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第6話 アンチによる正論

 夏帆の配信に白仮面が割り込んだ次の日。


 土曜の朝。


 けたたましく鳴り続ける通知を億劫な手つきでスワイプし、光輝は自室のベッドの上で、ぼんやりとスマホの画面を眺めていた。


 昨日の配信以来、SNSのトレンドも、ニュースサイトのトップも、そのほとんどが『白仮面』という三文字で埋め尽くされている。


 ……ふと、おすすめ欄に表示された一つの動画に目が留まった。


『徹底解説:謎の新人『白仮面』の実力と、その功罪』


 大手ニュース系チャンネルが、昨夜のうちに緊急で編集・公開したらしい、いかにもなタイトルの番組だった。


 出演者には、引退した元Aランク冒険者や、大学でダンジョン経済学を教えている教授といった、いわゆる『有識者』の顔が並んでいる。


「……功罪、ね」


 光輝はワイヤレスイヤホンを耳にはめると、再生ボタンをタップした。


 番組は、まず昨日の配信映像をダイジェストで流し、白仮面の圧倒的な戦闘能力と、常軌を逸した投影魔法の技術を、最大限の賛辞をもって紹介した。


 しかし、それはあくまで前置きだった。


『――と、彼の戦闘能力が規格外であることは、ここにいる全員が認めるところでしょう。しかし、です』


 司会者が、神妙な顔で口火を切る。


『問題は、彼がその規格外の能力を、社会にどう還元しているのか、という点です。元Aランク冒険者の視点から、犬飼(いぬかい)さんはどうご覧になりますか?』


『はっきり言って、彼は冒険者としては失格です』


 元Aランクの壮年の男性、犬飼は、バッサリと切り捨てた。


『冒険者の本分とは、魔石や素材を安定供給し、我々の社会を支えること。彼自身が月収7万と公言した通り、彼の活動は経済的に見れば、ほぼ無価値。趣味の領域を出ません』


 続いて、経済評論家が頷く。


『全くです。あれほどの身体能力と空間把握能力。それなら警察の特殊部隊や、企業の対ダンジョンセキュリティ部門に所属すれば、年収数千万は固いでしょう。彼が表層で燻っている時間は、社会全体にとっての大きな機会損失なのです』

『そもそも、彼の姿勢そのものに、冒険者精神が感じられません』


 別のコメンテーターが、呆れたように首を振った。


『より深く、より未知へ。それが我々冒険者の歴史を切り拓いてきたフロンティアスピリットです。『10層までしか潜れない』と彼は言いました。それは、挑戦を諦めた者の言葉です。彼は優れたパフォーマーではあっても、真の冒険者とは呼べません』


 番組は、終始この論調だった。


 彼の力は認める。だが、その使い方が間違っている。社会に貢献せず、挑戦も諦めた、ただの『才能の無駄遣い』である、と。


「……」


 光輝は、最後まで無表情で動画を見終えると、おもむろにコメント欄を開いた。


 そして、自らの公式アカウントである『ダンジョンCGチャンネル』として、一言だけ、そこに書き込んだ。


『正論すぎて草』


 ボーっとした目で、スマホの通知音をオフに設定。

 これで鳴り続けない。安心だ。というか、なんで昨日の夜、そうしなかったのだろうか。


「……あ、夏帆がいた事務所。紅玉重工から損害賠償請求されてる。スポンサー撤退も確定か」


 すでに、『世間を賑わしている自分』に対して、興味が無い様子である。


「昨日の今日で、もう撤退まで決めるとは……いや、事務所はそこまで大きくないし、切り捨てるのも早いのか? もしくは『次』がいるとか」


 いろいろ考えているが。

 結局、寝起きなので、彼としても結論は出ていない。


 ★


>ダンジョンCGチャンネル

 正論すぎて草


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 本人降臨wwwwwwww


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 草、じゃねえんだよwwwwww


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 煽り耐性カンストしてて草


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 いやマジでその通りだよな。なんで冒険者やってんの? 警察とか行けばもっと稼げるだろ。


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 この番組の連中は何も分かってない。あんたのやりたいようにやればいい。


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 「草」の一言で専門家全員を敵に回すスタイル、嫌いじゃないぜ。


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 ふざけてるのか? これだけの人間がお前の将来を心配してやってるのに。


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 ↑心配(笑) ただ自分たちの価値観に当てはめて説教したいだけだろ。


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 でも実際、もっと社会に貢献できる力があるのにもったいなくないか?


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 本人が「正論」って認めてんじゃん。つまり、全部わかった上で、それでも今の道を選んでるってことだろ。俺は応援する。


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 結局、自分の才能をどう使おうが個人の自由。外野がとやかく言うことじゃない。


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 このメンタルの強さよ。アンチコメントにも自分でピックアップつけるだけあるわ。


>名無しの冒険者

 >ダンジョンCGチャンネル

 昨日の配信でファンになったけど、ちょっとガッカリだわ。もっと真剣に自分の力と向き合ってほしい。


 ★


 そのコメントへの返信欄は、瞬く間に阿鼻叫喚だ。

 賞賛、困惑、そして非難。


 たった一言が、昨日の配信で生まれた熱狂の渦を、さらに複雑なものへと掻き回していく。


 だが、光輝はそんなことにはもう興味を失っていた。

 通知をオフにしたスマホをベッドの脇に放り投げ、天井を見上げる。


「……さて」


 昨日の無双。

 それは、彼にとって『年貢の納め時』だった。


 世間に、自分の本当の力、その『一端』がバレてしまった以上、もう以前のような、嘲笑に守られた穏やかな日々は戻ってこない。


 これからどうするか。


「……とりあえず、渡さなくちゃならないものがあるか」


 思考を中断し、光輝はベッドから起き上がる。

 時刻は、午前9時を少し回ったところだった。


 ★


 その頃。

 都内にある、とあるマンションの一室。


 夏帆は、自室のベッドの上で、膝を抱えて蹲っていた。

 アバターが破壊された時の、あの無力感。

 塵となって消えていく瞬間の、どうしようもない喪失感。


 それらが、まだ生々しく心に残っている。


 スマホの画面は、つけていない。

 とはいえ、見なくてもわかる。今、ネットがどんな状況になっているか。

 事務所からの電話は鳴りっぱなしで、マネージャーからの着信も、もう何十件溜まっているかわからない。


 ……でも、出る気にはなれなかった。


(私のせいだ……)


 ぐるぐると、同じ思考が頭を巡る。


(私が、もっと強ければ。私が、あの時、もっとうまく立ち回れていれば……)


 事務所に迷惑をかけることもなかった。

 スポンサーである紅玉重工の顔に、泥を塗ることもなかった。

 応援してくれていたファンを、失望させることもなかった。


 そして――あの『白仮面』に、あんな形で助けられることも。


 彼の最後の言葉が、耳にこびりついて離れない。


『罰ゲーム。魔石100キロの納品。忘れるなよ? それが、罰ゲームを引き受けた、『君の責任』だ』


「……責任」


 ぽつりと、呟く。

 そうだ。私には、責任がある。

 失敗した以上、その罰ゲームをやり遂げなければ。


 でも、どうやって?

 事務所はもう、まともに機能していないだろう。

 加えて、『紅玉重工』のスポンサー撤退が確定し、事務所の所有物ではないルビー・シリーズは使えない。


 そんな状態で、魔石を100キロも集めるなんて、できるわけが……。


(……ううん。やらなきゃ)


 それが、今の自分にできる、唯一のことだから。

 彼が示してくれた、唯一の道だから。


 夏帆は、震える手でスマホを手に取った。

 意を決して、画面をオンにする。

 ネットニュースのトップに表示されたのは、案の定、自分の事務所の炎上を伝える記事だった。


 その記事を、ただ、呆然と眺めていた、その時。


 ――ピンポーン。


 静かな部屋に、場違いなほど軽やかなインターホンの音が響いた。


「……え?」


 来客の予定なんて、ない。

 マネージャーなら、合鍵で入ってくるはずだ。


 夏帆は、恐る恐るベッドから降りると、玄関のドアスコープを覗き込んだ。


 そこに映っていたのは、信じられない光景だった。

 見慣れた、少し薄暗いマンションの共用廊下。その蛍光灯の光の下に、あの男が立っている。

 目元を隠す、白い仮面。

 ダンジョンの背景以外では、あまりにも不釣り合いな、白を基調として、金と赤のラインで装飾されたロングコート。


 紛れもなく、『白仮面』だ。


(なんで、彼が、ここに……!?)


 混乱する夏帆の耳に、ドアの向こうから、配信で聞いたのと同じ、少し皮肉っぽい、落ち着いた声が聞こえてくる。


「白仮面だ。少し話がある……まあ、主に、君の『罰ゲーム』についてだ」

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