第13話 進む世界
週明けの月曜日、放課後の教室。
先週末の喧騒が嘘のように、生徒たちの話題はもう、次の小テストや週末の約束事へと移り変わっていた。
光輝は、教室の隅の席で、一人、スマホを眺めていた。
世間の熱狂は、彼の予想を遥かに超える速度で、具体的な『研究』へと形を変え始めていた。
『ゲートスポット』『メダルは三枚以上』『膨大な魔力』。
たったそれだけの情報で、すでにいくつかのAランクパーティーが、深層での共同召喚実験を計画している、というニュースが流れている。
(……思ったより、進むのが速いな)
そのことに、彼は純粋に感心していた。
だが同時に、世間の熱狂と、この発見が持つ本当の価値との間にある、大きな『ズレ』も感じ取っていた。
多くの人々はまだ、この発見を『白仮面というとんでもない男が成し遂げた、一回きりの歴史的ショー』のように捉えている。その『産業的価値』の深淵にまでは、まだ考えが及んでいない。
光輝は、そんな世間の喧騒を高みの見物と洒落込みながら、より専門的な、とある冒険者向けの分析番組のアーカイブを再生した。
『――白仮面が示した可能性。それは、単に新しいモンスターを狩る、という話ではありません。ダンジョン攻略の歴史における、パラダイムシフトなのです』
番組の司会者が、興奮した口調で語り始める。ゲストには、迷宮省のデータアナリストや、大手ギルドの戦略担当といった、本物の専門家たちが並んでいた。
『まず、第一の革命。それは、ボスモンスターの『乱獲』が可能になる、という点です』
アナリストが、一つのデータを画面に表示した。
『現在、各階層のボスには、広く知られた法則があります。まず、ボスは倒されても、何度でも出現しますが、パーティー内に、そのボスを一度でも討伐した経験者がいる場合のみ、出現しない。これは、初心者がボスに挑戦する機会を確保するための、ダンジョンの仕様だと考えられています。しかし、この仕様は同時に、トップランカーたちがボス素材を安定して収集することを妨げる『枷』でもありました』
画面が切り替わり、隠しボスの映像が映し出される。
『しかし、『隠しボス』はこの法則の外にあります。白仮面の証明した通り、召喚さえできれば、理論上、同じ場所で、何度でもボスを狩り続けることが可能になる。これは、これまで供給が不安定だった高品質なボス素材の、安定供給ルートが確立されることを意味します』
続いて、ギルドの戦略担当が口を開いた。
『第二の革命は、我々冒険者側が『主導権』を握れる、という点です。これまで、我々はダンジョンが気まぐれに用意した脅威や機会に、ただ付き合うしかありませんでした。しかし、この発見により、初めて我々が『いつ、どこで、どんなボスと戦うか』を選ぶ権利を手に入れた。これは、ダンジョン攻略の歴史における、主導権の逆転と言っても過言ではありません』
そして、最後に司会者が、最も重要な三つ目の革命について語り始めた。
『そして、最も大きな影響を受けるのが、白仮面と同じ体質を持つ、一部の冒険者たちです』
画面に、光輝が配信で語った言葉がテロップとして表示される。
『俺は体内で作る魔力がめっちゃ多いんだよ』
『11層のあれが、ずっと克服できないんだよ』
彼自身の、体質の話だ。
『高すぎる内部魔力生成量と、低すぎる外部魔力制御能力。この体質は、これまで『10層までしか潜れない欠陥』と見なされてきました。彼らは、Eランクという評価に甘んじ、その類稀なる魔力量を持て余していた。しかし――』
司会者の声に、熱がこもる。
『彼らは今や、Aランクパーティーに匹敵する魔力を供給できる『歩く魔石発電所』として、計り知れない戦略的価値を持つことになったのです! この発見は、彼らにとって、まさに『救済』なのです!』
「……ようやく、気づいたか」
光輝は、仮面の下で、誰にも聞こえない声で呟いた。
自分の孤独な研究が、正しく社会に認識され始めた。そのことに、彼は静かな満足感を覚える。
自分の役目は、もう終わった。あとは、この熱狂がどこへ向かうのかを、高みの見物と洒落込もう。
彼はそう考え、スマホをスリープさせた。