第25話 宍道議員。再び
白仮面による『ゲートシステム論文・最終章』の発表から、数日が経過した。
世界は、熱狂と、そして奇妙な停滞感の中にあった。
ネット掲示板、ニュース番組、ギルドの会議室。
あらゆる場所で『金メダル確定ドロップ』の可能性が議論され、その経済的価値、戦略的価値が語られ尽くされている。
しかし、実際に金メダルを確定ドロップさせたという報告は、依然として白仮面以外からは一件も上がっていなかった。
理由は明白だった。
まず、実験の前提となる『ゲートエリア』に入るための金メダルそのものが、市場にほぼ存在しない。
それだけでも狭き門だが、そこのクリアし、仮に運良くゲートエリアに入れたとしても、エリアの『主』たる存在を見つけ出すこと自体が困難を極める。
そして、最大の壁。
白仮面自身が『毎回成功するとは限らない』と語った、『植物・鉱物の品質点』の感知と、それを正確に採取する技術。
魔力感知検定一級を持つ者ですら、成功は稀だというその技術を、安定して再現できる人間は皆無だった。
熱狂は徐々に、冷ややかな現実認識へと変わり始めていた。
意見としては、『やはり、白仮面は『特別』なのか』『我々凡人には、関係のない話だったのか』といったもので、中には、『白仮面は、最も重要な部分の情報を、まだ隠しているのではないか』という不信感を募らせる声すら上がり始めていた。
★
そんな空気の中、再び、光輝の自宅のインターホンが鳴った。
モニターに映っていたのは、予想通りの人物。宍道悦樹だった。
ドアを開けると、彼は前回よりも明らかに焦燥の色を浮かべ、有無を言わさぬ様子でリビングへと上がり込んできた。
「四宮君、単刀直入に言わせてもらう」
宍道は、ソファに座ることもなく、切羽詰まった声で光輝に迫った。
「金メダル確定ドロップの技術。特に『植物・鉱物の品質点』について、もっと詳細な情報が必要だ。国家として、どうしてもこの技術を確立し、管理下に置く必要があるのだ! 君の協力が不可欠なんだ!」
光輝は、その必死な形相を冷めた目で見つめ返すと、静かに、しかし冷徹な現実を突きつけた。
「詳細な情報? 前回、全てお話ししましたよ。あれ以上でも以下でもありません」
「しかし、誰も成功していないじゃないか!」
「だから言ったはずです。『毎回成功するとは限らないレベルの難易度』だと。魔力感知一級を持ち、さらに精密な採取動作を行える人間が、この国に何人いるとお考えですか? その数少ない候補者が、運良く金メダルを手に入れ、ゲートエリアを発見し、その上で何度も失敗しながら『練習』する時間と機会を得られると?」
光輝は、呆れたように息を吐く。
「結論から言いましょう。現状、この技術を安定して再現できるのは、おそらく世界で俺一人です。そして、何度も言いますが、俺は国家に協力する気はありません」 「それでは宝の持ち腐れだ! 国家が管理すれば、もっと効率的に…!」
食い下がる宍道に、光輝は決定的な言葉を告げる。
それは、宍道がいかに本質からズレているかを、容赦なく指摘するものだった。
「効率? 管理? 宍道議員、あなたは根本的に勘違いしている」
光輝は、自分の両手を見つめる。
それは、数えきれないほどの試行錯誤と、モンスターの断末魔を聞き続けた手だ。
「俺がやっている『精密攻撃』による確定ドロップは、言わば『裏技』なんですよ。システムの穴を突いた、イレギュラーな方法だ」
「裏技……?」
「本当にダンジョンと向き合ってきた冒険者や、真摯な研究者なら、こう考えるはずです。『ダンジョンというこれほど巨大で複雑なシステムが、こんなにも希少で属人的な、しかも精神的に多大な負荷を強いる能力を、正規の攻略ルートとして設定しているはずがない』、と」
光輝は、窓の外へと視線を移す。
「彼らは、必ず探し始めるでしょう。この『裏技』を使わずとも、品質点を突くのと同じ結果を引き起こすことができる、『正攻法』を。例えば……そう、あの『正直な剣』のような、特別な効果を持つアイテムの存在をね」
宍道は、言葉を失った。
『正直な剣』。白仮面が、あの少女に渡したという、隠しボスドロップの剣。あれが、『正攻法』への鍵だと?
光輝は、もはや宍道を見ることもなく、続ける。 その声には、呆れと、そしてどこか憐れみのような響きがあった。
「その『正攻法』が発見された時こそが、真の意味での『起爆剤』です。世界が本当に変わるのは、その時ですよ」
光輝は、ゲートシステムにたどり着くまでは、自分の特性とこれまでの研究で成し遂げた。
しかし、品質点を突くということは、『どのように戦うのか』という点を研究するものになる。
数多くのアイテムを研究し、検証結果をいくつも集めて、そうしてたどり着くものだ。
そしてそれは、ダンジョンが出現してから半世紀もの間、アイテムとモンスターに向き合ってきた、本当の、本物の『冒険者』や『研究者』の方が、自分よりも早くたどり着くだろうと推測している。
それが、光輝がするべき『歴史への敬意』だ。
「今の、たかが金メダル確定ドロップごときで大騒ぎし、管理だの独占だのと目の前の利益に飛びついているあなた方のような人々は……正直、ダンジョンという存在に『見切りをつけられた人間』だという証拠を、自ら晒しているようなものです」 「なっ……」
「俺は観測者に戻る。あなた方が、ダンジョンに見切りをつけられるのか、それとも食い物にされるのか。せいぜい、楽しませてもらいますよ」
「ぐっ、うう……」
「ああ、最後に一つ」
光輝は指を一本立てた。
「……なんだ?」
「精密攻撃の本来のやり方。これを世間はいずれ見つけます」
自分ではなく、他の誰かが。
「『安全性と倫理的側面に関する十分な検証が完了するまで、原則として禁止する方針』なのだから、正攻法が見つかれば、この『手動召喚の禁止』を撤回する必要があるでしょうね」
「えっ……」
「そうなれば、モンスターを相手に戦い、魔石を持ち帰る『冒険者』としても、俺の立場は復活する。そこまで行けば、俺にとって全てが元通りです」
光輝は、それだけ言うと、宍道に背を向けた。
これ以上、話すことはない、と。
宍道は、光輝の言葉の真意を完全には理解できなかった。
だが、自分たちが熱狂していたものが、この少年の中ではすでに過去のことであり、自分たちが全く見ていなかった、遥か先の未来を見据えていることだけは、痛いほど理解できた。
そして、自分たちが、その未来を見る資格すらないと、「見切られた」のだということも。
彼は、何も言えず、ただ呆然と、光輝の家を後にするしかなかった。
一人になったリビングで、光輝は窓の外を眺めていた。
(……さて、誰が最初に見つけるかな。『正攻法』とやらを)
彼の興味は、もはや金メダルではない。
世界が、自ら投げた『ヒント』を元に、どのような答えを導き出すのか。
その『観測』へと、静かに移っていた。




