第9話 これからは生配信!
夏帆の生配信に乱入した『白仮面』だが、冒険者としては、『表層の隠しボスを倒せる存在』として注目されるだろう。
確かに編集技術はすごいが、それは『パフォーマー』としての強さであり、冒険者としての強さではない。
「さて、今日は『隠しボス』の出現情報をもらったので、挑みます!」
というわけで、隠しボス……それも表層の個体が発見されると、情報が出回る。といったことが起こった。
それを聞きつけた光輝は、『白仮面』として、配信魔法のカメラに向かって、ダンジョンの中で配信を開始する。
タイトルは、シンプルかつ挑発的な『【公開調査】隠しボス専門家、白仮面による定期報告』だ。
開始と同時に、視聴者数は爆発的に増加していく。
コメント欄は、彼の行動一つ一つに反応する、熱狂と好奇の渦に包まれていた。
「さて、現場に向かいがてら、いくつか質問に答えてやろうか」
ダンジョンの通路を、先日の配信と同じ、人間離れした速度で走り抜けながら、白仮面は語りかける。
コメント欄は、待ってましたとばかりに、凄まじい速度で流れていく。
>>キターーー!
>>待ってた!
>>専門家www 自分で言うなwww
>>で、あの時の剣どうしたんだよ! 売ったらいくらになった!?
「ああ、あの剣か。一番多い質問だな」
白仮面は、まるで台本でもあるかのように、淀みなく答える。
「正直に言うと……朝垣に渡した」
その一言で、コメント欄は騒然となる。
>>は!?
>>マジかよ!
>>夏帆ちゃんに!?
>>なんで!? あんな価値のあるものを!
>>やっさしー!
>>ツンデレかよwww
「勘違いするな。優しさでも、施しでもない」
白仮面は、その熱狂を冷たく一蹴する。
「あいつには、罰ゲームの責任がある。だが、武器もなしに魔石100キロは、ただの『不可能』の押し付けだ。俺の哲学に反する。だから、責任を遂行させるための『道具』を渡した。それだけだ」
不可能なことを設定するのは、罰ゲームではない。
めっちゃ酸っぱいものを飲まされるとか、そういう、『別に出来なくはないけど嫌なこと』を設定するからこそ、意味がある。
配信者なら時折、何かの企画で罰ゲームを設定することもあるが、出来ないことなど言っても仕方がない。
「ただ、あの剣はかなり特殊だからな。使いこなせば強いが、それまでは上手くいかない剣だ。手っ取り早く強くなりたい人が多い中、あんなものは市場で受けないよ」
分析魔法というのは、画面越しでもできるパターンが多い。
生配信でボスからドロップしたあの剣を分析したという人が、コメント欄で同意している様子。
「あいつには、あのくらい『正直』な剣がお似合いだろ。まあ、今頃、ゴブリン相手に苦戦して、自分の才能のなさに絶望してる頃じゃないか? 準備中なんだよ、色々と」
突き放すような物言い。しかし、その言葉の裏に、夏帆の再起を信じているかのような響きがあった。
>>相変わらず性格悪いなwww
>>でも、言ってることは筋が通ってる
>>夏帆ちゃん、苦戦してんのか……
>>がんばれ夏帆ちゃん!
>>つまり、あの剣は夏帆ちゃんが責任を果たすまでの一時的なレンタルってことか
「レンタルかどうかは、あいつ次第だろ」
>>そういえば、剣というと、白仮面の剣ってなんだ?
「ん? 俺の剣? ああ、なるほど」
白仮面は、自分の腰に差された、黒を基調とした装飾性の高い片手剣に、ポンと手を当てる。
「ああ、これか。気になるか? まあ、そうだろうな。こないだのボスがドロップした剣を、ぽんとくれてやるくらいだ。俺が使ってるこれは、さぞかしすごい剣なんだろうってか?」
コメント欄が、期待に満ちた言葉で加速する。
>>そうだ! それだよ!
>>隠しボスのドロップ品よりすごい剣ってことだろ!?
>>どこのメーカーだ? 見たことないデザインだぞ!
>>まさか、これも隠しボスからのドロップ?
「……はぁ」
白仮面は、心底呆れた、というような、わざとらしい大きなため息をついた。
「お前ら、本当に見る目がないんだな。俺のチャンネルの視聴者なら、そろそろ気づけよ」
彼は、走りながら、こともなげに剣を鞘から抜き放つ。
黒い刀身に、金色のラインが走り、魔力の光を鈍く反射する、美しい剣だ。
「いいか? この剣は――」
次の瞬間。
視聴者は、信じられない光景を目撃した。
白仮面が指を鳴らすと、あの格好良かった剣が、まるでメッキが剥がれるように光の粒子となって消え去り、その中から、何の変哲もない、鈍色の、使い古された鉄の剣が現れたのだ。
「――近所の武器屋で買った、一番安いやつだ。3000円。税込み」
>>何!?
>>はっ!?
>>はああああああああああああああああ!?
>>嘘だろ!?
>>え、じゃあ、今までのあのカッコいい剣は……
>>まさか……全部……
「そのまさかだよ。全部、俺の『投影魔法』。見た目をカッコよく上書きしてただけだ」
彼は、安物の剣をひらひらと振りながら、続ける。
「言っただろ、俺は金がないんだよ。だが、配信者として『見栄え』は重要だ。だから、一番安い剣に、一番カッコいいスキンを被せてた。それだけのことだ」
あまりにも衝撃的な告白。
彼の強さの本質が、武器の性能では全くないことを、これ以上ない形で見せつけられた瞬間だった。
>>【VFX民】もうやめてくれ。俺たちの仕事がなくなる。
>>自分の武器にまでリアルタイムでスキン被せてたのかよ……
>>つまり、俺たちは、3000円の剣の無双を見てたってこと……?
>>格好良いと思ってた俺の気持ちを返せwww
>>もう何が本当で何が嘘なのかわかんねえよ、このチャンネル!
「全部本当で、全部嘘なんだよ」
白仮面は、再び指を鳴らし、剣を元の煌びやかな姿に戻した。
「魔力は体に流せば強くなるが、それは武器も同様だ。まぁ、その店には、予算額2万円の中で、もっと高くて強い剣もあったけどな。結局、手に馴染むかどうかだよ」
コメントに応えていると、目的地に到着した。
「さーて……お、鷲の頭と翼。ライオンの体……グリフォンってところか。相手にとって……不足ありだな」
散歩道を歩いているかのような雰囲気で、光輝は隠しボスの部屋に入っていった。