの解釈は相変わらず不穏だが、彼女の「問題ない」という言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。


一ヶ月後。 魔王軍の支配地域は、異様なまでの活気に包まれていた。 魔物たちは「有給を取るために効率を極める」という謎の使命感に燃え、人間たちは「魔王軍のほうが福利厚生がいい」と、履歴書を持って門前に列をなした。


「閣下……。大変ですわ。近隣の騎士団が、三割ほど退職願を出したそうです」 クラリスが、顔を引きつらせながら報告に来た。


「えっ、攻めてくるんじゃなくて、辞めたのか?」


「はい。『魔王軍のほうがボーナスが出るし、上司がオークだけどパワハラに厳しいから』だそうです。……あなた、武力を使わずに世界中の人材を吸い上げているわ。このままじゃ諸国の政府は機能不全に陥るわよ……」


俺は、ツヤツヤの顔を両手で覆った。 俺が「優しく」すればするほど、既存の社会システムが、俺の「ホワイトさ」に耐えきれず崩壊していく。


「……陛下。……求人倍率、1200倍。……就職浪人の人間たちが、城の前で『魔王様に搾取されたい』とデモを起こしています。……さっさと、採用枠、増やして。……リィナ、面接官、やる。……嘘つきは、即、暗殺。」


「採用枠増やすのはいいけど、暗殺はやめてくれ!!」


俺のホワイト企業化計画は、ついに「魔王軍による経済・雇用侵略」という、かつてない形態の戦争へと突入してしまった。

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