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第10話【世論SIDE】 白仮面は害悪だ

 光輝が『【公開調査】隠しボス専門家、白仮面による定期報告』と題した配信を開始し、現場へと向かっていた、まさにその裏側。

 とある大手ニュース系チャンネルでは、一本の緊急討論番組が放送されていた。


 タイトルは、『緊急討論:『白仮面』は英雄か、秩序の破壊者か』。


 司会者の正面には、三人のゲストが座っている。

 一人は、先日も出演していた、元Aランク冒険者の犬飼。

 もう一人は、同じく経済評論家。

 そして――三人目のゲストが紹介された瞬間、ネットのコメント欄は、他の二人とは比較にならない熱狂で埋め尽くされた。


「さあ、そして本日のスペシャルゲストをご紹介します! 現役Sランク冒険者にして、『絶対零度』の二つ名を持つ、氷室凍華さんです!」


 艶のある、雪のように真っ白な長髪。寸分の隙もない、氷の彫刻のような美貌。

 『一度のダンジョン探索で12億円を稼ぎ出した』という伝説を持つ、文字通り人外の領域に立つ、絶世の美女。

 彼女の存在は、この討論番組に、他の追随を許さない『格』を与えていた。


「――さて、早速ですが犬飼さん。先日、白仮面は自らの配信で、その驚異的な能力の秘密を一部、明らかにしました。これを受けて、彼の評価に何か変化は?」

「変わりません。むしろ、評価はさらに下がった」


 犬飼は、吐き捨てるように言った。


「彼の専門性は、結局のところ『年に数回発生するかどうかの、表層の隠しボスを倒せる』という、極めて限定的なものです。経済的価値はほぼゼロ。そんなものを誇示し、若い冒険者を扇動する。彼の存在は、地道な努力を否定し、一発逆転の幻想を振りまく、社会にとっての劇薬です」

「全くです」


 経済評論家も、深く頷く。


「彼の行動は、市場原理を理解していません。朝垣夏帆さんの一件も、彼が気まぐれに剣を渡したことで、一見、美談のように語られていますが、これは極めて無責任な行為です。本来、彼女が負うべきだった正当な経済的責任を、彼一人の感情で曖昧にしてしまった。彼の存在は、我々が半世紀かけて築き上げてきた、冒険者を取り巻く経済システムそのものを、根底から揺るがしかねないのです」


 二人の専門家が、それぞれの立場から、白仮面を『社会にとっての異物』だと断罪する。

 司会者は、待ってましたとばかりに、氷室凍華にマイクを向けた。


「氷室さん。Sランク冒険者として、この『白仮面』という存在を、どうご覧になりますか?」


 誰もが、彼女が二人と同じように、この規格外のイレギュラーを批判するものだと信じていた。

 しかし、彼女の口から出た言葉は、その場の誰の予想をも裏切るものだった。


「……冒険者としては、ノーコメントで」


 静かで、しかし有無を言わせない、絶対的な拒絶。

 スタジオの空気が、一瞬で凍り付いた。


「え……と、それは、どういう……?」

「言葉の通りです。私は、まだ彼の実力の全貌を見ていない。彼が何を目的としているのかも知らない。その段階で、一人の冒険者を『失格』だの『害悪』だのと評価することは、私の流儀に反します」

「しかし、氷室さん!」


 犬飼が、思わず声を荒らげる。


「貴女はSランクだ! ああいった秩序を乱す者には、断固たる態度を示す責任があるはずだ!」

「……責任、ですか」


 凍華は、その美しい顔に、初めてわずかな感情の色を浮かべた。それは、呆れ、とでも言うべき色。


「それは、冒険者を辞めて、評論家になったあなたが果たすべきこと。確固たる裏付けがなくとも喋らなければならない、『コメンテーター』として」

「なっ――」

「『冒険者』は、あるべき姿を体現する芸能人ではない。魔石を持ち帰り、市場を活性化させる『ハンター』」


 凍華はまっすぐ、犬飼の目を見る。


「それに、徹底的に鍛え、鮮やかで、無駄のなくした動きほど、素人には『簡単そうにやってる』と思えるもの。多くの若者が真似しているというのなら、それは白仮面が優れている証拠です」

「そ、それは……」

「白仮面があの領域に達するほどの『熱量』の裏付けが、『表層で隠しボスを倒せるだけ』というのは……優等生。としか言いようがない」

「ば、バカにしているのか!」


 犬飼のこれまでの言動、全てをひっくるめて、『優等生』と評す凍華。


 実際、犬飼の以前の発言が『正論』であったとは、白仮面が認めていることだ。


 ただ。


 正確だったのか、的確だったのか。


 犬飼の言動や、このチャンネルの企画は、『論』としては正しいが、『確』としてみるにはあまりにも浅い。


「犬飼さん。私が17でSランクになった時、世間で何が起きたか、覚えていらっしゃいますか?」

「……それは」

「『氷属性』の一大ブームが起きました。多くの企業が、多くの冒険者が、私の真似をして氷属性に手を出した。そして、そのほとんどが失敗し、撤退していった。当時、一部のメディアは、私のことをこう呼びました。『ブームを作って、多くの若者を潰した戦犯だ』と」


 彼女の言葉に、スタジオは静まり返る。


「貴方たちのような方々は、ブームに乗り、熱狂を作り出し、冷めれば、熱狂の中心にいた人間を批判する。私は4年前、その光景に心底呆れました」


 彼女の視線は、犬飼と、経済評論家を、射抜くように見つめていた。


「今、貴方たちがやっていることは、それと全く同じです。たった一度の配信を元に、彼を『英雄』だの『破壊者』だのという、分かりやすい物語に仕立て上げようとしている。その無責任さに、私は与したくない。ただ、それだけです」


 完璧なまでの反論。

 しかし、犬飼もコメンテーターとしての意地がある。


「し、しかし、現に彼の存在が、若い冒険者に悪影響を与えているのは事実……!」

「それは、彼の影響ではなく、彼を消費しようとするメディアや、貴方たち大人の都合でしょう」


 これ以上の議論は、不毛だ。

 凍華は、それを悟ると、ふっと表情を緩めた。


「……まあ、いいでしょう。貴方たちの言うことにも、一理ある。彼は、あまりにも異質です。今日のところは、貴方たちの『勝ち』ということで結構です」


 彼女は、自ら議論の幕を引いた。

 勝敗など、どうでもいい。言いたいことは言った。


 最後に、司会者が「それでは、氷室さん。最後に、白仮面へのコメントを」と振ると、彼女は少しだけ考えた後、こう答えた。


「正義も悪も、気が付いたら踏みつぶしていた。それがSランクです。彼の目的が何なのかはともかくとして。そういえば『あの剣』……フフッ、あまり、穢れのない女の子をイジメるのはやめておいた方がいい。とだけは言っておきましょう」


 その言葉が、何を意味するのか。

 誰にも、分からなかった。


 ただ、あの『白仮面』という男の中に、まだ誰も気づいていない「何か」を、確かに感じ取っている。

 その事実だけが、視聴者の脳裏に、不気味な余韻として刻み込まれたのだった。


 冒険者としては、ノーコメント。


 騒いでいるものは冒険者ではないとでもいうのだろうか。


 ……いずれ、いや、すぐに、わかることだ。

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