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第11話 白仮面の時代が到来。

 白仮面が『不足あり』と断じた通り、グリフォンとの戦いは、一方的な蹂躙に終わった。


 空を舞い、鋭い鉤爪で襲い来る猛禽の王。それがグリフォンと言うモンスターの一般的なイメージだが。

 白仮面の剣技と、全てを騙す投影魔法の前では、ただの的でしかない。

 彼の剣は、グリフォンの分厚い筋肉も、まるでバターを切るかのように、わずか数分で、その巨体を塵へと変えていった。


 グリフォンが完全に消滅し、あとに残されたのは、最高品質の魔石と、三枚のメダル。


>>おつかれー

>>乙!

>>はっやwww 隠しボスとは一体……

>>いやー、強すぎだろ。マジで何者なんだよ

>>ドロップ品は。魔石とGメダルか?

>>なんだ、ハズレじゃん

>>あれだけ強いボス倒して、ゲーセンのコイン3枚は草


 コメント欄が、少しだけ失望したような空気に包まれる。

 白仮面は、その三枚のメダルを拾い上げ、配信カメラの前にかざして見せた。

 それぞれに、奇妙な紋様が刻まれている。


>>ただのGメダルじゃなくね? なんか模様入ってるぞ

>>【ゲーセンプロ】おい、待て……! これ、マジか!?

>>プロ、なんか知ってんの?

>>【ゲーセンプロ】左の雪の結晶みたいなやつ! あれ、『氷結』のタグ付きメダルだ! うちの近所のゲーセンの『アイスクライマー(ダンジョン産)』で使うと、隠しルートに行けるって噂のやつ!

>>マジかよwww

>>【Gメダル収集家】真ん中の矢が貫通してるマークは『貫通』。シューティング系で使うと弾が敵を貫通するようになる。右の爪痕みたいなのは『猛虎』だな。格ゲーで獣人キャラ使うと攻撃力が上がる。全部、ゲーマー界隈じゃ高値で取引されてるレアメダルだぞ!

>>へー、そうなんだ

>>ハズレかと思ったけど、当たりだったんだな

>>まあ、売ればそれなりの値段にはなるか


 有識者たちの解説で、コメント欄が納得したような空気に包まれた、その時だった。

 白仮面は、メダルを懐にしまうと、カメラに向かって不敵に笑う。


「なんだ、もう終わりか、みたいな空気だな……まあ、待て。運が良ければ、ここからが本番だ。お前らに、面白いものが見せられるかもしれない」


 その言葉に、コメント欄が再びざわつく。

 白仮面は、視聴者の困惑をよそに、ダンジョン内の探索を再開した。

 何かを探すように、壁に沿ってゆっくりと歩き続ける。


>>え、何? まだなんかあんの?

>>面白いものってなんだよ

>>まさか、隠しボスのハシゴか!?

>>いや、そんな話聞いたことねえぞ


 そして、ある行き止まりの壁の前で、彼は立ち止まった。


「……ビンゴ。ここだ」


 彼は、先ほど手に入れた三枚のメダルを、もう一度だけカメラの前にかざして見せる。

 『氷結』『貫通』『猛虎』。

 その三枚を、視聴者の脳裏に焼き付けるかのように。


「いいか、よく見ておけ。これは、ただの憶測じゃない。長年続けてきた、俺の研究の成果だ」


 次の瞬間――彼の体から、これまでとは比較にならない、膨大な魔力が溢れ出す。

 その魔力を、壁に、一気に、叩きつける。


 叩きつけられた魔力に呼応し、壁が、まるで水面のように揺らぎ始めた。

 空間そのものが悲鳴を上げるような軋みを立て、やがて、禍々しい光を放つ『扉』が、何もない空間にその姿を現した。


>>!?!?!?

>>うわあああああああああああああああ!

>>なんだこれ!?

>>壁に扉が……!?

>>嘘だろ……空間魔法か!?

>>【研究者】違う! 空間をこじ開けたんじゃない! 元々そこにあった『何か』を、彼の魔力で無理やり起動させたんだ!


 白仮面は、絶叫と混乱で埋め尽くされたコメント欄を一瞥すると、ためらうことなくその扉をくぐった。

 視界が、一瞬、白く染まる。


 そして、その先にいたのは――。


 全身が、鋭い氷の結晶で覆われている。

 一歩踏み出すごとに、周囲にダイヤモンドダストが舞い散る。

 黄金色の瞳が、侵入者を射抜くように見つめていた。

 それは、巨大な、『氷の虎』だった。


>>……え?

>>虎……? 氷の?

>>【ゲーセンプロ】待て、待て待て待て! さっきのメダル! 『氷結』と『猛虎』!

>>まさか……

>>メダルの組み合わせで、出てくるボスが決まるってことかよ!?


 コメント欄が、ありえない結論にたどり着き、騒然となる。

 その中で、白仮面は、ただ静かに、目の前の氷虎を見つめていた。

 そして、誰に言うでもなく、しかし、長年の探求が終わったことへの確信に満ちた声で、静かに呟いた。


「……ダンジョンから出てくるアイテムには、未だに、使い方がわからないアイテムも多い。扉なんだから、鍵とかチケットで入ると思って試してたけど、まさか、メダルだったとは……盲点だったな」


 その、歴史的瞬間の直後だった。

 コメント欄に、他とは明らかに『格』の違う、金色の装飾が施された一つのコメントが、静かに投下された。


>>【氷室凍華】それは要するに、あなたの家にある大量の鍵とチケットが、今日をもってゴミの山と化したということ?


 白仮面の動きが、ピタリと止まる。

 コメント欄も、一瞬、静寂に包まれた後、爆発した。


>>!?!?!?

>>え、本人!?

>>Sランクの氷室凍華!? なんでここに!?

>>うわああああああ、見てたのかよ!

>>的確すぎるツッコミで草

>>ゴミの山www


 この反応に白仮面は……。


「……」


 膝から崩れ落ちた。


 こう、なんというか、『崩れ落ちるとはこういうことだ!』という動きの教科書になりそうな勢いだった。


 投影魔法による編集が一切ない、『悲しすぎてそんな余裕はなかった』ということなのか。


 いずれにせよ、ちょっと思春期の少年にやってはいけないダメージが入ったらしい。


>>ガチで崩れ落ちたwww

>>心が折れる音、聞こえたぞ

>>そりゃそうだろwww 長年の研究がゴミの山になったって、世界最強の女に名指しで言われたんだぞwww

>>【悲報】白仮面、氷室凍華にワンパンされる

>>涙拭けよwww


 コメント欄が、同情と爆笑の渦に包まれる。

 当の白仮面は、四つん這いになったまま、ぶつぶつと何かを呟いていた。


「……嘘だろ。俺の『迷いゴブリンの鍵』が、『どこでもない場所へのチケット』が、『一見するとただの切符』が、全部、ゴミ……?」


 どうやら、これまで集めてきたアイテムの名前らしい。

 そのどれもが、聞いているだけで頭が痛くなりそうな、いわゆる『ハズレアイテム』のオンパレード。

 彼は、そんなガラクタを、大真面目に『鍵』だと信じて、来る日も来る日も、ダンジョンに試し続けていたのだ。


 その努力が、今、完全に無に帰した。


>>迷いゴブリンの鍵wwwww

>>ネーミングセンスが小学生かよwww

>>そんなもん集めてたのか……(ドン引き)

>>ピュアかよ

>>急に可愛く見えてきた


「……なんでだよ……扉っつったら、普通、鍵だろ……常識的に考えて……」


 未練がましく、地面にのの字を書く白仮面。

 その、あまりにも人間臭い姿に、視聴者の好感度が(色んな意味で)ストップ高を記録していた、まさにその時だった。


「グルオオオオオオオオオオッ!!」


 部屋の主である氷の虎が、痺れを切らしたかのように、咆哮を上げた。

 今までおとなしく待っていたのは、目の前の矮小な人間が、自分を生み出した『主』であるという、本能的な認識があったからかもしれない。

 しかし、その主が、いつまでも地面でいじけている。

 ダンジョンが生み出したモンスターとして、侵入者を排除するという本能が、ついに勝った。


「……あ?」


 白仮面は、ゆっくりと顔を上げる。

 その仮面の奥で、瞳が、キッと虎を睨みつけた。


「……そうか。そうだよな。俺は今、猛烈にムカついている。長年の努力をゴミと言われ、その通りだと納得してしまい、どうしようもなく腹が立っている」


 彼は、ゆっくりと立ち上がると、安物の鉄の剣――今は投影魔法で煌びやかに偽装されている――を、虎に向かって突きつけた。


「八つ当たり先が、目の前にいるじゃないか」


>>逆ギレしたぞこいつ!

>>目がマジだwww

>>虎、完全に巻き込まれてて草

>>【悲報】氷虎くん、最強の男の機嫌を損ねる


「―――お前、氷室凍華って言ったか。見てるか? よく見ておけ」


 白仮面は、天に向かって叫ぶ。


「これが、俺の――『ゴミの山』だ!!」


 次の瞬間、彼の背後に、巨大な投影魔法が出現した。

 それは、彼が今まで集めてきた、ガラクタの山。

 『迷いゴブリンの鍵』『どこでもない場所へのチケット』、そして無数のハズレアイテムたちが、巨大な津波となって、氷の虎に襲い掛かった。

 もちろん、それはただの映像(虚像)だ。


 しかし、その虚像の津波の中に、本物の、そしてあまりにも無慈悲な一閃が、隠されていた。


「残念だったな。俺は、こういう性格なんだよ」


 気づいた時には、氷の虎の首は、胴体から離れていた。

 八つ当たりにしても、あまりにも理不尽な、瞬殺だった。


 塵となって消えていく虎を見届け、ハァ、と大きなため息をついた。

 少しだけ、スッとしたらしい。


「……あー、さて。茶番は終わりだ」


 彼は、何事もなかったかのように、配信カメラに向き直る。


「というわけで、今日の公開調査は終了だ。見てくれてありがとな」


 彼は、氷の虎からドロップしたメダルを拾い上げると、いつものように、カメラに向かってポーズを決める。

 その声は、心なしか、いつもより少しだけ、疲れているようにも聞こえた。


「それでは皆さんご一緒に~、合成乙!」


 配信が終了する。

 後に残されたのは、ダンジョン攻略の歴史を根底から覆す、巨大な真実と。


 『白仮面、Sランクに論破されマジ凹み。八つ当たりで隠しボスを瞬殺』


 という、あまりにも情けない、しかし、どこか愛すべき、新たな伝説だった。

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