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第21話 記者会見

 週明けの月曜日。


 官邸の記者会見室は、詰めかけた大勢の報道陣で埋め尽くされ、無数のフラッシュとレンズが一点に向けられていた。


 異様な熱気に包まれた壇上には、憔悴したようにも見えるが、どこか覚悟を決めたような表情の宍道悦樹が立っている。


 数度の深呼吸の後、宍道はマイクに向かって、重々しく口を開いた。


「本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。これより、先週末に確認されました、ダンジョン攻略に関する極めて重大な発見について、政府の現時点での見解と対応を発表させていただきます」


 会場の緊張感が、一気に高まった。


「まず、政府は、先日『白仮面』と称される人物が配信中に用いたとされる技術――モンスターから特定のアイテムドロップ率を向上させる、特殊な攻撃法について、その存在を正式に確認いたしました。我々はこの技術を、仮に『精密攻撃』と呼称することとします」


 宍道は、用意された原稿を、慎重に言葉を選びながら読み上げていく。


「調査によれば、この『精密攻撃』を用いることで、特定の条件下において、モンスターからのレアドロップアイテムの出現率、および魔石の内部品質が顕著に向上することが確認されています。さらに、『隠しボス』と呼ばれる特殊個体に対してこの技術を用いた場合、『ゲートメダル』と呼ばれる特定のアイテムが、確定的にドロップするという、極めて特異な現象も報告されました」


 会場がどよめく。


 ゲートメダルの戦略的価値は、すでに世界中が認識し始めている。その安定供給ルートの可能性が示唆されたのだ。


「ただし」


 宍道は言葉を続ける。


「この『精密攻撃』の実行には、魔力感知検定一級に相当する、極めて高度な魔力探知能力と、それを戦闘に応用する卓越した技術が不可欠です。現時点で、これを安定して実行可能な人物は、我が国においても、世界的に見ても、極めて稀であると考えられます」


 技術の『恩恵』と『希少性』。


 それを強調することで、国家による管理の正当性を補強しようという意図が見える。

 そして、会見は核心へと移っていく。


 光輝から聞かされた、あの忌まわしい「代償」について。


「……しかし、この技術には、我々が決して看過できない、重大なリスクが存在することも判明いたしました」


 宍道の声色が、一段、低くなる。


 会場の誰もが、固唾をのんで彼の次の言葉を待った。


「『精密攻撃』は、術者に対し、極度の精神的負荷を強いることが確認されています。これは、通常の戦闘におけるストレスとは全く異質のものです。長期的にこの技術を行使した場合、深刻かつ不可逆的な心理的影響を及ぼす可能性が、複数の専門家から指摘されており……最悪の場合、術者の人格そのものに取り返しのつかない変容をきたす危険性も、現段階では否定できません」


 モンスターの感情、痛み、悲鳴。


 その核心には一切触れず、しかし、聞く者に底知れない恐怖を抱かせる、絶妙に(ぼか)された表現。


 宍道は、政治家としての仮面を崩さぬまま、続ける。


「この重大なリスクを鑑み、政府は当面の間、『精密攻撃』に関する研究及び情報の全てを、厳重な管理下に置くことを決定いたしました。併せて、隠しボスの『手動召喚』につきましても、その安全性と倫理的側面に関する十分な検証が完了するまで、原則として禁止する方針です。国民の皆様、そして第一線で活躍されている冒険者の皆様におかれましては、決して安易にこの技術を模倣しようとなさらないよう、政府として強く警告いたします」


 事実上の、国家による技術独占宣言。そして、隠しボス召喚への規制。


 その発表が終わるや否や、会場は報道陣からの怒号にも似た質問の嵐に包まれた。


「その『心理的影響』とは具体的に何か!」

「『白仮面』はこのリスクを知っていて技術を使ったのか!」

「『人格の変容』とは、廃人になるということか!」

「なぜ今までこの情報を隠していた!」

「結局、白仮面を国家管理下に置くということか!」


 宍道は、「現在調査中」「個別の案件については答えられない」といった、紋切り型の答弁を繰り返す。


 その顔には、先ほどまでの覚悟の色はなく、ただ、この嵐をやり過ごそうとする官僚的な無表情だけが浮かんでいた。


 やがて、会見は一方的に打ち切られ、会場には報道陣の不満の声だけが、虚しく響き渡った。


 ★


 その頃。光輝は、自室のテレビで、その記者会見の生中継を最後まで見ていた。  


 宍道が語った、核心を巧みに暈した『代償』。そして、国家管理と召喚禁止という着地点。


「……なるほどな」


 光輝は、リモコンでテレビを消すと、小さく息を吐いた。


 あの政治家は、約束を果たした。


 最低限の形ではあるが、『代償』の存在は公表した。


 しかし同時に、その情報の核心を隠蔽し、技術を国家管理下に置くという、最も都合の良いシナリオへと、世論を誘導した。


(上手くやった、か。……まあ、予想通りだが)


 光輝の表情は変わらない。


「とはいえ『手動召喚の禁止』か……安易に模倣する奴はいるだろうし、それによって発生する事故のことを考えれば、別に分からなくもないが。この段階で良くもまぁ……」


 白仮面と言う一大ムーブメントが起きている中、そこに使われているであろう技術の禁止を促すとは。


「手動召喚ができなくなれば、俺は10層までの、あまり需要のないアイテムしか落とさないモンスターしか倒せない状態になる。10層までで隠しボスが都合よく表れる可能性は低いからなぁ」


 当然、稼げなくなる。それは紛れもない事実だ。


「隠しボスの法則、ゲートスポットやメダル。そして品質点……俺が長い間向き合ってきたことの多くが、すでに世の中に出てきてる。その上で、そこを禁止してくるとはねぇ」


 精神的負荷、人格変容リスク。


 画期的な技術ゆえに、政府主導で管理したい。


 ダンジョン経済のこれ以上の混乱を防ぐ。


 未熟な模倣者による事故を防ぐ。


 などなど、別にこの禁止設定が、何の意味もなく出てきたわけではないだろう。


「政府による検証でしか、手動召喚を行えない。と言った感じに収まりそうだが……俺を政府の研究機関に縛り付ける気か」


 世間に対しては禁止としても、政府は検証を続けるわけで。


 そしてその検証には、白仮面を招くのが一番早い。


「倫理的な問題が解決するまでは禁止。か……悲鳴を聞きながらも刃を突き立てることが問題にならなくなったら、人として終わりだろうに」


 光輝はため息をついた。


「まぁ、禁止が施行されるまでには少し時間があるし、俺の方でも動くか」

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