第24話 レアメダルドロップの詳細公表
自室のベッドに腰掛け、光輝は手の中にある金色のメダル。『鉱脈』を静かに見つめていた。
数日前、あの『薬草園』で発見した、ダンジョンの深淵に隠された法則。
銀から金へ、そして金から次なる金へ。偶然を必然へと変える、自己完結したサイクル。
これで、長年追い求めてきた『ゲートシステム』に関する彼の『論文』は、ついに完成した。
(……公表、するか)
思考は、一瞬で結論に至る。
もちろん、リスクは理解している。
金メダルすら量産可能となれば、世界は今以上の混乱に陥るだろう。政府やギルドによる管理の動きは、さらに加速する。
ゲートエリアという新たな『資源』を巡る争奪戦も激化するかもしれない。
そして何より、『植物・鉱物の品質点』という、さらに高度な技術の存在が、新たな憶測と、それを悪用しようとする者たちを生み出すだろう。
だが――。
光輝の根幹にあるのは、ただ一つの信念だ。
『誰にも邪魔されず、改変されず、研究データを公表する』 。
とはいえ、『品質点』の核心、モンスターの感情に関わる部分については、それが引き起こすであろう倫理的な障壁と、社会の混乱を考慮し、彼は沈黙を選んだ。
それは、彼なりの、世界に対する最大限の『配慮』だった。
しかし、金メダルの入手方法には、その種の倫理的な問題はない。
ただ、そこにある法則。発見された真実。
これを自らの都合で秘匿することは、彼の研究者としての哲学が許さなかった。
「……やるか」
光輝は短く呟くと、スマホを手に取り、新たな配信の準備を始めた。
タイトルは、これ以上ないほどシンプルに。
『【論文追補】ゲートシステム完全解説:レアメダル確定入手とそのサイクルについて』
★
配信開始の告知と同時に、視聴者数は瞬く間に膨れ上がった。
前回の配信で『ゲートエリア』という新たな可能性を示唆した白仮面が、一体何を語るのか。世界中が、固唾をのんでその瞬間を待っていた。
画面に映し出されたのは、『薬草園』の穏やかな風景。
その中央に立つ白仮面は、いつもの皮肉めいた雰囲気ではなく、まるで大学教授が講義を始めるかのような、落ち着いた、しかしどこか熱を帯びた声で語り始めた。
「――さて、集まってくれたようだな。今日は、俺が長年研究してきた『ゲートシステム』に関する、最後の報告を行う」
コメント欄が、期待と興奮で加速する。
「前回の配信で、俺は金色のメダルを使い、この『ゲートエリア』を出現させた。そして今日までに、俺はこのエリアで、ある一つの法則を確定させた。結論から言おう。金色のレアメダルは、運などではなく、確定的に入手することが可能だ」
その一言で、コメント欄は爆発した。
>>は!?
>>確定!?
金メダルが!?
>>嘘だろ!? 世界に数枚しかないって言われてるやつだぞ!?
>>マジかよ……どうやって!?
白仮面は、その熱狂を意に介さず、淡々と解説を続ける。
「まず、基本となるサイクルを再確認する。隠しボスに遭遇し(偶然)、『精密攻撃』で討伐する。すると、銀メダルが確定ドロップする(必然)」
何かに遭遇しなければならない。そういう、偶然はある。
しかし、品質点は必然をもたらす。
「そして、その銀メダルを使って隠しボスを狩り続ける中で、ごく稀に、金メダルがドロップすることがある(偶然)。その金メダルを使えば、このような『ゲートエリア』が出現する(必然)」
彼は、カメラに向かって、以前手に入れた金メダル『薬草園』と、新たに見つけ出した金メダル『鉱脈』の二枚をかざして見せる。
「問題は、この『偶然』を、どうやって『必然』に変えるか、だ。答えは、このエリアそのものにある」
彼は、エリアの中央に生えている、ひときわ輝きの強い『特別な薬草』を指さした。
「全てのゲートエリアには、このような『主』と呼べる存在がある。隠しボスに相当する、エリアの核だ。そして――この『主』にも、『精密攻撃』で突くことができる急所が存在する」
その言葉に、コメント欄が再びどよめく。
>>植物にも!?
>>マジかよ……
>>どうやって見つけるんだよそんなもん!
「ああ、そうだ。お前らが思った通り、これは極めて困難だ」
白仮面は、視聴者の疑問に答える。
「端的に言うと、魔力感知検定一級を持っている俺でも、正直、毎回成功するとは限らないレベルの難易度だ。まぁそもそも、この資格は一級までしかないから、それより上の指標を設けるべきなのかどうかという話もあるが……ここではそれ以上言わないでおこう」
彼は、自らの技術の限界を、あっさりと認めた。
「だが、不可能ではない。この『薬草園』の主の品質点を正確に突いて採取すれば――」
彼は、ポケットから『鉱脈』の金メダルを取り出し、カメラに突きつける。
「――次なるゲートエリアへと繋がる、新たな金メダルが、確定でドロップする。銀から金へ、そして金から次なる金へ。これが、俺が突き止めた『ゲートシステム』の、完全なサイクルだ」
歴史的な真実の、完全な開示。
コメント欄は、もはや熱狂や混乱を超え、畏敬に近い静寂に包まれていた。
白仮面は、メダルを懐にしまうと、最後に、カメラに向かって、静かに、しかし力強く告げた。
「これで、俺の『論文』は完成した。ゲートシステムの法則は、今、完全に公のものとなった」
誰にも加工されず、誰にも邪魔されず、ダンジョンの事実を公表した。
「この知識をどう使うか。魔法技術を発展させるのか、経済を回すのか、それとも、新たな争いの火種とするのか。それは、これからの世界全体の『責任』だ。俺はもう、ただの観測者に戻らせてもらう」
彼は、芝居がかった仕草で、肩をすくめてみせる。
「せいぜい、この『宝の地図』で、破滅しないよう祈ってるよ」
そして彼は、いつもの「編集乙!」という決め台詞ではなく、ただ静かに、カメラに向かって一礼した。
配信が、唐突に終了する。
★
官邸の一室。宍道悦樹は、モニターに映し出された配信終了の画面を、顔面蒼白で見つめていた。
「金メダルすら……制御可能だと……? 馬鹿な、これでは管理など……!」
彼は、光輝という存在が、もはや国家のコントロールを完全に超えてしまったことを悟り、椅子に深く沈み込んだ。
★
タワーマンションの最上階。氷室凍華は、同じく配信の終わりを見届けると、満足そうに微笑んでいた。
「……見事に完成させたわね、『論文』を。けれど、『観測者』でいられるほど、世界は甘くないでしょうに」
彼女の氷の瞳は、この少年が自ら放った『爆弾』によって、これから否応なく巻き込まれていくであろう嵐の到来を、確かに予見していた。




