第1話 ダンジョンCGチャンネルの『白仮面』
ダンジョンが出現し、半世紀。
内部ではモンスターが出現し、倒せば、エネルギーの塊である魔石や、モンスターに応じたドロップアイテムが手に入る。
採取ポイントや宝箱など、様々な『モノを手に入れること』が可能だが、危険地帯でもある。
出現当初は、しっかり装備を整えた国の部隊しか入れなかった。
今では、魔力を固めた仮初の肉体である『アバター』の登場によって、ダンジョン探索は民主化されている。
そして現在、流行は、『ダンジョンで戦うところ』を、動画や配信で紹介する『ダンジョン系配信者』だ。
「さてと、10層のボス部屋攻略。始めようか」
一人の少年が、剣を手に、戦いの舞台にいる。
目元を隠す仮面で素顔はわからない。
ただ、その服装は、かなり狙っている。
白を基調として、金と赤のラインで装飾された、スタイリッシュなロングコートだ。
少年は、『カメラ目線』になると、説明する。
「これから始めていきますね。まず、目の前にいる50体のゴブリンを倒した後、奥で待機しているオーガを倒す。というものになります」
50体のゴブリン。
緑色の肌と、こん棒を装備したもので、どこか『前座』の雰囲気だ。
その奥で椅子に座って待っている赤鬼と比べて、どこか貧相な外見である。
「というわけで、『白仮面』……参る!」
カメラ目線を辞めて、少年……アカウント名『白仮面』は、ゴブリンたちに向かって突撃する。
……普通なら、『広範囲攻撃』の魔法か何かを使う場面だ。
10層という切りのいい数字の階層であり、ダンジョン側が『新しい何か』を求める段階だろう。
しかし、白仮面は、剣を手に突撃。
「それっ!」
剣を真横に振ると、それだけで、ゴブリンについた傷から魔力があふれて倒れた。
剣を振った軌跡が、エフェクトのように光を残し、『白仮面が何をやったのか』がよくわかるようになっている。
「さて、どんどん片付けて行こうか」
ヒュンヒュンっと、遊ぶように剣を回す。
そこにもエフェクトがつく細かさだ。
「ほれっ!」
左の人差し指をゴブリンに向ける。
すると、火の鳥が出現し、ゴブリンに向かって襲いだした。
次々とゴブリンを焼いていく。
「さて……ほいっ!」
後ろから襲ってきたゴブリンだが、突如、下から出てきた『大理石の壁』に激突する。
「せいっ!」
壁を一瞬で格納すると、振り向きざまに一閃。
ゴブリンを倒した。
「えーと……ん? お前らそれどっから出した!?」
ゴブリンたちだが、木で作ったパチンコを構えていた。
石をゴムで引っ張って、一斉に飛ばしてくる。
「まぁ、いいか」
飛んでくる石。
その全てを、的確に斬撃で斬り飛ばす。
一秒で5個から10個。
その全てを、寸分の狂いもなく、無力化していく。
その間、白仮面は、よく動く。
ロングコートを翻し、剣を振り、エフェクトもばっちり。
「んー……そろそろ俺のターンだ!」
左手を前に出すと、水の槍が大量に出現し、うねる様な動きでゴブリンたちに押し寄せる。
「さーて……残すはお前か」
ゴブリンは水の槍で殲滅した。
残るは、オーガ。
「残念だが、てめえはワンキルだ」
白仮面の剣に、風が集まる。
……いや、風は単なる空気の動きだ。目に見えるものではない。
白く着色された、風に見える魔力の塊。
「それっ!」
白仮面が剣を振りぬくと、三日月型の斬撃となって、オーガに向かう。
オーガはこん棒で受けたが、容易く両断し、オーガの体を切り裂いていく。
「ゴッ、オオオオオオォォォ……」
オーガは倒れると、魔石とドロップアイテムを残して、塵になっていく。
「討伐完了。さーて……お、これは……」
白仮面は、『ツノ』を拾った。
テロップが、ピロンッと表示された。
その内容は、『オーガの角。市場価値500円! かけうどん2玉!』である。
「さすが10層。まぁ、人類の限界が50層って言われてるんだし、そりゃそうですよねー」
しょぼん。と気分が下がっているようだ。
しかし、すぐに、仮面越しでもわかるほど、笑顔になる。
「というわけで、こんなオチだけど、10層ボス。討伐完了!」
カメラの方を見て……。
「それでは皆さんご一緒に~、合成乙!」
ピシッとポーズを決めると、エンディングになった。
★
――プツン、と。
あまりにも壮大な茶番劇は、唐突に終わりを告げた。
そこは、ダンジョンではない。
西日の差し込む、どこにでもある高校の教室だ。
机の上に置かれた、一台のスマートフォン。
その画面に映っていたのが、先ほどの映像。
圧倒的な映像美を誇っていた動画が、スマホ画面に、何の違和感もなく収まっていた。
そのスマホの持ち主、四宮光輝は、椅子に深くもたれかかり、ワイヤレスイヤホンを耳から外してケースに入れながら、静かに、自分の動画に寄せられたコメントを眺めていた。
『こんな表層で編集しすぎでしょ! 才能の無駄遣い乙!』
光輝は、そのコメントの横にあるアイコンを、無表情のまま、ぽちりとタップした。
その、数秒後だ。
「あ、今確認したら、ピックアップついてる」
教室の前方、その中心で、一人の男子生徒が声を上げた。
彼の周りには、クラスメイトたちが集まっている。その輪の中心にいるのは、快活な笑顔が魅力的な少女、朝垣夏帆だ。
長い茶髪と、16歳にしては育った胸が特徴の、紛れもなく美少女である。
「ピックアップ? 何のチャンネル?」
「『ダンジョンCGチャンネル』ってやつだよ。ほら、この前の……」
男子生徒がスマホの画面を夏帆に見せる。光輝が、たった今見ていたのと同じ動画だ。
「ああ、これ……。『表層』のオーガやゴブリンを倒すのに、すっごい編集してるっていう……」
「てかこれ、10層だもんな。魔力がうっすい階層で、こんな素早い動きできるわけないし、ボス部屋にいろんな道具を持ち込んでるってこと?」
「絶対そうだって! この『白仮面』ってやつ、正体不明なんだけどさ。夏帆的には、これってどうなの? アリ?」
クラスのヒーローである夏帆に、誰もが意見を求める。
彼女は、少しだけ困ったように笑ってから、自分の考えを口にした。
「うーん……技術はすごいと思う。でも、やっぱり、冒険は、もっと真剣なもの、かな。こういうのは、ちょっと……」
「だよなー」
「夏帆ちゃんはガチだもんな」
「確か大手メーカーが作った剣を使ってるんだよね」
「あ、う、うん。事務所が昔、何とか手に入れたもので、それを借りてるんだけどね」
「事務所のホームページ見たら、開発費用2000万円って書いてたよ。期待されてる証拠だもんなぁ」
その会話を、光輝は聞くともなく聞いていた。
別に、気にしてはいない。それが、世界の『常識』なのだから。
彼は、ピックアップをつけたコメント欄を閉じると、スマホをスリープさせ、鞄に仕舞おうとした。
――その、瞬間だった。
スマホが、短く一度だけ、強く振動した。
通知が来たらしい。
光輝は、誰にも気づかれぬよう、画面を覗き込む。
そこに表示されていたのは、とあるダンジョン配信の、あまりにもありえないタイトルだった。
『【緊急】表層にて、隠しボス出現! 朝垣夏帆、ソロで挑みます!』
光輝は、ゆっくりと顔を上げた。
「……え、夏帆。配信ってこれ……」
「え、じ、事務所の人が『隠しボスの部屋』を見つけたのかな。あ、私の方にも、『事務所に来てくれ』ってメール来てる」
「そっかー。頑張ってねー」
「うん。それじゃ」
夏帆はそう言って、教室から出て行った。
「……」
光輝はそれを見て、こめかみを指でグリグリ押した後、教室を出る。
「隠しボス。か」
配信の情報を見る。
そこには、『エネモンナ洞窟。5層で発見』と書かれている。
「……ここまで、嫌な予感しかしないのも珍しいな」
そんなことを呟きながら、学校を出て行った。
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