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第26話 『白仮面』四宮光輝

 白仮面による『ゲートシステム論文・最終章』の発表から、数週間が過ぎた。


 世界は、金メダルとその先の『ゲートエリア』を巡る熱狂と、しかしその再現性の困難さからくる奇妙な停滞感の中にあった。


 そんな中、一つの配信チャンネルが、静かに、しかし着実に注目を集め始めていた。


 『夏帆のダンジョン日誌』。


 フリーランスの冒険者として再起を図る、朝垣夏帆のチャンネル。


 画面に映るのは、ダンジョン1層。

 動きやすい軽装に身を包んだ夏帆が、一体のゴブリンと対峙している。


 手には、あの白仮面から譲り受けた、流麗な片手剣――正式名称『ホワイト・カーリッジ』。


 以前の、装備の性能に頼り切っていた大振りな剣技は、もうそこにはない。


 重心を低く保ち、無駄のないステップでゴブリンの攻撃をいなし、剣の『重さ』ではなく『鋭さ』で、的確に急所を切り裂いていく。


 その動きは、まだ荒削りではあるものの、以前とは比較にならないほど洗練されていた。


 ゴブリンが塵となって消え、その場に残されたのは、魔石と――一枚の『ゴブリンの粗皮』。ありふれたドロップアイテムだ。


 しかし、コメント欄は、そのありふれた光景に、むしろ興奮していた。


>>また出た!

>>粗皮ドロップ! これで今日の討伐、10体中7体目だぞ!

>>確率どうなってんだwww

>>普通、1層ゴブリンから粗皮なんて、100体に1体出るかどうかなのに!

>>やっぱ、あの剣の効果だろ……!


 夏帆自身も、剣を鞘に納めながら、どこか不思議そうな顔でドロップ品を拾い上げる。


「……やっぱり、この剣を使うようになってから、アイテムがよく出る気がするんですよね。なんでだろう?」


 彼女はまだ、その理由を正確には理解していない。

 ただ、この『正直な剣』と向き合い、自らの未熟さを認め、一から技術を磨き上げる中で、何かが変わり始めていることだけは、実感していた。



 その配信を、光輝は自室のリビングで、静かに見守っていた。

 ソファに深く腰掛け、スマホの画面に映る夏帆の姿と、その下に流れるコメント欄を、穏やかな、そしてどこか満足げな表情で眺めている。


(……やはり、そうか)


 光輝は、内心で深く頷いていた。


 夏帆の剣技は、まだ発展途上だ。しかし、彼女が『ホワイト・カーリッジ』という『鏡』と真摯に向き合い続けた結果、その動きは無意識のうちに、モンスターの『品質点』を捉える軌道へと最適化されつつある。


 剣そのものが、使い手に『正しい動き』を強制するのではない。


 剣が映し出す『使い手の未熟さ』と向き合い、それを克服しようとする意志こそが、結果的に、品質点を突く動きへと繋がっていくのだ。


 そして、その結果が、あの異常なまでのレアドロップ率。


 光輝の興味は、もはや夏帆の戦いぶりそのものではなかった。 彼が注目していたのは、コメント欄の『質』の変化だった。


>>夏帆ちゃんの動き、なんか白仮面の精密攻撃と似てないか? もっと自然だけど……

>>剣が勝手に品質点を突く……? いや、違う。剣が『正しい動き』を教えてるんだとしたら?

>>白仮面が言ってた『正攻法』って、こういう『特別なアイテム』のことなんじゃないか!?

>>精密攻撃のリスク(精神負荷)なしで、同じ結果(確定ドロップ)を出せる道がある……?


(……始まったな)


 光輝は、仮面の下で、静かに微笑んだ。 自分が投げた『問い』。

 自分が隠した『真実』。


 世界は、ついにその答えの欠片を、自分たちの手で見つけ出し始めた。


 夏帆と『ホワイト・カーリッジ』の存在が、その最大のヒントとなった。

 ここからは、もう自分の出る幕ではない。


 ダンジョンが出現してから半世紀。


 アイテムを研究し、モンスターと向き合い、地道なデータを積み重ねてきた、本物の『冒険者』と『研究者』たち。

 彼らが、この『ヒント』を元に、どのような『正攻法』を確立していくのか。


 それが、光輝が払うべき『歴史への敬意』であり、彼が最後に見たかった『景色』だった。


 配信画面の中で、夏帆が視聴者に向かって、はにかみながらも、力強く宣言している。


「魔石100キロまで、あと少しです! 必ず、私の責任、果たしてみせます!」


 その姿を見届け、光輝は満足げに頷くと、そっと配信を閉じた。


 窓の外には、どこまでも広がる青空が見える。

 白仮面としての役割は、終わったのかもしれない。

 彼の『論文』は完成し、世界はその意味を理解し、そして、新たな答えを探し始めた。


 あとは、世界がどのような未来を紡いでいくのかを、静かに見守るだけだ。


「さて……俺は俺の、『つまらない大人』になるための準備でも始めるとするか」


 光輝は、ソファから立ち上がると、大きく伸びをした。


「魔力が多くても、表層でしか戦えない。そんな、冒険者として失格の体質を抱えた俺が、世界を変えるところまで来たんだ。まだまだ多くは望めるが、少なくとも、これからは、『コイツ』の価値は保障されたも同然」


 そういって、光輝は『魔力感知検定一級』の認定証を見る。


 ダンジョン出現から半世紀。

 様々な計測器が発展し、ダンジョン素材を取り入れたことで、多くの現象をカメラで記録し、分析することが可能となっている時代だ。


 魔力感知検定一級。

 これを取る難易度はすさまじいが、実際の警察の捜査現場では、『ダンジョン素材を使った、フィールドワーク専用の高額スマホ』が配備されている。


 それゆえに、価値がほとんどなかった。


 しかし、ゲートシステムに関係なく、『この資格を持つ人の目が、まだ技術的に解明できないダンジョンの謎を、解き明かす第一歩になる』ことは、証明されたといっていい。


 価値も上がるだろうし、白仮面ではない、光輝の評価も、これからは評価される土台が整ったのと同じ。


「そういえば……」


 光輝は、仮面を取り出した。

 長い間、世界を偽ってきた、ペルソナそのもの。


「ゲートシステムの正攻法が見つかれば、俺が品質点を突く必要はなくなる。そうなれば、もう、お前をつける意味もなくなる」


 モンスターの悲鳴が聞こえる。死にたくないという懇願が聞こえる。

 その精神負荷は、裏ワザの代償だ。

 しかし、正攻法があるなら、話は変わる。


「悲鳴を聞かなくてもいいのなら、白仮面じゃなくて、四宮光輝でもいいわけか。いずれ、四宮光輝として、配信を始める可能性もあるが、俺が白仮面の中身だとたどり着く奴もいるはず」


 それは、非常にめんどくさい。


「それを防ぐなら……結局、投影魔法でうまくごまかす必要はあるわけか。社会って言うのはめんどくさいが、上手くできてるよほんと」


 その表情には、一つの大きな仕事を終えた達成感と、これから始まるであろう、新しい時代への、静かで、しかし確かな期待が浮かんでいた。


 彼の研究は終わった。 だが、世界は、そして物語は、まだ始まったばかりなのかもしれない。


「『白仮面』は、加工されたどこかに、そっと引っ込ませてもらおうか。編集乙」

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