第4話 光輝の無双と秘密暴露《ファンサービス》
単眼の時計盤を光らせて、長剣と短剣の二刀流を構えるモンスター。
隠しボス、『アンヴェイル・クロック』は、部屋に入ってきた光輝を見て少し警戒していたが、すぐに突撃。
いずれにせよ、装備を回収されて外に出れば、何も意味がなくなるのだ。
ダンジョンが『アバター』という文化を知らずとも、夏帆の体が塵となって消えていったのに、ダンジョン内部としては『死亡者ゼロ』なのだ。
損失とは、『装備の回収』の有無に他ならない。
そのために来たと思われる白い少年を倒すのは、ダンジョンの仕様としても当然のことだ。
「……フフッ」
光輝は仮面の下で笑みを浮かべた。
振り下ろしてきた長剣に対し、自分も剣を振り上げて弾き飛ばす。
「いいねぇ、重い。夏帆じゃ受けきれないわけだ」
3メートルの体が高速で迫り、振り下ろされた長剣を、はじき返す。
そのパワーは、『表層』では本来あり得ない。
コメント欄も困惑している様子。
>>!?
>>え?
>>は?
>>今、何が起きた?
>>はじき返した……だと……?
>>いやいやいや、待て待て待て! ライブだぞ!? 編集はできないんだぞ!
>>夏帆ちゃんが弾き飛ばされた一撃だぞ!? なんで平然と弾いてんだよ!
>>こいつ、本当に『白仮面』か? 夏帆ちゃんを煽ってたヤツだよな?
>>何かのトリックだろ。ボスが疲弊してたんじゃないのか?
>>いや、動きはむしろ速くなってる……。
>>【速報】編集乙ニキ、物理法則を編集し始める
>>草
>>てか「夏帆じゃ受けきれないわけだ」って、お前は何様だよ! ムカつく!
>>でも、事実として受けきってるんだよなぁ……。
生配信に映った一閃で、大きな困惑が発生している。
その『ありえなさ』は、例えるなら、『魔法的な要素を一切使わず、純粋な身体能力で、100メートルを5秒で走った』と言えるレベル。
理解できないという理解。
コメント欄に蔓延したのはそれだ。
「さてと、気分が良いんでね。質問にもいくつか答えてやってもいいぞ」
そういいながら、光輝は手を掲げる。
すると、火の鳥が出現し、巨人に向かって飛ぶ。
速度に優れた短剣で防ごうとするが、飛び回るそれには当たらず……体に直撃して焼いた。
>>えっ、火の鳥?
>>これ、いつも動画でやってるやつ!
>>え、火の鳥の魔法があるのか!?
動画で使っていた『火の鳥』の魔法。
それが『現実で使った』となれば、『火の鳥の魔法』を疑う。
当然のことだ。
ただ……。
>>……いや、待て。おかしい。
>>何が?
>>飛翔原理がデタラメだ。翼は優雅に羽ばたいてるが、あれは揚力を生んでない。
>>確かに。推進力になってるのは、明らかに胴体部分の『核』だよ。これは『鳥』の形をした魔法じゃない。直進するただの火球に、鳥の映像を『被せてる』だけ。
>>VFXやってるけど、マジでそれ。着弾の瞬間を見てみろ。鳥の形が完全に消失して、ただのシンプルな爆発になってる。本当の生物なら、形状をある程度維持したまま、敵を飲み込むように燃えるはずだ。
>>え、じゃあ、まさか……。
>>つまり……あの『白仮面』は、戦闘しながら、リアルタイムでこのクオリティのCG合成を魔法でやってるってことか……?
「あっはっはっはっは! どこにでもプロってのはいるんだなぁ。一発で見抜くほど変態だとは思ってなかったよ」
笑う光輝。
そんな彼に対して、巨人は、左手の短剣で次々と突きを繰り出した。
剣の形をした魔力の塊が、次々と襲い掛かり……。
「それっ」
光輝が指をパチンと鳴らすと、大理石の壁がいくつも出現し、全てを受け止めた。
>>は!?
>>壁!? しかも複数!?
>>指パッチンで魔法発動とか、どこの主人公だよwww
>>大理石……だと……? さっきの火の鳥といい、こいつどんだけ派手好きなんだよ!
>>おかしいだろ! 5層だぞ!? こんな高位の防御魔法を、なんでこんなポンポン出せるんだよ!
>>魔力切れとかないのか!?
>>落ち着け、お前ら。これも『投影』だ。
>>え?
>>よく見ろ。壁が攻撃を受けた瞬間、一瞬だけ土っぽい色が見える。あれはただの『土壁』だ。地属性の基礎魔法だよ。
>>基礎魔法であの連撃全部受け止められるわけないだろ!
>>だから『おかしい』んだよ! あの土壁、普通なら最初の数発で砕けてる。でも、大理石の『映像』を被せることで、なぜか強度が上がってる……? いや、違う! 映像で敵の狙いをコンマ数秒ズラして、芯を外させてるんだ!
>>……は? 何言ってんの?
>>VFXやってる兄ちゃん、解説はよ!
>>【VFX民】無理。理解が追い付かない。さっきの火の鳥は『一つの対象』を追従させてたから、まだ理屈は分かる。でも、今のは『複数の固定座標』に、『寸分の狂いもない壁の映像』を、『一瞬で』生成してる。脳の処理速度がバグってる。
>>戦闘しながらリアルタイムCG合成してるだけでも変態なのに、喋りながらやってる時点でもう人間じゃないんだよなぁ……。
>>俺たちの「編集乙!」ってコメント、全部リアルタイムでやられてたってマジ?
「さーて、くっそ余裕だし、そろそろ質問に答えて……いや、みんなが気になることから喋っていこうか」
指をパチンパチン鳴らして、火の鳥をポンポン出して、巨人に向けて飛ばす。
「まず、魔力はどうしてるのかって話だが、答えはシンプル。俺は体の中で作る魔力がめっちゃ多いんだよ」
光輝は、まるで今日の晩御飯のメニューを語るかのように、あっさりと、世界の法則を覆す一言を口にした。
>>は?
>>体の中で魔力を作る……だと?
>>そんな体質の人間がいるのかよ!?
>>【研究者】あり得ない。人体の魔力生成量には生物学的な限界があるはずだ。外部からの魔力取り込みなしで、あのレベルの魔法を連発するのは、物理法則を無視しているに等しい。
>>いやでも、現にやってるじゃん……。
>>つまり、表層でみんなが弱くなるって法則、こいつだけは例外ってことか!
>>チートじゃん……。
>>じゃあ、なんで今まで……?
コメント欄が、新たな謎と混乱で満たされていく。
その疑問を、光輝は完全に見透かしていた。
「はいはい、分かってるよ。『そんなに強いなら、なんで今まで表層でゴブリン相手に遊んでたんだ?』『なんでわざわざ編集乙って笑われるような動画を出してたんだ?』。お前らが聞きたいのはそういうことだろ?」
アンヴェイル・クロックが、焼かれた腕の痛みに吼えながら、長剣を薙ぎ払う。
光輝は、それを軽く屈んで避けると、その頭上に、ポンッと効果音と共に『MISS!』という文字を投影した。
>>wwwwwwww
>>煽っていくスタイルwww
>>ボスが可哀想になってきた
>>完全にオモチャじゃん
「俺は体内で作る魔力が多い代わりに、外部から取り込む魔力を制御するセンスが致命的でな。どんなダンジョンも、10層までしか潜れない」
続けて……。
「みんなも、11層とか21層とか、難易度のレベルが一段階上がるとき、最初は『魔力酔い』で困っただろ? 俺は、11層のあれが、ずっと克服できないんだよ」
>>魔力酔いが克服できないって……マジか
>>え、じゃあ一生、10層までしか行けないってこと?
>>あんなに強いのに……?
>>表層最強は、深層最弱ってことか……。
>>なんか、急にかわいそうになってきた
>>才能の塊だと思ってたら、致命的な欠陥持ちだったのかよ
コメント欄の空気が、一瞬で変わった。
嘲笑や困惑から、驚愕、そして、ほんの少しの同情へ。
だが、光輝はそんな感傷を、鼻で笑うかのように一蹴する。
「同情はよせ。俺は、俺のやれることをやってるだけだ」
アンヴェイル・クロックが、両腕を大きく振りかぶる。長剣と短剣による、時間差の挟み撃ち。
光輝は後方に跳躍すると、その着地点に、自ら投影した『氷の玉座』を出現させ、そこに優雅に腰かけた。
>>玉座!?
>>座ったwwwwww
>>戦闘中に座るやつがあるかwww
>>王様かよ
>>舐めプがすぎるwww
「で、だ。表層しか潜れない俺が、どうやって『冒険者』を続けるか。答えは簡単だ。『動画投稿』。政府からの補助金だよ。投稿ノルマさえ達成すりゃ、俺みたいな底辺冒険者でも、なんとか生きていける」
玉座に座ったまま、光輝は足を組む。
迫りくる二本の剣。それを、こともなげに自分の剣で受け流しながら、彼は続けた。
「だが、ここで問題が発生する。俺の『ありのまま』の戦闘は、どう見てもおかしい。表層の物理法則を無視しすぎてる。そんなもんを無加工で投稿してみろ。待ってるのは賞賛じゃない。『不正ツール使用者』の烙印と、アカウント凍結だ」
彼の言葉と共に、コメント欄がざわつく。
光輝の言う通り。
誰もが、最初に彼の力を見た時、『編集』か『不正』のどちらかしか思い浮かばなかった。
「まぁ、最初はそうとは分からず、動画を出したよ。もう消したけどな。その動画のコメント欄には『編集乙』って書かれた……そこで俺は逆ギレして、『だったらこっちから編集してやるわ!』ってことで、『投影魔法』を極めたのさ」
光輝は、まるで何でもないことのように、事もなげに言った。
>>逆ギレして……極めた……?
>>待て、待て待て! 『投影魔法』って、光属性の高等魔法だよな? 戦闘中にリアルタイムで使うなんて、Aランク冒険者でも数えるほどしかいないっていう、あの……?
>>【VFX民】極めた、じゃねえんだよ!!! お前がやってるのは『極めた』とかそういう次元じゃねえ! 戦闘しながら、喋りながら、思考しながら、リアルタイムで物理演算して、複数のオブジェクトを寸分の狂いもなくトラッキングして、レンダリングまで脳内で完結させてるんだぞ!? お前は生きたグラフィックボードか何かなのか!?
>>つまり、俺たちが今まで「才能の無駄遣い」って笑ってたあの動画は、全部、この男が、たった一人で、リアルタイムでやってたってことか……?
>>【悲報】編集乙ニキ、実は編集の神だった
>>いや、神とかそういうレベルじゃなくて、もう……バケモンだろ……
「で、だ。結論として、俺のこの『編集』は、不正を疑われないためのカモフラージュであり、生活費を稼ぐための、血の滲むような企業努力ってわけだ」
そこまで言った後、ちょっとイラっとした声色で……。
「先月の利益7万円だったけどな! 税引き前でこれだぞコンチクショウ!」
次の瞬間、火の鳥たちが岩の弾丸を次々と発射して、巨人を弾幕攻めにしていく。
……八つ当たり?
>>うわああああああ、ガチギレじゃんwww
>>八つ当たりが苛烈すぎる
>>「7万円」は相当キレるワードだったらしい
>>そりゃそうだろ。あんなバケモノじみたことやってて、月収7万とか夢がなさすぎる。
>>てか、なんで冒険者やってんの? 編集で食えるでしょ。
「……ん? ああ、俺が冒険者をやってる理由? それは秘密だ」
光輝はフフッと微笑むと、アンヴェイル・クロックを見る。
「さて、ファンサは終わりだ。そろそろ片付けようか」
剣を構えなおして……突撃する。
「!?」
巨人がしっかりとらえようとして……彼の視界は急激に揺れた。
当然だろう。
その首はもう、胴体から離れていたのだから。
「残念。お前が見てたのは『映像』だよ」
巨人が見ていた光輝は消えていき、巨人の背後で、剣を振りぬいた光輝が笑った。
大きな体が倒れると、塵となって消えていく。
「さて、表層でも良いものが出てほしいな。俺、冒険者として活躍するなら、表層の隠しボス部屋しか選択肢がないんだよねぇ」
しばらく見守っていたが……残ったのは、七色に輝く魔石と、流麗な片手剣だった。
「おっ、こりゃ良い拾いもんだ。あ、そうそう」
光輝はカメラ目線になって。
「新垣さん。見てるかな? 罰ゲーム。魔石100キロの納品。忘れるなよ? それが、罰ゲームを引き受けた、『君の責任』だ」
夏帆が残した装備を回収し、スタッフのところまで歩いて行って……。
「ほい、装備、取り戻したからな」
「え、あ、ああ……」
剣と鎧と盾を渡した。
「というわけで、これで仕事は終了っと」
光輝はカメラ目線になる。
「最後まで見てくれてありがとな。それでは皆さんご一緒に~、合成乙!」
ピシッとポーズを決めると、配信は終了した。
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