第23話 植物の急所
政府による『隠しボス手動召喚禁止』の発表から数週間。
世界は、新たな『ゲートエリア』の可能性に沸いていた。
白仮面の配信は、以前のような隠しボス討伐の緊張感こそ失われたものの、『薬草園』という未知のエリア探索の新たなエンターテイメント性で、依然として高い人気を保っていた。
光輝自身も、その恩恵を享受していた。
ゲートエリアで手に入る高品質な素材は、裏ルートを通じて確実に金銭へと変わり、彼の経済状況は劇的に改善された。
もはや、『月収7万』の彼ではない。
もちろん、それでも、以前のような戦闘配信ではないため、視聴者もスパチャ額も落ちているが、それをもってしても十分な稼ぎのため問題はない。
しかし、彼の表情は晴れなかった。
自室のPCモニターには、ネット上のGメダルコレクターの掲示板や、古今東西のダンジョンに関する文献(その多くはオカルト紛いのものだ)が表示されている。
(……やはり、おかしい)
彼がこれまでに手に入れた金色のメダルは、あの『薬草園』の一枚だけ。
隠しボスを『精密攻撃』で討伐すれば、メダルは100%ドロップし、そのほとんどが銀色ということになる。それはもう、彼にとっては確定した事実だ。
だが、金色のメダルは?
ネット上の情報をどれだけ渉猟しても、その存在を確認できる報告は極めて少ない。
ダンジョン出現から半世紀、世界中で確認された金メダルは、おそらく両手で数えるほどしかないのではないか。
ただの低確率ドロップにしては、あまりにも希少すぎる。
(銀メダルの確定条件を見つけた俺が、これだけ狩り続けても、金は一度しか出ていない……偶然にしては、出来すぎている)
彼の研究者としての本能が、そこに、まだ解明されていない『法則』が存在することを告げていた。
★
光輝は、再び『薬草園』のゲートエリアにいた。
配信カメラは回していない。ここは、彼の個人的な実験室だ。
彼は、薬草を採取することなく、部屋全体を注意深く観察する。
色とりどりの薬草が、温かい光の中で静かに揺れている。
その中央。ひときわ強い生命力の輝きを放ち、周囲とは明らかに違う魔力濃度を持つ、一本の『特別な薬草』。
彼は、自ら発見した法則を、頭の中で反芻していた。
隠しボスに遭遇する(偶然)→ 品質点を突いて倒す(必然)→ 銀メダルが確定ドロップする。
その過程で、金メダルがドロップした(偶然)。
金メダルを使う(必然)→ このゲートエリアが出現した。
(……もし、このサイクルが、ダンジョンの意図した『法則』なのだとしたら?)
一つの仮説が、彼の脳裏に閃いた。
(ならば、金メダルを確定で手に入れるためには……ゲートエリアを発見し(偶然)、そのエリアの『主』とも言うべき存在の『品質点』を突いて、採取する必要がある(必然)のではないか?)
隠しボスに相当する存在。この『薬草園』においては、それは間違いなく、中央に立つ、あの『特別な薬草』だ。
光輝は、その薬草の前に立ち、意識を集中させた。
自らの魔力感知能力を、最大限に研ぎ澄ます。
モンスターの品質点を探る時とは、全く違う感覚だった。
(……見えない)
モンスターが放つ、痛みや恐怖、生存本能といった、強烈な感情の『サイン』。それがない。
ただ、静かに、そこに存在する植物。その内部を流れる、極めて微細で、穏やかな生命力の流れ。
その流れの中から、全ての源流となる、たった一点の『核(品質点)』を見つけ出さなければならない。
それは、彼の魔力感知検定一級の能力をもってしても、あまりにも困難な作業だった。
まるで、完全な暗闇の中で、一本の針を探すようなものだ。
彼は、何度も試みた。
ナイフで茎を切り、根を引き抜く。しかし、結果は同じ。それはただの高品質な薬草として、彼のインベントリに収まるだけ。金色のメダルは、どこにも現れない。
(……クソッ。やはり、ただの偶然だったのか……?)
諦めかけた、その時だった。
彼の脳裏に、あの氷の女――氷室凍華の言葉が蘇った。
『あなたは、弱い者いじめをするタイプではない。ただ、自分の哲学に誠実すぎるあまり、他人の感情を考慮しないだけ』
(感情……そうか、俺は無意識に、『サイン』を探しすぎていたのか……?)
モンスターと同じように、薬草からの『主張』を待っていた。だが、植物は主張しない。ただ、そこにあるだけだ。
ならば――
光輝は、目を閉じた。
探すのではない。感じるのでもない。
自らの意識を、その薬草と『同調』させる。
自分が、その薬草そのものになるかのように。
風に揺れる葉の感覚。土から水を吸い上げる根の脈動。光合成によって生命力を編み上げていく、その静かな営み。
(……あぁ、光合成、気持ちいい……何考えてんだ俺!?)
変なことを途中で考えたが、とりあえず、軌道修正し、意識を傾けていく。
そして――ついに、彼は捉えた。
植物の中心。根と茎が繋がり、生命力が生まれる、ほんの一点。
そこだけが、周囲とは比較にならないほど、暖かく、そして強く輝いている。
品質点。間違いない。
彼は、ゆっくりと目を開けると、指先から細く、鋭い魔力の刃を伸ばした。
呼吸すら止め、全神経を集中させ、その一点を、正確に、切り取る。
刹那、薬草は眩い光の粒子となって霧散し――その跡には、静かに、一枚のメダルが残されていた。
それは、紛れもなく『金色』だった。
刻まれた紋様は、岩と宝石のようなマーク。『鉱脈』。
光輝は、その金メダルをゆっくりと拾い上げ、仮面の下で、静かに、しかし深く笑った。
「……品質点による確定と、遭遇の偶然性。銀から金へ、そして金から次へ……」
彼は、ついに理解した。
ダンジョンの深淵に隠された、自己完結した『サイクル』。
偶然を手繰り寄せ、必然へと変える法則。
「これが、『ゲートシステム』の神髄か」
彼は、もはや単なる発見者ではない。
ちなみに、別に体が植物になったわけでもないのに、光合成がなんか気持ちよく感じたのは、『紛れもない事実』である。




