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第十話「元勇者たちの”中途採用”」

「……もう、無理。一歩も動けないわ」


魔王の監獄(VIPルーム)。ふかふかの特級羽毛ベッドの上で、聖女クラリスは力なく呟いた。 彼女の目の前には、魔王ユウヤが差し入れていった最新号の『魔王通信』が転がっている。そこには、ツヤツヤの美肌で「労働は自由への第一歩です」と微笑む元仲間の姿があった。


「ガラム……ルナ……。私たち、どうしてこうなっちゃったの?」


「……知るかよ。あの『蚊のASMR』で三日三晩寝かされなかった時点で、俺の戦士としてのプライドは死んだんだ」

ガラムは、ノクス開発の「自動肩こり解消機」に挟まれながら、虚無の表情で天井を見つめている。


「……ねえ、二人とも。これを見て」

魔道士のルナが、震える指で『魔王通信』の隅にある「求人広告」を指差した。



【急募】魔王直属・世界均衡管理事務局。

業務内容:魔王閣下の暴走(およびツヤツヤ肌の維持)の監視、世界平和の維持。

福利厚生:完全週休二日制、三食スープ付き、個室完備、『蚊の音』の停止権限付与。



三人の間に、沈黙が流れた。 それは屈辱か、それとも救いか。今の彼らにとって、あの忌まわしい羽音から解放されることは、聖剣を手に入れることよりも価値があった。


「……罠よ。これは、私たちの心を完全に折るための、魔王の陰湿な罠に決まってるわ!」

クラリスが叫んだ、その時だった。


重厚な扉が静かに開き、事務参謀のエルゼと、影のリィナが姿を現した。エルゼの手には、三枚の「契約書」と、三足の「新品のブーツ」が握られている。


「……おはようございます、お客様。いえ、『内定候補者』の皆様。閣下は、皆様がいつまでも泥まみれのブーツを履いていることを、ひどく心を痛めておいでです」


エルゼが差し出したブーツは、最高級の竜革で作られ、内側には魔導防臭機能と、「二度とスライムがこびりつかない」超撥水加工が施されていた。


「これ……あの、足が地面に張り付く地獄を……防いでくれるの?」

ガラムの目が、子供のように輝いた。


「ええ。閣下は仰いました。『かつての戦友たちが、泥にまみれて歩く姿を見るのは、我が心臓を抉られるより辛い。彼らには、世界で最も軽やかな一歩を踏み出してほしい』……と」


実際には、管制室のユウヤは「あいつら、スライムで靴ボロボロだろうから、新しいの買ってやってよ。領収書は俺の名前でいいから」と半泣きで頼んでいただけだった。


「……閣下が、私たちの足を案じて……?」

クラリスの頬を、一筋の涙が伝う。 恐怖、憎しみ、そして少しの困惑。それらが混ざり合い、彼女の「心のダム」が微かな音を立てて決壊し始めた。


「……靴。……履く? ……それとも、……一生、裸足で、監獄?」

リィナが影からひょっこり現れ、ルナにそっとブーツを差し出した。


「……履くわよ。履けばいいんでしょ! こんなの、ただの靴じゃない!」

ルナが半ば自棄気味にブーツに足を通した。その瞬間、かつてないフィット感と、足裏から伝わる魔導マッサージの心地よさに、彼女は「ふにゃ……」と声を漏らしてしまった。


「……決まりですね。では、契約書にサインを。これは単なる労働契約ではありません。閣下のことを最も近くで監視するための、唯一の法的手段です」


エルゼの言葉は巧みだった。 「降伏」ではなく「監視」。「屈服」ではなく「責任」。 勇者としての正義感を逆手に取った、完璧なヘッドハンティング術。


「……分かったわ。アイツがこれ以上、この世界を『恐怖』で塗りつぶさないように……私が、隣で監視してあげる。それが、彼をあんな怪物にしてしまった私の、最後の役目よ!」


クラリスは、震える手で羽ペンを取り、契約書にサインをした。 ガラムも「福利厚生(プロテイン支給)」の文字を見てサインし、ルナは「魔導ネット使い放題」の項目に目を奪われてサインした。


こうして、勇者パーティーは、魔王軍の軍門に降った。 いや、彼らの認識では「世界を守るための潜入調査」という名の、正社員登用だった。


数時間後。 玉座の間には、軍服を纏い、背筋を伸ばした三人の姿があった。


「……よく来た、我が『歯車』ども。……今日から、貴様らの魂は、我の所有物だ」


玉座のユウヤが、発光する顔を隠しながら、システムのバグによる咆哮を放つ。

(本当の心の声:『ああ良かった! みんな顔色が良くなったな! その軍服、似合ってるぞクラリス!』)


「閣下。お言葉ですが、私たちはあなたの奴隷になったわけではありません」


クラリスが、一歩前に出てユウヤを指差した。その肌も、先ほど飲まされた「美肌スープ(社員食堂用)」のせいで、うっすらと発光し始めている。


「私たちは、あなたがこれ以上道を誤らないよう、その一挙手一投足を監視します。……まずは、その顔! 輝きすぎて眩しいわ。少し出力を下げなさい!」


「……クハハハ。我を律するつもりか。……面白い。……ならば、四六時中、我の傍らで目を光らせているがいい……!!」 (ごめん、これ体質なんだよ。どうやって下げるか俺も知りたいんだ……。)


こうして、魔王城の「管理体制」は完璧なものとなった。 ユウヤの暴走(という名の善意)を、元勇者たちが全力で食い止め、それをエルゼたちが「陛下への愛ゆえの諫言」として美化し、リィナが広報誌に載せる。


世界は、かつてないほどの「秩序」に向かって動き出した。 それが、ユウヤが望んだ形とは少し違っていても、彼はもう逃げることはできない。


「……さて。……初仕事。……閣下の、背中。……流す。……お風呂、当番。……クラリス、やって」

リィナの言葉に、クラリスは「ええっ!?」と顔を真っ赤にした。


「……そ、それも監視の一環よね。そうよね! 隙を見せたら、彼が何を企むか分からないもの!」


「ガハハ! 陛下、背中を流す係なら俺が代わりましょうか!」 バルガスが笑い、ノクスが「……陛下の皮脂データ、……採取させてください」と這い寄る。


「……誰でもいいから、普通に日本に帰らせてくれぇぇぇ!!」


ユウヤの叫びは、またしても荘厳な「魔王の哄笑」となって、魔王城の空へと消えていった。 こうして、不本意すぎる魔王軍の「本格稼働」が、ついに幕を開けたのである。

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