第3話 夏帆の惨敗
夏帆はルビーシリーズの名に恥じない、赤い装備を身に着けて、部屋に入る。
しっかり、縦と鎧と剣を身に着けた、『ファンタジーの王道』のような装備だ。
それに対するボスは……。
「名前は、アンヴェイル・クロック……長剣と短剣の二刀流みたいですね」
その姿は、3メートルほどの単眼の巨人と言ったところか。
しかもその単眼は、針のない時計という、なかなか見ない外見である。
「手数は多そうですね。でも、私の装備は高品質ですから。負けませんよ!」
アンヴェイル・クロックが長剣を叩きつけてくる。
夏帆はそれに合わせて、盾をしっかり構える。
「うっ……」
威力はかなりあるようだが、それでも、しっかり受け切れる。
表層であり、取り込める魔力量は少ない。
しかし、装備の質が高いためか、受けられる。
「それっ!」
そのまま剣を振って、足にダメージを与えていく。
血……ではなく魔力があふれた。
「うん。ダメージはある。強そうですけど、しっかり守れますし、しっかり攻撃できますね。この装備、本当に強いですよ!」
長剣と短剣の二刀流。
それを盾で対処して、剣でダメージを蓄積していく。
それそのものは、間違っていない。
>>夏帆ちゃんいけー!
>>うおお、今の攻撃受けきった! さすがルビーシリーズ!
>>2000万の剣は伊達じゃないな!
>>やっぱ装備って大事なんだなー
>>安定してる! これなら勝てるぞ!
>>【朗報】白仮面の罰ゲーム、回避へ
コメント欄も大盛り上がりだ。
ただ……。
(装備を褒めるシーンが多いな。あらかじめ指示されてたみたいだ)
普段から配信しつつ戦っているようなので、話しながら盾を構え、剣を振ることは慣れているだろう。
とてもシンプルな戦術であり、体に反復練習で叩きこんでおいたことがうかがえる。
しかし……。
(ただ、わざわざ褒めるというシーンを挟むゆえに、動きは慣れていても、戦術として鮮やかさがない。倒した後にまとめて、ガッツリ褒めればいいだろうに。なんで戦闘中もしっかり褒めるんだか)
とはいえ。
仮に、夏帆が本気で戦おうが、戦わなかろうが、結論は同じだ。
「そろそろだな」
「えっ?」
光輝が呟くと、横にいたスタッフが困惑したような声を出した。
その時。
アンヴェイル・クロックの単眼。針のない時計盤が、怪しく光る。
「め、目が光った。第二ラウンドということみたいですね!」
夏帆は剣と盾をしっかり構える。
「えっ……」
だが、夏帆の反応が追いつかない速度で、長剣の先端が夏帆の鎧に直撃した。
そのまま、弾き飛ばされる。
「づっ……」
アバターに痛覚はない。
しかし、攻撃されたという感覚が、脳で『ダメージ』として補完される。
>>!?
>>目が光った! 第2形態キター!
>>はっや!?
>>え、今何が起きた?
>>見えなかったんだが
>>夏帆ちゃん!?
「はぁ、はぁ……」
荒い呼吸をしながら立ち上がる。
だがその体に、巨人の蹴りが入った。
盾では受け止めきれず、体が浮いた。
「あっ……ぐっ!」
浮いた体に、長剣が迫る。
盾が追いつかない。
鎧に、長剣が直撃し、夏帆は地面にたたきつけられた。
「がっ! ……ぐ、こ、こんな。あっ!」
急いで立ち上がって距離を取ろうとしたが、その足に、短剣が突き刺さった。
上半身は赤い鎧をきっちり来ているが、下半身に関しては、その鎧に適したデザインのスカートであり、金属防具はない。
刺された足から魔力があふれる。
「そ、そんな……」
視界の端に、コメント欄が流れる。
概ね、その心境は、三通りくらいだろうか。
>>夏帆ちゃん!!!!
>>うわあああああああああああああああああああああ
>>にげてえええええええええええええ!!!!
>>ダメだ! もう無理だよ! 棄権して!
>>足が! 足やられた!
>>事務所は何やってんだ! なんで止めないんだよ!
>>誰か助けてやれよ!!!
>>あーあ、終わったな
>>フラグ回収おつかれーっすwww
>>魔石100キロ寄付、決定!w
>>むしろここからが本番だろ
>>【悲報】夏帆ちゃん、魔石集め耐久配信で借金返済へ
>>だから言ったんだよ。白仮面の言う通りだって
>>装備(笑)
>>てか、全部あの白仮面のせいだろ
>>あいつが変なプレッシャーかけたから夏帆ちゃんのペースが乱れたんだ!
>>乱入してきて煽るだけ煽って、マジで胸糞悪い
>>売名野郎が! お前が責任取れよ!
>>白仮面、お前が行けよ!
>>こういう時だけだんまりかよ、ダッセーな
「わ、私は……づっ!」
足は動かない。
そんな中、長剣を突き立ててくる。
夏帆は盾で受けるが……体重がかかって、止められない。
>>おい、これ、失敗したら、どう責任とるんだよ。装備2000万だろ?
>>隠しボスの部屋って、中の人がいなくなったら閉じるんだよな?
>>そうだよ。だから回収できなくなっちゃう。
「っ!?」
夏帆の心に、『多大な責任』という言葉が、重くのしかかり……。
>>だから罰ゲームなんだろ? 白仮面は無謀だってわかり切ってたんだよ。
>>だよな。失敗したらどうするのかを最初に決めて、失敗したらそうする。
>>ファンからすれば、責任ってのは、 『それで済む』んだよ。
「……ぐっ、あ、あああぁ……」
夏帆の中に、強い感情が芽生えてきた。
情けない。
こんなことをするべきではなかった。
どうして断らなかったんだろう。
……そんな思いがこみ上げてくる。
「……あ」
盾を構える力が緩んで、剣がずれた。
そのまま剣は、胸元に迫って、鎧を貫通……はしなかったが、全体重がかかるという衝撃は本物だ。
アバターが壊れて……塵となって消えていった。
鎧と盾と剣がその場に残されて、夏帆の体は跡形もなく消える。
>>夏帆ちゃん!
>>夏帆ちゃんが消えた!
>>おい、装備、どうするんだよ。
>>このままだと、2000万の損失だぞ
>>誰かが一人ずつ入るのか?
>>でも結局、全滅したら何も戻ってこないぞ!
隠しボス部屋は、誰かが挑んだ後は、中に人がいなくなると部屋が消えてしまう。
そのため、外で待っているスタッフが中に入らなければ、部屋は消える。
だが、部屋に入るということは、このボスから襲われるということだ。
一人を倒すのに、十秒もかからないだろう。
スタッフも大人数ではないし、3分も稼げればいいところか。
正直、彼らだけで、装備の回収はできない。
「お、おい、これ以上はダメだ」
スタッフの誰かがそういって、夏帆の配信を停止させた。
「……うわぁ、反応速いなぁ」
光輝はスマホを見る。
自分のスマホでも配信中だったが、そっちのチャンネルの視聴者が、すさまじい数になっている。
中には、『白仮面が回収に行け』というコメントも多い。
「……はぁ」
光輝はため息をつくと、ボス部屋に入る。
「お、おい……」
スタッフが声をかけるが、光輝は振り向かず、ボスに向かって歩き出す。
コメント欄には、『生配信だと編集はできないぞ?』みたいなものも多いが、そこは無視する。
「さーて、ハズレ事務所を引いたお嬢さんのために、一肌脱ぎますか」
光輝はボスを見上げて確信する。
「まさかこんなタイミングで、攻撃力も防御力も速度も高く、弱点のエリアが極端に狭く……『トリック耐性』がない奴がない相手が出るなんて、想像もしてなかったんだよ」
ボスと光輝はにらみ合う。
「夏帆は『失敗』だ。あとで魔石100キロは寄付してもらうさ。それが罰ゲームを引き受けたアイツの責任だよ。で、この装備がないと、その分を集めるのも苦労するから、回収させてもらうってだけの話でね」
光輝は、フフッと笑った。
「モンスター名は、アンヴェイル・クロック……『纏いを剥ぐ時が来た』ってところだな」
剣を抜く。
「まぁ、俺の年貢の納め時にはちょうどいいか」
無双、開始。
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