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第19話 衆議院議員、宍道悦樹

 国会中継があった、次の日の夕方。


 光輝は、自室から持ってきた小型の魔道具の最終チェックを行っていた。


 超小型の集音機能と、録音機能。


 そして、外部からの魔力探知を遮断する、ささやかなステルス機能がついた、彼の自作ガジェットだ。


「はぁ、単に冒険者をやるなら、こんな『身を守るための録音』なんていらないんだが、国会で取り上げられるような話になったんだ。仕方ないか」


 ――ピンポーン。


「……ん?」


 インターホンが鳴った。


 光輝は、録音魔道具のスイッチを入れると、それをリビングの観葉植物の影に隠し、玄関のドアを開けた。


 そこに立っていたのは、テレビで見たばかりの顔。

 『有能な冒険者は国家が管理すべき』という過激な公約を掲げる、衆議院議員、宍道悦樹(ししどうえつき)


 年の頃は40代半ばだろうか。野心と自信に満ちた、鋭い目をしている。


「――四宮光輝君、だね」

「何の御用でしょうか、宍道議員」


 光輝は、驚いた素振りも見せず、ただ静かに問い返した


 宍道は、その落ち着き払った態度に一瞬だけ目を見開いたが、すぐに政治家らしい、人好きのする笑みを浮かべた。


「少し、君と話がしたくてね。立ち話もなんだ。上がらせてもらってもいいかな」 「どうぞ。お茶も出せませんが」


 リビングに通すと、宍道はソファに深く腰掛け、単刀直入に本題を切り出した。


「どこから君の情報を得たか、は言うつもりはない。君も、聞くだけ無駄だと分かっているだろう。私が知りたいのは、ただ一つだ。『メダルを確定でドロップさせる技術』。その全てを、国に提供してもらうことはできるかね?」


(……国、ね)


 光輝は、宍道の言葉を聞きながら、内心で眉をひそめていた。

 人間は誰しも、程度の差こそあれ、体内でも魔力を生成している。

 光輝はそれが人よりも非常に多いというだけのこと。


 そして、感情の起伏は、その魔力の流れに微細な『揺らぎ』を生む。


 光輝が鍛えてきた異常なまでの魔力感知は、その揺らぎを、嫌でも感じ取ってしまう。


 自信に満ちた言葉。国益を語る、堂々とした態度。


 しかし、その奥底から光輝が感じ取るのは、それらとは全く異質の、焦燥感にも似た、切羽詰まった『懇願』のような響きだった。


(……食えない男だ。何を隠してる?)


 思うところはあるが、彼自身、モンスター相手に投影魔法の編集で好き勝手するような男だ。

 ポーカーフェイスはお手の物である。


 光輝はソファの向かいに腰を下ろした。


「提供するのは構いませんよ。俺はもう、あの『論文』を発表した時点で、目的は達成している。あの技術をどう使おうが、正直、興味はない」

「ほう、話が早いじゃないか」

「ただし、条件が二つあります」


 宍道は、面白そうに眉を上げた。


「一つ。俺の、そして俺の周囲の人間のプライバシーを、国家権力をもって完全に保証すること。俺は、これ以上、面倒ごとに巻き込まれたくありません」

「……よろしい。それは約束しよう。二つ目は?」


 光輝は、まっすぐ宍道の目を見て、言った。その目の奥にある『懇願』の正体を探るかのように。


「その技術の『全て』を、あなた自身が、最後まで、目を逸らさずに聞くことです」


 その言葉に含まれた、奇妙な重さに、宍道の表情がわずかにこわばる。


「……いいだろう。聞かせてもらおうか」


 光輝は、静かに語り始めた。


「まず、隠しボスを召喚するための『ゲートスポット』。あれは、魔力感知検定2級以上の資格があれば、誰でも見つけられます。大した秘密じゃない」

「そうだな。様々な番組でそこは明かされている」

「問題は、メダルの確定ドロップ。その条件は、『品質点』を的確に突いて、ボスを討伐することです」

「品質点……?」


 初めて聞く単語に、宍道は眉をひそめる。


「ええ。モンスターには、魔力が集中する、一種の急所が存在します。そこを、特定の順番で、特定の角度から攻撃することで、ドロップするアイテムの質が向上する」

「そんなものが本当に……」

「俺が勝手にそう呼んでるだけです。そして、隠しボスに限っては、その手順を完璧にこなした場合のみ、ボーナスとしてGメダルがドロップする。それが、ダンジョンの仕様です」

「……なるほど。その『品質点』の見極めが、君にしかできない、と」

「いいえ」


 光輝は、首を横に振った。


「『品質点』の見極めには、魔力感知検定一級の実技試験で要求されるレベルの、極めて高度な魔力探知能力が必要です。俺だけじゃない。探せば、できる人間は他にもいるでしょう」


 その言葉に、宍道の目が、ギラリと光った。

 技術の標準化が可能だ、と、その顔に書いてある。


 しかし、その欲望の光の奥で、先ほどの『懇願』の響きが、さらに強くなったのを光輝は感じ取っていた。


(……やはり、何かを探している。この技術そのものではなく、この技術の『何か』を)


 光輝は、その『何か』を彼に突きつけるために、最後の真実を告げた。


「――ただ、その代償を払える人間が、他にいるかどうかは知りませんが」

「代償……?」


 光輝は、ソファに深くもたれかかり、天井を仰ぐ。


「宍道議員。あなたは、モンスターに痛覚があると思いますか?」

「……なんだね、急に」

「『品質点』を見極めるとは、モンスターの体内で渦巻く、魔力の流れ、神経の経路、その全てを、自分の感覚のように読み取るということです。そして、そこには、魔力に変換された『感情』の信号も含まれている」


 光輝の声は、淡々としていた。しかし、その言葉の内容は、あまりにもおぞましい。


「品質点を突く、というのは……『一思いには殺さない』ということです。モンスターの内側に秘められた断末魔を、悲鳴を、懇願を、リアルタイムで聞きながら、最も効率よく、その体を内側から解体していく。アバターという、痛覚のない安全圏から、一方的に。……それが、『品質点を突く』ということです」


 宍道の顔から、血の気が引いていくのが分かった。


 政治家の仮面が剥がれ落ち、ただ愕然とした、一人の男の顔がそこにあった。  


 彼が隠していた『懇願』の正体。それは、このおぞましい真実の中にあったのだと、光輝は確信する。


 光輝は、そんな彼を、仮面のない、無防備な、そして、どこまでも冷たい目で見つめていた。


「俺の『性格が悪い』と言われるペルソナは、この地獄から、まだ若い俺の精神を守るために作り上げた、ただの鎧です……さあ、宍道議員。あなたは今、全てを知った。この技術を、本当に『国が管理すべきだ』と、まだ言えますか?」


 それは、問いではなかった。


 長年、何かを探し求めてきたであろう一人の男に対する、あまりにも残酷で、誠実な、最終尋問だった。

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