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第12話【世論SIDE】 世界の震撼

 白仮面の配信が、あまりにも唐突な、そしてあまりにも情けない形で終了してから、わずか数時間後。

 全てのニュースチャンネルが、予定していた番組を中断し、緊急特番へと切り替わっていた。


 その中でも、先日、白仮面を『冒険者失格』と断罪した大手ニュース系チャンネルは、異様な熱気に包まれていた。


 スタジオには、先日と同じ、元Aランク冒険者の犬飼と、経済評論家の顔がある。


 しかし、その表情には以前のような自信や批判の色はなく、ただ呆然とした、蒼白な色だけが浮かんでいる。


「――信じられない光景でした!」


 司会者の興奮した声が、スタジオに響き渡る。


「謎の新人『白仮面』。彼は、我々が『ハズレアイテム』だと思い込んでいたメダルを使い、なんと、人為的に『隠しボス』を召喚するという、前代未聞の偉業を成し遂げました! これは、ダンジョン出現以来、半世紀の歴史を根底から覆す、まさに歴史的瞬間です!」


 スタジオの巨大モニターに、白仮面がゲートスポットを起動させ、氷の虎を召喚したシーンが、繰り返し再生されている。


 司会者は、新たにゲストとして招かれた、迷宮省所属だという魔力物理学の研究者にマイクを向けた。


「先生。まず、この現象について、現時点で分かっていることを教えていただけますか?」

「はい」


 研究者は、興奮を抑えながらも、冷静に分析結果を語り始めた。


「まず、彼が発見した法則は、特定のメダルを三枚以上所持した状態で、ダンジョン内の『ゲートスポット』と呼ばれる場所に、膨大な魔力を供給する。これにより、メダルの組み合わせに応じた隠しボスが出現する。彼の実験は、この仮説を完璧に証明しました」

『ゲートスポット、ですか?』

「ええ。魔力感知検定2級以上の保有者であれば、その存在を認識できる、特殊な魔力溜まりです。しかし、これまでその用途は全くの不明。迷宮省は、『ゲートスポット』と名付けることを公表しました」


 研究者の言葉に、スタジオがどよめく。


「これまで、この資格の評価はかなり低かったのです。現状、多くの魔法研究は、『株式会社セブンセンス』が作っているような、ダンジョン素材から作られたカメラつきの機材を使うことが多い」


 研究者の言葉は続く。


「こちらの開発も50年続いており。人の目ではない、誰もが認識できるようにする『最新機材』こそが、現場検証の価値を持っているとされていました」


 見えないもの、わからないものに対して、議論のしようがない。

 それを可能とする技術は開発されていたし、それによって見えるものに関しては議論も進んでいた。


 そして実際、現場においてそれで十分なことが多かった。


 それがあまりにも、傲慢な判断だったと、言わざるを得ない。


 いざという時は協力しつつも、普段は競争する。


 技術とはそうやって進歩するものだが、片方を『もう必要ない』と排除した結果が今だ。


「……ただ、個人的な見解になりますが、最も重要なのが、その起動に必要な魔力量です」


 研究者は、一度言葉を区切ると、信じがたい事実を告げた。


「我々のシミュレーションによれば、ゲートスポットを安定して起動させるのに必要な魔力量は……Aランクの冒険者パーティーが、魔力濃度の高い41層以降のエリアで、総力を結集して、ようやく達成できるレベルです」


 スタジオが、水を打ったように静まり返る。

 司会者が、震える声で、視聴者全員の疑問を代弁した。


「……それを、白仮面は、たった一人で……? しかも、魔力がほとんど存在しない『表層』で、ですか?」

「はい」


 研究者は、きっぱりと頷いた。


「彼の体内で生成される魔力量は、もはや我々の生物学的な常識を遥かに超えています。彼は……ええ、比喩ではなく、歩く魔石発電所とでも言うべき、規格外の存在です」


 その言葉は、決定的な事実として、スタジオに重く響き渡った。

 司会者は、ゆっくりと、顔面蒼白の犬飼と経済評論家に視線を移す。


『……お二方にお伺いします。この、衝撃的な事実を受けて……先日、お二方が下した彼への評価を、今、どう思われますか?』


 公開処刑、とでも言うべき、残酷な質問。

 ただ、喋らなければならない。

 それが彼らの仕事であり、責任なのだから。


 経済評論家は、ただ俯き、言葉を発することができない。

 先に口を開いたのは、犬飼だった。彼は、マイクを握りしめ、絞り出すように言った。


「……完敗だ。我々は、彼の専門性を『ニッチすぎる』と、そう断じた。だが、彼は……彼はそれを『産業』に変える方法を、たった一人で、我々の目の前で見せつけたのだ」


 その声は、悔しさと、そして、自らが理解不能な存在と対峙していることへの、畏怖に震えていた。


「我々が古いルールの上で議論している間に、彼は、たった一人で、新しいルールそのものを創り出してしまった。私の評価は……いや、我々の常識そのものが、根本から間違っていた。彼はパフォーマーなどではない。革命家だ」


 元Aランク冒険者の、完全な敗北宣言。

 続いて、経済評論家も、力なく口を開いた。


「……寄生虫、と私は彼を評しました。とんでもない過ちです。彼は、市場に貢献していないどころではなかった。彼は、『隠しボス』という不確定な自然災害を、『確定的に生み出せる天然資源』へと変えたのです。これは、魔石発電の発明以来の、ダンジョン経済における最大のイノベーションです。その価値は……もはや、測定不能です」


 先日までの自信に満ちた姿は、そこにはない。

 ただ、自らの権威が、自らの言葉によって完全に失墜したことを悟った、二人の専門家の姿があるだけだった。


 冒険者と言うのは、どんな時も、『研究中』だ。


 それゆえに、周囲から見ると、非合理的な行動をしているように見えることはある。


 ただ、白仮面に関しては、夏帆の配信に割って入ってきたことが世間からの第一印象となる。


 そのため、『強いけど迷惑な人』という印象で、視聴回数稼ぎに利用する者が多かった。


 だが、白仮面は、『研究中』だった。


 何故、白仮面が冒険者をやっているのか。


 その理由が、『隠しボス出現の法則』を解き明かすことだというのなら、全てが露見した今、見方を変えざるを得ないのだ。


 ★


 その頃。とあるタワーマンションの最上階。

 氷室凍華は、巨大なモニターに映し出されたその光景を、ワイングラスを片手に見つめていた。

 モニターの中では、犬飼たちが必死に自らの過ちを分析している。


 その滑稽な姿に、彼女は、小さく、吐息のような笑みを漏らした。


「だから言ったでしょう」


 グラスを傾け、氷のように冷たい、そしてどこまでも美しい声で、彼女は一人、呟いた。


「――優等生、と」

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